人生の転換
暁の星とともにスピンアウトです。番外編として書こうか迷いましたが、あちらの主人公がまったく出ていないので、別編として投稿することになりました。
本日、マルガリータの婚約は解消された。
マルガリータが何をしたというわけでもない。ただ家庭の事情という奴だ。しかし、その事情が、姉が王太子の寵姫になったというのはちょっと珍しいだろう。
マルガリータは話を聞いた後、その間だけ読むのを中断していた本を再び読み始めた。
別に好きで婚約していたわけではない。貴族の結婚など、家同士の約束事だ。おそらくお互いこんなものかと思っていたような間柄だ。
そう平凡よりやや下がる程度の下級貴族の娘の結婚なんてそんなものだと齢十五にもならないのにマルガリータはそう達観していた。
骨ばったひょろ長い身体に、可もなく不可もなくな顔立ち。
マルガリータは自分の骨ばった手を見て不快な記憶がよみがえるのを感じた。姉が妹がいると王太子に言ったとき、王太子はマルガリータも呼ぶように言った。
その時王太子の脳裏を占めていたのは、おそらく美人姉妹をはべらして、というわかりやすいものだったのだろう。
マルガリータを一目見た途端、あの失望したという顔は忘れられない。
マルガリータに言わせれば、むしろ、姉のほうが突然変異だ。両親を含めて全員平凡をこじらせた顔をしている。
似ていないわけでもないが、なまじ似ていることが差違をくっきりと際立たせる。
ふんと尊大に鼻を鳴らし、二度と連れてくるなと言い渡された。
さして傷つくことはなかった。物心ついたころには慣れっこになるような反応だったから。
マルガリータの性格形成に、あの美貌の姉の存在は大きくかかわっている。どんなことであれ、優劣が大きくへだったっていればそうならざるを得ない。
マルガリータと美貌の姉は幼いころから親族たちの好奇のまなざしにさらされていた。
それでも嫁げばあの姉から離れられればそう思っていたけれど。
父親がばかな欲を出した。もともと姉は自分の家、ツェレ男爵家より上の爵位の家に嫁げるともくろんではいた。
だが、王太子の目に姉が止まったことで、マルガリータもそうできるのではないだろうかと勘違いしたのだ。
そのため、同格の男爵家の二男坊だったマルガリータの婚約者との婚約は破棄された。
マルガリータはあほらしくて何か言う気力もなかった。
生暖かい風。これがしだいに熱風となる。
今風は生暖かい。だけどこれでは終わらない。
マルガリータは窓を開けて風に身をさらす。
今家はうわっついて何もかもが浮かれ騒いでいる。だけどこれがこのまま終わるわけがない。
マルガリータの結いあげられていない艶のある黒髪が風に踊る。
簡素な屋敷には不釣り合いな豪華な馬車。四隅に飾られた飾り彫りに張られた金箔が陽光を跳ね返す。
侍女二人が巨大な傘をさしかけているので姉の姿は見えない。
マルガリータと違い、日に焼けるのを極端に嫌う姉は常に帳の中にいた。寵姫になる以前からずっとだ。
窓辺にたたずむマルガリータを見て姉は忌々しそうに唇をゆがめた。
「私を見下ろすとはいい度胸ね」
「仕方がないと思う」
マルガリータの身長は姉、マルグリットと頭半分ほど高い。
ほんの数秒、マルガリータの瞳と、姉の黒目がちな大きな瞳がぶつかる。しかしマルガリータは視線を下げた。
「おかえりなさいませ、お姉さま」
わざと慇懃な口調を繕う。尊大な口調でマルグリットはマルガリータに囁く。
「ならばなぜ玄関まで降りて、私を迎え入れないのかしら」
「お帰りとは気付きませんで」
実際は迎える気がなかっただけだ。
「ならば今後気をつけなさい、一度は許してあげる、私はお前の姉ですからね、だけど二度はないわ、もう私はお前の姉以上の存在になったのだから」
大げさな身振りで右手を自らの胸に当て、芝居がかった形で身体を一回転して見せる。
マルガリータは胸の中だけで呟いた。
大根役者。
姉は確かに美しい。だけど、姉を知るかなりの数の人間が姉のことを評してこう言っていた。
外側に手がかかりすぎて、中身がお粗末な女と。
「そう、お前の婚約を解消したわ、だってあんな貧相な男、私の義弟にはふさわしくないんですもの」
マルグリットは頬に垂れた艶のある黒髪をもてあそびながら言う。
「もっと上等な男がいるわ、きっとくる。お前も私に感謝するのね」
それはどうだかとマルガリータは心中呟く。
姉の地盤は姉が思っているより盤石ではない。