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乾いた涙

 マルガリータの縁談は当然ながらうまくいかなかった。寵姫の寵愛なんて海の物とも山のものとも知れないものだ。そんなもののために大事な息子の人生をかける親はいなかった。

 マルガリータは落胆しなかった、おそらくそうだろうと思っていたことが起きたというだけでしかない。

 マルガリータが姉と同じくらい美しいならともかく、マルガリータは普通、もしかしたら普通以下かもしれないと思っている。

 そんなマルガリータを自分の家より上の爵位の家に嫁がせることができると信じ込むとは。父親は自分が思っている以上に馬鹿なのかもしれない。

 姉はあの日以来、ずっと王宮に暮らしている。父親は一年のほとんどをおう吐に新しくしつらえた家で暮らし、領地にはたまに帰ってくる程度だ。

 あまり帰ってくる頻度の高い父ではなかったけれど、それでも帰ってくる頻度は数分の一になった。

 マルガリータはほとんど、領地の自分の部屋か、それとも、人里のない山に遠乗りに出かけるかの日々を送っていた。

 マルガリータは完全に家族から黙殺されていたし、家族がそうなれば、使用人達もあえてマルガリータにかかわろうとすることはなかった。

 それでも時々情報は入ってくる。マルガリータに起きた変化のきっかけは二つの婚姻の噂だった。

 一つはマルガリータの元婚約者の結婚の。もう一つは王太子の新たに迎える正妃との婚姻の噂だった。

 後者はマルガリータにとってどうでもいいことだ。どうせいずれ起きると思っていた。

 だけど前者は……。

 マルガリータは兄の服を借りて男装して、長い髪を帽子にたくしこんだ。

 マルガリータは厩へと向かう。

 最低限の面倒をみる以外はほぼ黙殺状態だった使用人達も、マルガリータの異様な姿に一様に息をのんだ。

 しかし誰もマルガリータに声をかけない。マルガリータはそのまま、鞍のついた馬を適当に選び、馬にまたがった。


 マルガリータの元婚約者は、領地を接する男爵家の息子だ。こういうところも無難な相手だったわけだけれど。

 隣の領地と言っても、丸一日馬を走らせなければたどり着けない距離だ。

 マルガリータは、馬が疲れるまで、走らせ、それから、適当な木に繋いで仮眠を取った、木の根がごつごつとした場所に座って眠るのは、いくら貧乏男爵家あがりのマルガリータにとっても初めての経験だった。

 さして休めたとも思えない時間、うとうとぐらいはできたかもしれないけれど。

 マルガリータは再び馬にまたがり、今度は歩いて進ませた。

 馬は走らせるとあっという間に疲れてしまう。だからゆっくりと歩かせる。

 思いつくまま走らせてしまったけれど、あちらに行ってどうなるということでもない。だから余計にマルガリータの歩みはゆっくりになった。

 領地の境界線を抜けて、マルガリータは、そのまま進む。馬は小休止の時、草を食んでいたようだが、マルガリータは通りがかった川で水を口に含んだきりだ。

 ようやく、目指す男爵家が見えてきた。

 マルガリータが来た方向の逆から、ちょうど花嫁行列がやって来るところだった。

 マルガリータはその場に立ち尽くして、それを見ていた。

 屋敷から若い男が出てくる。晴れ着を着て。

 それが元婚約者。今は赤の他人のフィリッポであることは顔を見るまでもなかった。

 マルガリータは視力がいい。だから、馬車から下りてきた花嫁のだいたいの顔立ちは見て取れた。

「よかったじゃないの」

 乾いた声で呟く。

 飛びぬけた美女ではないが可愛らしい顔立ちの花嫁を見てそう言うしかない。

 振り返ったふぃりっぽと目が合った気がしたが、マルガリータは無言で馬を引いて立ち去った。


 まる二日無断外泊した男爵家の次女が薄汚れた姿で帰ってきてもだれも何も言わなかった。

 うすうす事情は察したのだろう。

 衣類をだめにされた兄もマルガリータにはあえて無言で謝罪を受け入れた。マルガリータと同じく、今の家の現状に不安を感じていたので、マルガリータに対しても家族の中では同情的だった。今この時だけは。

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