王太子妃の婚礼
タイトルにある王太子妃は本文にはいません
新たな王太子妃になる隣国の王女が盛大な花嫁行列とともにやってきたのはそれから間もなくのことだった。ツェレ男爵家の所領は、実は最短距離の通過点だったが、愛妾の実家ということで花嫁行列の通過点から外されてしまった。
新しい妃が来れば、王太子の姉に対する関心も薄れるのではないか。それはマルガリータにとってはありがたいことだったが。それはマルガリータだけの感想だったようだ。
姉はぎらぎらとした目で何とか王太子日を蹴落としてやると宣言していた。完全に自分の出自を忘れているとしか思えない。
父もいらいらとうろつき歩いている。
なんでもあっちこっちのご婦人に言い寄られてご満悦だったのだとか。すでにマルガリータの母はいないので、どこかの未亡人と関係を持ってもかまわないとはいえ、少々マルガリータはいらっとした。
しかし、そんな姉の許すほどあの王太子は馬鹿だろうかとマルガリータは思う。
そして、焦燥の表情を浮かべている兄の姿にマルガリータの心情は複雑になった。
王宮で自分より上の身分の人間すらちやほやしてくれる状況にあるらしい。そんな話を兄の従者から聞いた。人は贅沢に慣れるのは早い。
最初の居心地の悪さを脱却した途端にずるずると底なし沼にのみこまれるように兄も飲まれてしまったのだろう。
マルガリータとしては、王太子が姉の言うことを聞くほど馬鹿ではないことを祈るばかりだった。
ひとしきり愚痴をこぼしてマルガリータを一人残して家族は王都に帰ってしまった。
帰ったという表現がふさわしいだろう。何しろ一年で全部合わせて一月程度しかこちらにはいないのだから。
姉は王宮に、父は王都のツェレの屋敷に詰めっぱなし。定期的に兄が仕事のために返ってくるが、三日ほどで書類を持ってあちらに行ってしまう。
マルガリータはこの機会にやりたいことをやり始めた。
武術の練習を再開したのだ。
マルガリータは子供のころから仕えている騎士がお気に入りで、しょっちゅうついて歩いていた。
そのうち剣の修練を真似するようになり、その騎士や、まわりの騎士も面白がってマルガリータに剣術を教え始めた。
十二を過ぎる頃にはさすがに辞めさせられたが、もう家族の監視もない。マルガリータがそれを再開させても止めるものは誰もいなかった。
マルガリータの将来は完全に閉ざされた、せめて風変わりな趣味くらい黙認してやろうという彼らの心の声は聞こえたけれど。マルガリータは気にしなかった。
むしろ気になることが起きていた。
近隣周辺の商人たちからの貢物が、大量にマルガリータの元に届き始めたのだ。
王太子様のご寵愛第一の愛妾へのおべっか。
それが、家族からほとんど無視されているマルガリータにまで及ぶとなると。マルガリータは嫁いできた王太子妃の安否が気になった。
そしてつくづく思い知った。あの王太子マルガリータの想像を超えて馬鹿だったようだ。