とあるサバイバル
そう馬鹿だった。想像を絶する馬鹿。
嫁いできたその日から。王太子妃の受難は始まった。
姉、マルグリットは婚礼の日涙ながらに訴えたらしい。自分を愛していないのか、自分を愛しているなら、どうかあの妃を自分より優遇するなんてやめてほしい。
頭がどうかしているとしか思えない要求だ。だがそれを呑んでしまったのだ。
丸呑みにした。
本来の王太子妃の居室から遠く離れた辺鄙な場所に住まわされ、公式行事にもほとんど出席できないようにされた。
そのうえ、本来王太子妃用に用意された予算も全てマルグリットに着服され、着の身着のまま状態に、つき従う侍女も国から連れてきた一人を除いて誰もいない。
そのうえ食事には定期的に毒が盛られている。
そのうえ、それ以外の悪質な嫌がらせ迫害が繰り返された。
そんな状況をどうして周囲が止めなかったのか。仮にも相手は隣国の王女だ。そんな相手を理不尽に迫害すれば、隣国が黙っていないはずだ。それを放置していたのは、隣国が、嫁いできた王女の状況にかまえるような状態ではなかったからだ。
一つ向こうの隣国と相当派手にもめていたのだ。
両国はいつ戦争が始まるかどうかの一触即発状態。そのためこちら側まで気が回らなかったとしてもそれは無理もない。
もし戦争にでもなって隣国の国力が衰えたなら、王太子妃に据えた彼女の価値は激減する。その前に消えてほしいと考えた者もいたらしい。
しかし彼女も根性だった。いち早く自分の状況を判断すると、毒殺に備えて、自室のベランダに鉢植えを食糧源にした。クレソンなど挿し芽ができる野菜をこっそり植えておいたのだ。
彼女は植物には造詣があり、食べられる植物と食べられない植物を容易に見分けることもできた。貴婦人としての教養の一環であったが、それをこのように実用するはめになるとは思ってもみなかっただろう。
王族としてのたしなみの一環として、臭いと、これだけはともっていた銀製の食器で見分けた、かろうじて毒を盛られていない食事と、そうした庭園の植物とベランダの鉢植え、それで何とか食いつないだのだ。
しかしそれにも限界が見えた後、王太子妃の母国と、その向こう側の隣国が結局戦争をせずに調停を迎えたのだ。
それを千載一遇のチャンスと見た王太子妃は、時を待つことにした。
両国の使者がこの国に来たその日、彼女は行動を起こした。
両国が、この国の太子に冷戦終結を告げる式典で、病気療養中と偽りの理由で軟禁されていた彼女は前々からの準備の通り、その部屋を脱出した。
庭園を散歩と称した食事のついでに、使用人の服を拝借していたのだ。
突然、厳粛なる儀式のさなかに飛び込んできた身分の低い使用人の姿に、一同騒然となり、追い出そうとした、衛兵にもみくちゃにされながら、王太子妃は、母国の太子の名前を叫んだ。
母国の大使も、この国に嫁いだはずの王女であることに気付き、事態は大混乱に陥った。
結局、王太子妃は母国の大使に保護を受け、そのさいに洗いざらいの迫害をその場でぶちまけた。
彼女の尋常でないやつれ方、そして、仮にも王太子妃が身分の低い使用人の格好をして現れたこと、すべてがその話に信憑性を与えた。
その三日前には、階段に張られたひもで、選択に行く途中の女中が転落して足の骨を折る事件が合った、それも自分を殺すためだったと、彼女は主張した。
王太子妃は自国の大使に付き添われてそのまま帰国、後に残された自国の重鎮たちはそれぞれ責任のなすりつけ合いを始めて、上層部は収拾がつけられない事態になった。
それがマルガリータが、ほうほうの体で自領に戻ってきた家族から聞いた話だった。
「絶対おかしいわ、あの女中の転落事故、あれはあの女がやったのよ」
そう姉はいきり立つ。その可能性はマルガリータも否定しない。しかし今それどころじゃないだろう。
「どうなるのよ、これから」
マルガリータは頭痛を覚えて眉根をもんだ。