8話 「撫子が心を開いてくれたようです」
泣き止んだ撫子と一緒に出るとまずいので僕は遅らせることにした。
「すいません」
「いや…うん…いや」
「それでは失礼しますねー」
口調はいつもの撫子だった。僕は少し胸を撫で下ろす。撫子は熱さのせいかさっきの抱擁のせいか少し顔を赤く染めながら風呂場を出ていった。
僕はそこで安堵の息を吐いてしまう。
恐らく人生で初めて生身の人間を抱きしめた。まだ体に残る仄かな撫子の温もり。それを思うと顔が熱くなる。ていうかのぼせるわ!
僕は首を横に振る。そして気合的なものを入れなおしておこう。
抱き枕なら抱きしめたことあるんだけどな。僕の大好きなキャラのね。白い液体を顔から被ってて…。ってどうして僕が自分の過去を曝け出さないといけないんだ。
あれは黒歴史だ。
やはり一番いいのは二次元。まぁこの世界も中々捨てがたいけど。
「やっちゃったんだよな…」
これだと変態みたいじゃないか!?早く言い直さないと!
「抱きしめちゃったんだな…」
その場のノリで。
ノリに乗ったことを深く後悔しお詫びいたします。まさかそこまで体を許されるとは僕も思っていなかった。
やはり撫子もなんだかんだで考えていたんだ。
「よしっ!明日から頑張るぞ!」
このセリフは僕が中学時代引きこもっている時に多用した言葉だ。ちなみに頑張った覚えはない。あっゲーム買うためにバイトしたからこれは頑張ったことになるのか?
しかもその日の前日にこのセリフを吐いたし。うん!一回だけ頑張った。あとは皆様の御察しの通りでございます。
太陽の日差しは人の努力を消すよね。
「よしっ!!明日からっ!」
とりあえず明日に気合を込めて叫んでおく。そんな叫びが風呂場に木霊する。
僕は風呂から出る。そして一歩歩いた瞬間にそれは訪れた。
「ん?」
視界が歪む。足が重くなる。思わず両膝を屈伸させてしまう。だがそれだけではなく体も重い。両手で地面に付かないとこの体勢を維持できないほどだ。
だが両腕でも支えきれず倒れる。
これは…。いったい…。な…んだ…。
◆◆◇◆◇◆◆
「……さん!……とさん!」
誰かが僕を必死に揺さぶりながら何かを呼んでいる。
「和人さん!」
それは僕の名前のようだ。だけど体が重くて反応ができない。ていうか僕は一体どうなったんだ?確か風呂場で気を失ったような…。
「和人さん!和人さん!!」
目を開くが視界のピントはまるで合わない。ぼやけて見える。僕の名前を呼ぶのは一体誰なんだ?
だがすぐに意識が軽くなった。僕はすぐに体を起き上がらせる。そんな僕を涙目で見ている撫子。ていうか僕は一体なんで気を失ったんだ。
「和人さんっ!」
撫子が僕に飛びついてくる。泣いてるじゃん。えっ?ていうか僕はまさか単純にこの風呂場で…。
のぼせた?
なにこの羞恥が顔に上がってくる感じ。やばい恥ずかしいぞ。
「僕のぼせただけだよ…。泣くなんて大げさだよ」
僕は笑って撫子を安心させる。
「違います。毒です」
「ええええ!!?」
まさかののぼせ落ちではなく毒おち!?
そんな危険なおちがあっていいのか!?
一つミスれば僕死んでたのか…。正直驚きが隠せないんだが…。
「係員さんが硫黄清浄機を止めてしまって硫黄が充満したんです」
「なるほどだから僕は意識を失ってしまったのか」
「5分待っても出てこないので行ってみると和人さんが倒れていました…」
また泣き始める撫子。この子いきなり掴めないキャラから可愛らしいキャラになったな。さっきの抱擁が効いたのか?
効いてほしくないけど。
「本当に死ぬんじゃないかと思って心配しました…」
僕の胸で泣いている撫子の頭の上に僕は左手を置いて撫でてあげる。こういうことが一番安心するって確か…。
あ…れ……?
誰かが僕にそう言った………気がする。思い出せない……?
前の世界での友達を?記憶が消えてる?
記憶は消えてないんじゃ…?
『和人』
!?
「和人さん?」
そこには僕を上目づかいで覗き込む撫子が。
かわええ…。
「いやちょっと意識がぼっとしてたわ」
「早く横になりましょう」
「そうだな…」
前の世界での僕のたった一人の友人の名前が僕はどうしても思い出せなかった。
◆◆◇◆◇◆◆
「お待たせですー」
「ういっす」
「遅かったわね」
キョウが如何わしい目で僕を見る。どれだけ僕が信用ならないんだ。確かに撫子との好感度は上がったけどさ。
「撫子こいつに何かされなかった?」
キョウの野郎…。ていうか撫子なら話してしまう恐れが…。
「いえとくには」
僕は安心の息を吐く。
「抱きしめてもらいました~」
爆弾発言キマシタワー。
「あんたなにやってんのよぉおおおお!!」
キョウに本気で首元を掴まれる。
凄い迫力だ。不良顔負けのその形相は悪鬼羅刹だった。
「僕だって別にしたくてしたわけじゃ…」
「僕の胸で泣けとか言われました~」
顔を赤く染める撫子。この野郎。
「遺言は?」
「あれ?遺言!?」
「まさかメンバー全員を落としにかかろうって魂胆じゃないでしょうね」
お前らが勝手に僕に惚れていくのさ。相場はそう決まっている。
まぁこの場では一応。
「そんなわけないだろっ!」
とでも言っておこう。
「なんかあんたの背後に悪魔が見えるから信用できないんだけど」
僕を指さしながらそう言うキョウ。
「いいじゃないか抱きしめるくらい!」
そう軽快な言葉を吐いたのはローズだった。
「私だってできるぞ」
そう言い僕の前に立って僕を。僕の顔をそのおっぱいで押し付けた。
「……んんっ!!!?」
「ほらな?」
「んんっ!!ん!!?」
なにこの公開死刑。
ていうか息ができない。でも幸せだ。
おっぱい柔らかい。
そしておっぱいに潰されながら僕は意識を失った。