ネズミの言い分
沈む船から逃げるネズミ。そんな諺がある。
翌日には、使用人は半減していた。王太子妃暗殺未遂。どう考えても、一族郎党皆殺しものだろう。
マルガリータは自室に戻った。
姉は階下の広間で暴れているようだ。どうしてわからないのだろう。ちょっと考えれば自分の選択がどれほどまずかったかわかりそうなものだ。にもかかわらず彼女は自分の運の悪さだけを嘆いている。
「運、以前の問題だよ」
マルガリータは呟く。王宮の毒気に充てられた家族。自分達が悪いとこれっぽっちも思っていないのは先ほどまでの愚痴のオンパレードで分かる。
もはや兄ですら。
沈む船から逃げるネズミ。
マルガリータは繰り返し考える。ならば、自分がそうして何が悪い。
マルガリータは自分の部屋の中のものを物色し始めた。
マルガリータの朝は早い。その日はことさら早く起きた。まだ空に星が見えるほど早く。
使用人はさらに減っているので誰にも見とがめられずに外に出ることなどたやすかった。
いや、王都に主人が入り浸っている状態で夜明けが来る前に起き出してくるような殊勝な使用人などここ数年いたことがない。
青味のかった空気の中、マルガリータは、まとめた荷物を片手に厩に向かった。
愛馬はマルガリータを見て幽かにいなないた。
「だめよ、静かに」
唇に人差し指を押し当てるジェスチャーが馬に通じるのかは謎だが、馬はいななくのをやめる。
馬を引き出すと、マルガリータは後ろを振り返る。生まれ育った家、今出ていけばもう二度と帰ることはないだろう。
そして今出ていかなければ、碌な末路の待っていないだろう場所。
マルガリータは再び前を向くと、馬上の人となった。
あえて、正規の道をはずれた森の中を進んでいく。マルガリータにとっては通いなれた道だ。
しばらくは森を通って、それから隣国へと通じる街道に出る。
どの方向にどの程度進めばそこにつくか、マルガリータは知っていた。
いつ、王族が自分達の弾劾を始めるか分かったものじゃない。
王族暗殺未遂の巻き添えを食って処分されるなんて冗談じゃない。
万が一にもそれを免れたとしても、あの贅沢に浸ってしまった姉を男爵家の財産で養おうとすれば最終的に破産が待っている。
その前に取り分だけ持って逃げて何が悪い。
マルガリータは慎重に馬を進めた。
マルガリータは逃げ切る自信があった。マルガリータは最初の一度以外は王宮に入ったことはない。だから顔を知られていない。それに背が高く、みっちりと肩周りに筋肉がついたマルガリータは、男装すれば、女性にはまず見えない。
逃げたと知ったら、兄はどうするだろう。
ふと思ったことをマルガリータは振り払う。どうせマルガリータがいたとしても何の役にも立つわけではない。
貴族の娘の役立て方といえば政略結婚だが、マルガリータとそう言う結婚をしようとする人間がどこにいるのだ。
物思いを振り払うマルガリータは藪をかき分ける物音を聞いた。思わず腰の剣に手が伸びる。
馬に乗って、藪をかき分けてきたのは、フィリッポだった。