第3話 富樫弁護士との対談Ⅱ
「えぇ、まぁ、もしかしたら、という憶測のレベルを出ない話ではありますが。いえね、白銀さんも巨人ファンらしいので野球で例えてみましょう。ボールが外野の一塁線の真上に落ちたとする。こうなるとファールになりますか、フェアになりますか」
「そりゃまぁ、フェア、でしょう。オンラインは入ったことになる。野球に限らず、テニスでもイン扱いされる」
「そうですね。良い例えだ。野球だけでなくテニスでもそうです。言うなれば、あなたはその線の上に立たされているのかもしれません。例えるならばフェアの世界は、それはそれは美しい世界なんです。白雪姫が毒入りの林檎を食べても、イケメン王子様のキスで蘇る世界なんです。小学生の時、普通の生徒の誰もが夢見た、みんながみんな幸せになれると思っているような世界です。成長すれば誰もが誰かしらと結婚ができ、子供を作って幸せに暮らして死ぬ。インターネット掲示板なんかで悪口はみんな言わない。そんなことをするのは自分とは別次元の世界いる人間の話だ、とまぁ、一部例えが変になってしまいましたが、そんなような世界なんです。そして今、白銀様もその世界に所属していらっしゃる。フェア、という名前のチームに。
しかしね、白銀さん。一方で、野球でいうファール、テニスでいうアウトの世界はこうはいかない。残念ながら、まず、人間っていうのは誰もが結婚できるわけではない。あるときね、ぱっと気づくんですよ。電球の灯りがパッ! と灯るようにね。自分はお母さん、ママから生まれてお父さんがいて、ご飯を食べて、それが当たり前のように育ったが、実はそれは決して当たり前のことではないんだ、と。実はそういうことはものすごいことだったんだ、と、ある日ぱっと気づくんですよね。結婚できる人間が存在すれば、結婚できない人間もまた存在する。そんな当たり前のことにある日はっと気づくんです。インターネットでの悪口なんてね、みんなするんですよ。いや、ちょっと違うな。みんな心の中では言うんですよ、悪口を。まぁ、ピンからキリまでありますがね。というか、インターネット掲示板の悪口なんて、心の中の悪口に比べれば可愛いものなのかもしれない。そして何より、人々はみんな手を繋いで生きているわけもなく、どこかしらでぶつかっているものなんです。
いやぁ、ぶつかる程度だったらまだマシなのかもしれないな。人と人がぶつかるというのは、人が何か新しいものを生み出す前兆的な何かとも言えますしね。だから今の例えはいささか不適合だったかもしれませんが、私の言いたいことの本質はなんとなく伝わったと思います。
そして、白銀様は今、この瞬間、そのラインを分かつ線の上に立っております。世界を分かつ一本の線の上に、見事なまでに、オン・ライン。だからつまり白銀様が今お立ちになっている場所はフェア・ゾーンなんです。テニスで言うならインですね。しかしね、白銀さん、たしかに現実の世界というのはひとつっきりなのかもしれない。でもファールもフェアもどちらも現実なのです。しかし、フェア・ゾーンの人間からはファール・ゾーン人間は別世界に入る人間に見えるかもしれないし、逆もまた見事になり立ちます。そうは思いませんか。
そして、白銀様はこれからファール・ゾーンへ入ろうとしています。この世界の、現実の世界のファール・ゾーンです。そこにボールがいったら打ち直しができる、ってわけではないんです。ファールとフェアはね、決して別のものなんです。ファールゾーンにもし一回行ってしまったら、少しばかり不愉快な思いをすることになるかもしれない。もちろんそこからすぐにフェア・ゾーンに帰ることができるかもしれませんが、帰れないかもしれない。で、結局私が何を言いたいかと申しますとね、白銀様。ここが分かれ目です。ここから先、あなたは少し以上の不快を覚えることになるかもしれません。今まで見たこともないような、見たくないものを見るハメになるかもしれません。しかしそれは、現実なのです。そしてそれは現実であると同時に、『見なくても生きていける現実』でもあるのです。おわかりですかな。人間はすべての事象を理解することができない、宇宙のすべてを永遠に理解することはできない。そういった先祖の言葉を一度はどこかで聞いたことがあるでしょう? そうです、人間にはすべての真実、すべての現実を知ることは永遠にできない。ということはつまり、そこには、つまり我々が住んでいる世界には知らなくてもいい現実と知らなくてはいけない現実が混在している、ということになると思いませんか。すべての現実を一人の人間が理解する必要はありません。知る必要のある現実だけを、なんとなく理解すれば良いのです。
もう少し富樫弁護士の話が続きます。
更新なようで、物語自体はさほど動いていないのでこの時間の更新です。