第2話 富樫弁護士との対談Ⅰ
富樫弁護士の話が長すぎるため分割仕様です、大変申し訳ありません。
とまぁそんなことで、白銀と弁護士の富樫は徒歩で20分ほどの距離にあるファミレスへと入った。
そのファミレスのやや奥めの席へ座り、僕は少し高めのハンバーグランチを注文し、富樫はペペロンチーノのパスタを注文して食べた。食べている間は特にこれと言った話もなく、ただただ黙々と食べるだけだった。そして、食べ終わり一段落した後、
「いやいや、なかなか美味しかったですな。ただのファミレスかと大して期待しておりませんでしたが」
コーヒーを飲みながら笑顔で富樫はそう言った。
「まぁ、僕もこんなファミレスに入ったことなかったんですが、それなりに美味しかったですね」
と、それなり一応の返答をした。
「では、大変恐縮ですが、本題に入らせてもらいたいと思います……、と、その前に」
と言うと、富樫の笑顔で少しばかり形式ばった、いわゆるフォーマルなものへと変わった。これから、何かが始まる。そんな気配を白銀は察した。
「……大変申し訳ありません、ここでひとつだけ忠告のようなものをさせていただいてよろしいでしょうか」
「?」
少しばかり呆気に取られていると、富樫は少しばかりトーンを落とした声で言った。
「忠告、というか、まぁ私が思っていることなんですがね、私はその、東京でしがない事務所を開業している弁護士です。こういうね、顔があまり美しくなくても弁護士にはなれるんです。不思議なもんでしょう? でね、普通だったら、つまりは、ごく一般的な人生を送っていたら、弁護士なんてもんと関わるのはかなり僅かな可能性しかないものなんです。大小中企業の社長とか、何かのっぴきならない犯罪に巻き込まれたか何かがない限りはね。しかも私は、こう自慢しているわけでもないんですが、あまりちっこい事件は担当しないことにしているんです。事件がとても面白そうな場合か、それとも金をうず高く積まれた場合か。まま、もちろん他の場合でも仕事を引き受ける場合もないことはないんですがね、大体がそのふたつです。つまり何が言いたいかといいますとね、私がこうして東京から専属の運転手を使って12時間もかけてまで来たのは、そうですね、普通ではないことなんです。そしてあなたはまだ何も喋ってはいないかもしれませんが、こんな私と出会い、お昼を共にし、お話をしている。あなたにとって、何か普通ではない世界、もっとこう、何て言いますか、今までの世界とは別の世界に入りこんでいる可能性があるわけです」
宗教上の指導者のトップの話を聞いたことはないが、多分牧師とか神父とか、教祖とかいった人々はこういった風に話すのだろなと感じた。こんな夢みたいな話を堂々と、眉ひとつ動かさずに真剣に話すことができるのは一種の才能かと思った。たまに学校の前あたりにいる精神世界についていきなり話しだす爺さんもこんな喋り方をしていた気がする。白銀はそう思った。
「現実の世界は常にひとつきりです」と白銀は返事をした。
「簡潔で、見事なご意見です」と言ったのは富樫だ。
「そして、結局のところ、富樫弁護士は僕に何を言いたいのでしょう? それがわからない限り、僕にはどうしようもありません」
思うことを思うままに、率直に告げた。すると富樫はまた薄気味悪い、どこか歪んだ笑顔を浮かべて、
「いえね。私の話し方がいささか回りくどいことは、それはもう申し訳ないと思っております。しかしね、白銀さん。申し訳ないことに、これは私の癖のようなものとなってしまったのです。風呂場のはじっこの方にこびり付いたカビのようなものです。そして私はそのカビを落とすための薬品を知らないんです。どこに売っているのか、どこのメーカーさんが開発しているのかも。そもそも、人間の癖というカビを落とせる洗剤が果たして存在するのか、それもわかりません。まぁ、私自身が社会にこびりついたカビのようなもんですからね。しかしまぁ、だから白銀様に私の喋り方について我慢しろ、ということもありません。それをどうにかするのも弁護士の仕事ですからね。次に私がする話は多少なりシンプルで、直接的なものとなるからです。
まぁ、先ほどのあなたの『現実の世界は常にひとつきりです』という意見に、誠に僭越ながら反対意見、いえ、傍線をつけて注釈のようなものを付けくわえさせていただきますならば、『見かけの現実が、すべて現実とは限らない』と言いますか。
で、本当にすみません。これは本当にどうでもいいことなんです。元の話を少し進めます。確かに現実の世界というのはいつだってひとつきりかもしれません。しかし、その世界がふたつにわかれているとすればどうでしょう。今まであなたは、綺麗な世界のみを見て歩んできました。そこから、一歩横にずれて、結構汚い世界に踏み込もうとしている」
「汚い世界」意味もなく白銀は言葉を反復してしまった。