◆09 海賊の人魚と記憶喪失の美男子
港で荷を運ぶ海賊の内、近くの一人がルージュと目が合うと恥ずかしそうにしながらやってきた。噂をすればと、中肉中背は汚れた布を洗いに行ってしまう。
「あのぅ、ぼくの聞き間違いじゃなければ、船長……乗ってもいないのに船降りるんですかあ? じゃあ、その綺麗な人、ぼくに譲ってください。……船長の男だと思って遠慮していたんですけど」
内股で歩く男の爆弾発言に、ルージュは絶句した。
オールトを追って海に飛び込んだルージュを見ていたのだ。彼には、命を賭して助けに行くほどに、ルージュがオールトに思いを寄せていると見えていたらしい。
飛び込んだのはルージュが人魚だからで、溺れ死ぬ事は無いから助けに行っただけだった。
「ち、違う! わたし達はそんな仲じゃない」
「……そうなんですか? じゃあ――」
「ああ、俺達は船長とかそういう肩書きを越えた仲だ。俺はこいつのもの、こいつは俺のものだ」
「ばっ、何を――!!」
ルージュがオールトの言葉を否定するより先に、オールトはルージュの頭を胸に押しつけた。すぐそばで、高い口笛が鳴る。
ルージュは両手でオールトの胸を押して離れようとするが、頭を掴まれ、顔しか離すことができなかった。
どういうつもりだと睨みあげれば、オールトはかがみ込み、ルージュの額にその丸い額をくっつけてきた。海賊達には見えない側の頬をつねられ、ルージュは身動きが取れなくなる。
端から見れば男同士が睦み合っているようにしか見えないだろう。色々とおかしい。
「俺を売る気か?」
「売るって、わたしには何も利益が無いじゃないか。一体どういうつもりだ?」
「いいか、よく聞け。俺は女が良い。男の相手はまっぴらごめんだ」
一応ルージュも男として周知されているが、言われる分には良いらしい。これは女のルージュの方がまだマシとでも言いたいのだろうか。正直ルージュには嬉しくなかった。
「何が問題だ? こんなに上手くいくとは思っていなかったが、船も船乗りも手に入った。あんたが船長になれば俺の身はこの船で安泰だ。なのに、俺が船長の気に入りじゃないと知れたら意味がないだろ?」
「わたしは船を下りる。あなたはちゃんとわたしが責任持って安全な所に送るもの」
「……この港にいる男好き全員が襲いかかって来たら、あんたは俺を守りきれるか? 送るったって、今日はこの町に泊まらなきゃならないぞ。あ?」
「……いひゃい」
ほぼ吐息だけで成される会話に、恥じらう暇もない。できんのかと凄まれながら、ぐにりと頬をつねられる。美人な分怖い。
この場にいる何人が男好きかはわからないが、一人や二人では無さそうだ。ルージュも夜道や寝ている間に襲われれば、オールトを守りきれる自信はない。
「わかってんのかルージュ。俺の貞操がかかってんだ。船長になるだろ?」
つねった頬を引っ張られる。痛くて涙が出てきたが、ルージュは頷かなかった。
ずっとくっついているルージュ達に痺れを切らしたのか、オールトを譲れと言ってきた男は、乙女のように頬を染めながら言ってきた。
「ちょっとだけで良いんですう。空いた時間にその人を貸して貰うって事はできませんか?」
乙女のような海賊の言葉に、ルージュは冷や汗が止まらない。何を言っているのか、別世界の単語を聞いているみたいだ。
だからそんなんじゃないと否定したいのに、眼前で鋭く光る赤い目がそれを許さなかった。
「貸さないよな? 誰にも触れられたくない位、俺のことを船長は気に入っているんだよなあぁ?」
「……」
「気に入っているって言えよ。俺に手を触れるなってな」
「……」
脅してくるオールトの眼光を跳ね返すつもりで目を開けていると、つねられているのもあって視界が歪んできた。でも、ルージュは脅しに屈したくなかった。
自ら入船して裏切るよりも、ルージュに集ってきた者達を裏切る方が心苦しい。何より、オールトは海賊達とは違って、ルージュの道連れになりたいと言うのだ。ルージュは、船や船乗り達、オールトに責任を持てなかった。 今回の件のように、財宝のためならルージュは何だってするだろうから。
すると、オールトは一度目を閉じて開けると、表情をかすかにをゆるませて、ため息をつくように言った。
「良いから言え。あいつら裏切っても良いって言ってただろ? 俺のことも裏切ってくれてかまわない。今は船長になって好きなように捜し物を探せよ。少しの間くらい俺の身を保証しろ」
「……っえ」
目を開くルージュをオールトは鼻で笑うと解放し、ルージュの背中を優しく叩いた。不意打ちの言葉に、ルージュは読まれていたのだと驚き、どきりとした。
顔の片側が赤くなっているルージュを見て、不思議そうな顔をする乙女な海賊に向き直る。
オールトにそこまで言われては、折れないわけにいかなかった。
「……? 船長?」
「…………貸せない。彼はわたしのお気に入りなんだ。だから誰一人彼に触れることは許さないよ。……船長命令だ」
「……そうですかあ……わかりました。じゃあぼくはお二人の仲を見守らせて頂きますね」
ルージュの言葉を聞いて、乙女な男はお幸せにと涙ぐみながら、振り切るようにして船へと乙女走りしていった。
それを見た他の船員達が、にやにやとルージュとオールトを見やってくる。
言ってしまった。ルージュは早くも時間を巻き戻したくなった。
「決まりだな」
オールトはルージュの肩に手を置いた。思い通りにことが運んだと晴れ晴れしている。ルージュは恨めしげにオールトを見上げた。
「“赤い薔薇”を手に入れるのに、オールトと交換しなければならなくなったら、ためらう事無く突き出すからな」
「ああ良いぜ? さあ、中肉中背が呼んでる。船の準備が整ったみたいだぞ」
受けて立つとばかりにオールトは笑うと、船へと歩き出す。荷物を運び終えた船員達も次々と船へ乗り込んでいた。
明かりの漏れる船内からは、すでに宴を始めたのか騒がしい声が聞こえてくる。
ルージュは深く息をついて、オールトの隣を歩いた。ルージュに合わせているのか、その歩調は遅い。
「なあルージュ」
船と岸をつなぐ板を渡り歩いた直後、オールトはルージュを呼び止めた。その目は船の明かりに、ルビーのように反射した。
“海の薔薇”もこんな美しさを湛えているのだろうかと、ルージュは思った。
「何だ?」
「俺を裏切ってもかまわないからな。その代わり、俺はお前に一生つきまとってやる」
オールトはいつもの、にやりという表現がぴったりな笑みを浮かべた。
「船長、もうはじまってやすぜ」
それは亡霊になってでもかと問う前に、青くなるルージュは船内へと引っ張られて聞くことができなかった。
「俺も見つけられるかな」
オールトが呟いた言葉は、夜の海に吸い込まれていった。
海賊船を手に入れた人魚は、船長となり財宝“海の薔薇”を探す航海に出た。
彼女の名前はルージュ。眉目秀麗な男、オールトと共に男好きが多い船員を引き連れる。
海賊ながらに女であり、そして人魚である彼女の船旅は困難を極める。
それでもルージュは諦めるわけにはいかなかった。
“海の薔薇”を求めて。
一章終了です。お読み頂き、どうもありがとうございました<(_ _)>
ここまでが、まさかの短編投下した範囲になります。何も解決していません。反省はしています。加筆修正?(なにそれおいしいの)したものの、自分の文章力に嘆くばかりです。後書きなんていらなかったんや……
こんな所までおつきあいくださり、ありがとうございます。少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。