人間の命が紙切れ一枚と同じ重さ。それが魔王の国
着替えを終えたアミーラ達は壁に絵画の展示された部屋に案内された。
そこには絵描きの青年がいた。当然のように彼は『人間』であった。
ここは魔王マイルズの支配する魔物の国のはずなのに。
「では、これからお前達の肖像画を造るのでとりあえずそちらの長椅子に座って待つがいい。部屋から入って来た順番から肖像画を描くのでな」
魔王マイルズに仕える暗黒師団長のリトリアはそのように指示した。
「ちょっと待て。なんで肖像画なんて描く?そもそもこいつ人間だろ?」
アミーラは絵描きについて尋ねた。
「む。そうだが。それが何か?」
「ここ魔王が支配する魔物の国じゃないのか?人間の絵描きが仕事なんてあるのか?」
「なんだそんなことか。それは魔王マイルズ様の命令だ。この絵描きだけなく、一部の技能を持つ人間は化け物の餌にならずにこうして生きかしてある」
「どういうことだ?」
「数年前になるが。一匹のゴブリンが人間の娘を奴隷として捕まえていたのだ。で、そのゴブリンは考えのだ。その娘の首に縄をつけて川で釣りをさせれば、自分は昼寝をしているだけで魚が食べ放題だと」
「な、なかなか賢いではないか。誰にでも思いつくことではないぞ」
「そして昼寝から覚めると縄が切られていて娘はいなくなっていた。ゴブリンは娘が逃げた物だと思い、探すことにした」
「そりゃまぁ逃げるであろうな」
「しばし捜索した後、その日のうちにゴブリンは娘を見つけた。娘は隣の山に住むゴブリンの集落にいた。釣りをしていたゴブリンはそれは俺の人間だから返せと主張したが、隣山のゴブリン達は自分達が人間の村を襲って手に入れたものだ。返す必要はないと言った。返す返さないの言い争いはやがて隣村のゴブリンどうしの血で血を争う熾烈な抗争に発展し、双方に壊滅的な損害を与える事となったのだ」
「なんだそれは・・・」
「この事件を知った魔王マイルズ様は酷く心を痛められた。如何に不死の魔王と云えども心は痛む者なのだ。そして魔王領にいる人間すべてにこの身分証というのを携帯することを定められた。無論我々暗黒騎士団も持っている」
言ってリトリアが見せた手帳には
『暗黒騎士団長リトリア』
と、書かれていた。また、彼女の似顔絵もついている。
「これは魔王領に住まう各種奴隷賦役労働者各個人が常時携帯することが義務付けられている。これを持たない者はその場でぶち殺されてもそこいらを歩く化け物の胃袋に収まっても文句は言えない。が、逆にこれを持ち歩いている者は例えば『ゴブリンAの奴隷女』という身分証を持ち歩いている者はその身分が保証される。つまりオークBがゴブリンAから力づくで奴隷を奪ったり、ブレインイーターが奴隷女を殺してその脳味噌を食べたりすることはできない」
「単なる紙切れに過ぎないだろそれ?」
「原本はマイルズ様が設立された人間管理局という部署に保管されているのだ。よって所有権のない者が勝手に盗んだり殺したりするとすぐわかる仕組みになっている。人間が逃げたり盗まれたりした場合は捜索願や盗難届を出し、場合によってはマイルズ様自らが直々に捜査指揮に関わることもある。これにより魔王領内での部族間抗争は50パーセントから10パーセントにまで激減した」
リトリアはアミーラにも手帳を渡した。『騎士団候補生』と書かれている。肖像画の部分はまだ、ない。
「これがお前達の身分証だ。手続き後は常時携帯するように。これを所持している限りお前達の身の安全は保証される。まぁ山林には野生の野良モンスターが多いから、夜間の外出は控えるように」
たっぷり半日ほどして似顔絵かきは終了した。
「さて、諸君らには魔王マイルズ様にお仕える騎士として教育を施すをわけだがその前にお前達が本当にマイルズ様にお仕えするに値する価値ある存在するのか二週間に渡って試験を行う」
リトリアは服と靴、そして身分証を支給した候補生たちにそう宣言した。
「私達は別に魔王に仕えたいわけでもないし、無理やり連れて来られただけです」
教室内の誰かが言った。
「そう思うのも当然だ。書面上ではお前達は『ゴブリンやオークの妻になるために人間の国からさらった』事になっている。今のところはな。だが魔王マイルズ様にお仕える騎士になるのでは話は別だ。この試験を潜り抜けなければそくゴブリンの巣穴行だ」
「で、どんな試験なのだ?」
アミーラは尋ねた。
「お前達13人が交代で夕食を作る。初日は全員が参加するが、翌日以降は交代制だ。その中で満足な夕食を用意できなかったものは失格とみなしてゴブリンの嫁にする。簡単なルールだろ?」
アミーラは少し考え。
「ちと、順番について話し合いたい」
「言っておくが厨房において手伝ってよいのは初日だけだ。二日目以降は包丁を握る事は許さん」
「わかった。包丁を握ってはいけないのだな?」
アミーラは教室の後ろに他の生徒を集めると会議を始めた。
「この中でメイドとか、自分の家族とかと一緒に料理をしたことをあるものは?」
アミーラを含め、七人が手をあげた。
「では初日は妾が。翌日以降は後の六人がやろう」
「で、でもその次の日は?」
手を上げる事のできなかった娘がオドオドしながら尋ねる。
「窓なり扉にへばりついて料理の仕方を見ておけ。後は寝る前とか休み時間にできる連中から料理の仕方を可能な限り教えてもらえ」
「で、できるようになるかな?」
「そうよ?一ヶ月もないんだよ?」
「できるだけ簡単なもので、料理っぽいのを造れるように初日に教わっておけ。例えばキャベツを素手で向いて、それをやっぱり素手で割いたハムをフライパンで炒めた物とか。あるいはシチューにぶち込むとか。二人一組になるので最低限包丁の扱いと火の扱いは教えられるはずだ。後は七日間の自習でなんとかしろ」
「もしできなかったら?」
「あの女の言うとおり、ゴブリンの嫁になるだけだ」
「相談は終わったか?」
リトリアは尋ねた。
「おう、調理場はどこだ。案内せい!」
「失礼いたします」
その日の晩。リトリアの部屋に訪れた者がいた。暗黒騎士団副官のユーリアである。
「今回訓練生として人間の国から拉致して来た貴族の子供十三名ですが。いかがですか?」
「一人見どころのある奴がいるな」
リトリアは言った。
「いい目つきをしている。あれは人の上に立つ者の目だ」
「リトリア様のように。ですか?」
「さっそく他の連中をまとめあげ、ゴブリンの嫁にならないよう自主訓練を促し始めたよ。実に将来が楽しみだ。反乱を起こすのか。脱走するのか。マイルズ様の忠実な部下になるのか。いずれにせよな」
「反乱や脱走は困りますが。私達には勇気がないので反乱も脱走もできませんでしたが」
リトリアはユーリアを見て、小首をかしげた。
「もしかして、ユーリア。お前私が実力や度胸がないから反乱や脱走を企てなかったと思っているのか?」
「違うんですか?」
「極めて個人的な理由で私はマイルズ様の部下をしている。お前はどうだ?」
「私はリトリア様に従うだけですから」
そう告げると、ユーリアは部屋から出て行った。




