第4話 富樫弁護士との対談Ⅲ
例えばですね、少し前にあった日本と韓国の確執がありますね。かつて日本が韓国を支配して、それが原因で今もなお、一部の韓国の方は反日の感情を根強く持っている。では、具体的に日本が韓国に何をしたのか。これをすべての人間が、もう少し範囲を限定させてもらいますと、すべての日本人がこの真実を理解する必要が果たしてあるでしょうか。『真実』が何であるのか、まだ定まっていないような、今の時代に。
私はね、無いと思うんですよ。もちろん一般教養としてなんとなく、表面は知っていた方が良いとは思いますが、それ以上は義務ではない。もっと詳しい、深い部分については日本の戦争責任を猛烈に感じている人間と、歴史学者と、社会学者と、歴史マニアと、韓国・中国・特定アジアの反日感情に対して何か反論をしたい韓国・中国嫌いの方が論理武装のために、好きに勉強をすればいいと思うのですよ。表面については『知っておいた方が良い知識』ではありますが、深く、よりディープな部分については、『知りたい人だけが適当に図書館に行って調べていればいい程度の知識』ということになるわけです。
そして私が思うにですね、白銀様がただいま立たれているラインを跨いでファールゾーンへ行ったら、おそらく知らなくても良かった現実が待ち受けていると思います。まぁ、これは一種の勘というものですがね。長年弁護士をやってきた男の勘って言うやつですかね。
でね、結局話は最初の方へ戻るのですが、私がこれからする話をあなたが聞いたら、先ほどの例えに合わせて言いますと、もしかしたらあなたは、ファール・ゾーンへ入り込んでしまうかもしれません。スイッチをONからOFFにするような感じで、パチっと。そこで、見たくもないものを見るハメになるかもしれません。そこにはもしかしたら神はいないし、目を覆いたくなるようなおどろおどろしい別の現実が待っているかもしれません。白銀様に、そのような覚悟はお有りでしょうか」
どこかの国家宰相の就任演説のような長い話が終わった。
「僕の意見はあまり変わりません」毅然とした態度で、たしかな声で白銀は言った。
富樫は白銀の目を見ず、テーブルのある一点をじっと眺めていた。力強い眼だった。そして、自分に何かを問いかけるように、一、二度、少しだけ、静かに頷くと、
「なるほど、それはつまり、それというのは白銀様の意見ということですが、その白銀様の意見、『現実の世界は常にひとつきりです』という言葉、意思、主張は変わらない、という解釈でよろしいでしょうか?」
「おおむね、その解釈で特に問題はないと思います」
確固たる自信を持った声で白銀は富樫にそう告げた。
「僕は、この意見を変えたことは一度もありません。そしてそれは、絶対の真実であると信じてやみません。もし、この意見を変えてくれる、変えてくれるような出来事がもしあるならば、僕はむしろ、それを見てみたい」
これもまた心の底からの、真実な一言だった。まるでそこに何もないような、見事なまでの透明さを持った一言だった。
「こんなことを言う義理も、資格もありませんが敢えてもう一度問いたいと思います。今の発言はね、白銀様。あまり若さを理由に人を批判したくはないが、非常に危険なものだ。若さゆえ。世の中のすべてのものを理解した気になったら危ないものです。もちろん、批判する精神というものはね、必要なことです。すべての新聞記事やインターネットに転がっている情報を簡単に信じたらいけないことと一緒です。それはこちらとしてもわかるものがあるのですが、もう一度、お尋ねします。今の発言に、変更点などはございませんか」
「ありませんね。変える必要は、どこにも」
ばっさりと切り捨てた。こんな怪しいおっさんの言葉を真に受けて、自分の考えを変えるなんて至極馬鹿馬鹿しいと、そう思ったのだ。
「結構です」と、事務的な口調で富樫がそう言った。
「決断力があるというのはそれだけでも貴重な財産です。特に……今の日本では」
褒めているのか褒めていないのか、からかっているのか非常にわかりにくい声で富樫は言った。まぁ多分けなされているんだろう、と思った。褒めてるんだか貶されてるんだかわからない場合は大抵が後者だ。
「では、前置が長くなって申し訳ありませんでした。これから本題に入りたいと思います。白銀様、1年前、この村、もっと正確に言うと橙坂森で起きた少女惨殺事件というのをご存じでしょうか?」
「橙坂森で起きた少女惨殺事件……?」
次からようやく・・・