猫様列伝・ミケコ
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Q太郎の母猫である。
毛色は名前の通り三毛。
女の子にしてはヤンチャで食い意地が張っているが、好き嫌いは無く何でも食べた。
実はミケコの生い立ちは悲惨なもので、それで食べ物の執着が強かったのかもしれない。
ミケコの母猫ぶっちーは、ミケコとその兄弟を産んで一ヶ月も経たぬうちに激ヤセした。
最初は“子育てが大変で痩せてしまったのだろう”と暢気に思っていたが、そのうち背骨の形が浮き出てまるでステゴサウルスの様になり、始めて私はぶっちーが餓死しかけていることに気付いた。
気付いた時にはもう手遅れで、既に母乳も出なくなって居たのだろう。四匹居たぶっちーの子供達のうち三匹は次々と栄養失調で死んでしまった。
最後に残ったのがミケコで、第二下僕が猫用ミルクと哺乳瓶を購入し、かいがいしく世話をしたお陰で一命をとりとめた。
ぶっちーが餓死しかけたのは病気などではなく、単に偏食によるもので、たまたま私はぶっちーの嫌いなフードを与えていたらしい。
母猫なんだから、子供を育てる為に嫌いなものも食べるだろう。などと云う考えは止めた方がいいと実感した。
猫は嫌いなものは死んでも食べない。私が今Q太郎に食べ物の件で甘やかしているのもその為だ。
ぶっちーと真逆の性格なのも、そんな生い立ちがあったからだろうか?
ぶっちーは魚の骨を食べるのが下手で、直ぐに咽に引っ掛けたり、歯茎に刺したりして大変だったが、ミケコはやっと歯が生えかけた離乳食も終わらぬうちに、サンマの頭から尻尾まで一匹分の骨をきれいさっぱり平らげた。これには私も第二下僕も驚いた。
彼女の食欲は留まる事を知らず、何処からか丸々太った鴨を持ってきた事もある。彼女が仕留めたとしても死んだのを持って来たとしてもどちらにしても驚きである。当時彼女はわずか生後四カ月程だったのだから。
(この鴨はさすがに病気等で死んだのだとしたら怖いので、ミケコの目を盗んで原っぱに埋葬した)
これが証拠写真である。
やがてミケコはすくすく成長して町内一の美猫となった。
その頃の美猫ランキングは一位がミケコ、二位がナナ嬢、三位がぶっちーである。
ぶっちーはお産が下手で特に初産の時などは陣痛が始まると取り乱し、さらに子猫が産まれても臍の緒も切らず放置したまま泣き叫ぶという醜態を晒していた。しかし、お産の痛みは大の男でもショックで死ぬ程の痛さだと何かで聞いていたのでこれは仕方の無いことと思っていた。
が、ミケコは初産にもかかわらず私も知らないうちに難なくお産を済ませてしまい、涼しい顔で子猫に乳を飲ませ「あたちの赤ちゃん可愛いでちょ?」とのたまっていた。
その“可愛い赤ちゃん”がQ太郎である。
今は“体格いいおっちゃん”になっているが。




