名誉の負傷?
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Q太郎は私が仕事へ行ってる間は外に居る。
たまに家の中で留守番している時もあるが、それは前日夜遊びをして帰りが遅くなった時くらいだ。
家の中でじっと留守番するのも暇すぎて辛いらしいが、自由に出歩けるとは云え外にに居るのも寒風に耐え忍ばなければならないので辛いらしい。
なので、外に居る時は、私が帰って来ると車庫に積んであるタイヤの上で丸くなっている。
が、その日、タイヤの上で丸くなっていたのは別の猫だ。と、思ったのだ。
Q太郎と同じ短毛の黄ばんだ白猫だが、顔がまるで違う。
なのに、Q太郎がいつもやるみたいに、私と目を合わせるなりのびをして、タイヤから下り
「遅かったな下僕よ、早くストーブを付けるがよい」などとのたまう。
「えっ? Q太郎?」
「何を申しておるのだ。とうとうボケが来たのか」
「顔……! 顔……違っ!」
ヨソの猫がQ太郎に成り済まして居るわけでも無く、確かにQ太郎なのだが、顔が違い過ぎる。
例えて云えば、Q太郎は肥ったお笑い芸人のような、愛嬌のある顔をしているのだが、このQ太郎は肥った極道の幹部のような顔をしている。
そう、どちらにしても“肥った”は外せない。
まず、目が小さい。いつものQ太の目は大きくてクリクリしてるのだが、このQ太は目が小さく、少しばかりつり目気味になっている。だから悪人面に見えるのだ。
顔の輪郭も変わっているし、鼻の色がオカシイ。Q太郎の鼻はキレイなピンク色なのだが、黒い鼻になっている。
しかし、よく見ると、その鼻は“黒い”のではなく“赤い”のだ。
「えっ? Q太! 鼻血?」
そう、Q太の鼻は血で赤黒く染まっていたのだ。
まさか、車に撥ねられたとか……?
「いちいちうるさい下僕だ、余は寒いのだ。そして空腹だ」
「いや……、Q太、体大丈夫なの?」
車に撥ねられたのなら、人相(猫相?)が変わってもおかしくない。
人相が変わる程なのに体はどこも痛く無い様子なのが不思議だ。
実は昔居た猫が車に撥ねられた事がある。
車の方もあまりスピードを出して居なかったのか、それとも、うまい具合にダメージの少ない当たり方をしたのか、瀕死の重症を負ってはいたが、生きて帰って来た。
生きて帰って来たとは云え、相手は車である。帰って来ても数日間動けず、食事も摂れずにいたのだ。私も流石に最悪の事態を覚悟していたものだ。
しかし、Q太郎のこの元気さはどうだ? まるで何事も無かったようにいつものようにストーブの前を陣取り、マグロを催促している。
まさか……当り処が悪くて、自分が事故に遭った事も、身体の痛みも忘れているんだろうか?
いくら鈍感なQ太郎でもそれは無いだろう。
マグロを食べ終え、ストーブの至近距離に寝そべるQ太郎の爪を観察してみた。
何故爪? と読者の皆様はお思いになるだろうから説明すると、車に撥ね飛ばされた猫は着地する際に地面に爪を立て、体制を立て直そうとする。
そうして、飛ばされた加速度プラス自分の体重で爪は地面に削られる。
なので、爪が擂りおろされたように削られていれば、交通事故に遭ったと断定しても間違いないだろう。即死の場合はこの限りではないが。
しかし爪はキレイなものだ。
身体のあちこちが汚れているが、骨が折れているような様子もない。
ストーブの至近距離に居るものだから私の背中が燃えそうな程熱いのを我慢しつつ、鼻を調べてみた。
今まで、“鼻血”だと思っていたが、厳密に云えばそれは鼻血では無かった。
“鼻血”と云うものは鼻の中から出てくるものであって、これは明らかに鼻の外が傷付いた際の出血である。
血を拭き取ろうとすると嫌がるので傷の形状がよく解らないままだが、それとは別に目の上にぽつんと小さく赤い点状の傷を見付けた。
「Q太郎、お前、顔齧られたのか?」
「んー?」
明らかにそれは猫の咬み傷だ。恐らく鼻も引っ掻かれるか齧られたかしたのだろう。
顔を集中してやられたから、顔が腫れて目が小さくなり人相が変わったのだ。
と、云うことはこれは交通事故ではなく猫同士の喧嘩の傷だ。
もし、交通事故なら家の前の道路にマキビシを撒きたくなる衝動を抑える自信が無かったので喧嘩と解りほっとした。
喧嘩の相手を殺すまで戦うような凶暴な猫は私の知る限り居ないし、人間が猫を傷付けるのは許せないが、猫同士なら、まあ、いいかな~? と、思っているから。
Q太郎は負けたんだろうか? 勝ったんだろうか?
と、考えていると、その後堂々と夜遊びに出掛けた。
……勝ったらしい。
勝ったのならいいが、それにしても鼻が血だらけで格好が悪いので、暫くは昼間の外出を控えて欲しい。と思う私である。
そして、ストーブの前で延々とQ太郎の顔や身体を調べていた私は背中どころか後頭部まで熱くなり、鼻血が出そうであった。




