第5話 富樫弁護士との対談Ⅳ
この村、もっと正確に言うと橙坂森で起きた少女惨殺事件というのをご存じでしょうか?」
「橙坂森で起きた少女惨殺事件……?」
聞いたことがないような、それともないような。これもまた、微妙なラインでの話だった。もしかしたらどこかで聞いたことがあるかもしれないが詳細は忘れているだろう、そんな程度のものだった。
「はい、どうでしょうか。何か心当たりのようなものはありますか」
と、催促をされてしまった。どう答えるか悩んでしまう。心当たりのようなものがあると言えば、まったくないとも言えないし、詳細を知っているかと問われればそりゃもうまったく知らない。
「すみません、ちょっとわかりません。その惨殺事件というのはいつ起きたのでしょうか? それがわかれば、もう少し記憶を辿りやすいというかなんというか」
「おっと、これは失礼いたしました。そうですね、もう少し情報が必要ですよね、配慮が足りず、申し訳ありません」
「いえ……」
「えっと、ですね。その事件が起きたのは今から1年前の8月25日です」
「8月……25日……?」
白銀の顔が驚愕のそれに変わる。もちろん、その表情の変遷を富樫は見ていた。
「えっと、どうかされましたか?」
相手を労わるような口調で富樫が白銀に尋ねた。
「申し訳ありません……。実は、その日の記憶は……ないんです」
一瞬の間があった。富樫は、その白銀の一言の意味をひたすら考えているようだった。
「えっと……それはつまり。あ、そうですよね。突然1年前のこと、なんて言われてもわかりませんよね。私にも覚えがあります。いきなり2週間前に食べた夕飯のメニュー思い出せと言われても、私にも思い出せんもの」
少し控えめな笑いを見せつつ白銀に笑いかける。
「いえ、そうではありません」
笑いを見せる富樫とは対照的に悲壮感を滲ませた表情でどう答えればいいのか、言葉を選ぶ白銀。
「僕は、その日の、1年前の8月25日の記憶が、ごっそり抜けているんです」