王太子の資格
二人は無言でしばらく見つめあっていた。
マルガリータが馬を操り、再び進める。
フィリッポが付いてくるのを背後の物音で察した。
しばらく無言だったが、会話の糸口を最初につないだのはマルガリータだった。
「うすうす察していたのだろう?」
「何がだ?」
「貴方の父上は、我が家がこういう成り行きになりそうだと察していたのではないの?」
マルガリータの口調はわずかに笑みを含んでいた。
「ずっと以前からの付き合いだ。父の気象も姉の気象も全て知っている。能力もね、そんな二人が王宮の中心なんて場所に置かれればいずれ致命的な何かをしでかして、破滅する。それくらいは察することができただろう。私も途中までは兄もそう思っていた」
兄は王宮内で贅沢におぼれ、願望と予想の区別がつかない状態になってしまったけれど。
結局マルガリータが正気を保てたのは、王太子の不興を買って王宮出入り禁止をくらい、領地内にとどまっていたからなのだと今は思う。
皮肉なことに、この華のない顔と身体がマルガリータを救ったのだ。
「父はいつか言っていた。君とマルグリットを足して、二で割った程度の娘を二人持った方が、君の父上は幸せだったろうと」
マルグリットほど美しくなく、マルガリータほど賢くないそんな娘を二人持った方が。
自分がそう言われるほど賢いかはともかく、マルグリットの美貌は確かに毒だった。家族にとっても、本人にとっても、そして国にすら。
「父が言わずとも、そっちで婚約破棄の準備はしていたんでしょう」
フィリッポは無言で肯定した。あの花嫁もあの時点でもう探し始めていたのか、それは聞かないでおいた。
「たぶん、君の家族は罰されないと思う」
フィリッポの言葉にマルガリータは思わず振り返った。
「皮肉なことにね、あまりに見苦しい王太子の振る舞いが返って君の家を救ったんだよ」
フィリッポの顔には抑えきれない嫌悪が浮かんでいた。
王太子はことが起きてすぐに、マルグリットとその家族を王宮から追放した。そのことはマルガリータも知っている。
その後のことは全く入ってこなかったが。フィリッポの話を聞くと、すべての責任をマルグリット一人に負わせたらしい。
マルガリータにとっては予想通りの展開だが、そこでマルグリットの身分が関係してきた。
男爵令嬢が王太子妃の暗殺を単独でもくろむはずがない。
極めて常識的な判断だろう。王太子妃の故国はここに突っ込んだ。
主犯は王太子本人であり、共犯が側室マルグリットということだろうと。
世論がこう動いた以上、マルグリット一人を始末して終わらせることはできない。
マルグリット本人はともかく、父と兄は連座せずに済みそうだと、フィリッポは教えてくれた。
「もしかしたら、王太子はこのまま廃嫡されるかもしれない」
マルガリータは聞こえてきた話に、軽く笑う。
「それは、国のためにはよかったね」
マルグリット一人を御すこともできない王太子。国を統べる資格はない。
「たぶん王弟殿下のご子息の一人が、立太子する可能性が高い」
マルガリータは振り返るとにっこりと笑う。
「最後にいい話をありがとう」
ここでお別れ。言外に告げてマルガリータはフィリッポに告げる。
「私は、別にあなたのことが特別好きじゃないと思っていたけれど、あなたと結婚するのは嫌じゃなかったわ」
「俺も、嫌いじゃなかった」
それを最後に二人は馬を反対方向に向けた。
お互いに振り返りはしなかった。