◆06 海賊の人魚と記憶喪失の美男子
そういえば、海賊船が沈み、海に落ちる海賊達を助けていたときに、すでに波に翻弄されるままに揺れていた者が居た。青白さもあって発見した瞬間、水死体かと思った。
けれど、確認すればその体は鼓動していたのだ。それが最後に助けた男……オールトだった。
オールトの腕を肩にかけて、砂浜に上がる。海から出た尾ひれは人の足へと変化していき、ルージュは立ち上がった。
かなり流されていたらしく、遠い岩場を越えた先に崖が見える。
「起きろこの馬鹿!」
ルージュはオールトを仰向けに転がして、意識を戻そうと頬を叩く。柔らかな黒髪が、隈のようにオールトの目元を覆っていた。
自ら海に飛び込んだくせに泳げなかったのかと、ルージュは舌打ちした。飛び込みも、打ち所が悪ければ死ぬことだってあるというのに、無茶をする。
崖の周辺は激流だ。どこに流されるか予想がつかない。海底に沈められて浮かび上がれないことも間々あるのだ。それこそ、ルージュが人魚でなかったら、見からずにオールトは溺れ死んでいた。
頬が赤くなってもオールトは気が付かない。胸に手を当てれば鼓動は弱くなっていく。顔を近づければオールトは息をしていなかった。海によって冷やされた体が、さらに温度を無くしていく。
すかさずルージュはオールトの顎を持ち上げて、人工呼吸をした。
「頼むからっ、死ぬなっ」
海で溺れる者達をすくい上げてきたルージュは、人への対処は慣れたものだ。せっかく海からすくい上げたのに、死なれては嫌だからと覚えたこと。
オールトも同じだ。ここまで手をかけさせておいて死なれては、怒りを通り越して……悲しくなるから。
息を吹き込む。戻らない。鼓動を確認する。戻らない。
ルージュは悪態をついて繰り返した。
何度やったか数えられなくなった時に、心音を確かめるルージュの頭に手が触れた。
「っオールト!」
オールトが、飲んでいた水を吐く。荒い息を吐いてから、ぼんやりと赤い目をルージュに向けた。
「……痛い」
小さな文句を聞いて、ルージュはオールトの右肩を掴んでいた手を離した。思わず力が入っていたらしく、赤い手形がついている。無我夢中だったらしい自分が恥ずかしくなった。
「このっ馬鹿が! 死ぬとこだったんだぞ! なんて無茶をするんだ。本当に肝が冷える思いだったんだから。わたしの苦労を無駄にしないでくれよ」
「死に損ないに、開口一番言う言葉がそれか。…………悪かったな」
オールトはルージュから目を逸らして呟いた。意識は戻ったが反応は緩慢だ。
「調子は大丈夫か? また記憶が無いとか言わないよな??」
「あー……あんただれだっけ? ル何とかさんだったな。忘れろって言われたから覚えていないんだが」
「……そこまで減らず口を叩けるなら大丈夫そうだな」
胸板に置いていた手は、確かにオールトの鼓動を感じていた。力強くは無いが、もう弱くなることもない。
ルージュがほっとしていると、オールトの視線がある一点を見つめていることに気が付いた。
「何だ? わたしの体に何かついて――」
かがみ込むルージュの襟を引っ張ると、オールトはおもむろに胸に触れてきた。驚きのあまり、ルージュは声もなく硬直する。
かろうじて動く頭で、ルージュはアスターシに服の上部を引っかけられていたのを思い出し、オールトの視線が意味することに気が付いた。
「……ルージュ、あんた女なのか?」
オールトは苦しそうに眉を歪め、静かに言った。
切られたのは服の端だけだったが、丁度さらしを止めていた金具が飛んでいた。海藻の辺りで水流によって取れてしまったのか、そのために胸を潰していた布はゆるみ、丸みを戻してしまっていた。
今まで細心の注意をもって隠してきた事の一つだったが、このようにして暴かれてしまうとは考えていなかった。
ルージュは慌てて寝そべるオールトから離れる。ばれては仕方ないと腹をくくって、深く息を吸った。
「そうだよ。船に、まして海賊船は女人禁制だからね。さすがにわたしも、女の身であの荒くれ者達と過ごす勇気は無かったから」
「…………そうか」
「? それだけ?」
「ああ」
一般人のオールトがルージュを女だと吹聴しても、すぐに広まるわけではなく、虚言とされる可能性もある。
だが、知られてはいけない真実は、少しでも疑われてしまえば危険なのだ。多くの人に知られた時点で、すでにルージュの身は破滅している。
覚悟を決めたルージュだったが、オールトの返事は思いの外そっけない。
「周りにわたしが女だと言いふらす? 情報としては金になるかも知れないけど」
「別に金は欲しくはない。……けど、そうだな。気になるなら俺を見張ればいい」
回復してきたのか、オールトは上体を起こし、ゆっくり立ち上がった。
見下げていたルージュは、逆に見上げなければオールトの顔が見えなくなる。
仰ぎ見てルージュは鳥肌が立った。
そこにあった目はルージュの罪悪感を脅してきた時のものと同じ、獲物を見つけた時の目。
「俺を連れて行けルージュ。さもないと言いふらしてやる」
背は高いもののひょろひょろの体で、オールトは横柄に言った。
ヒーローなのに、決まらない。それが文章力皆無のクオリティ……。
お目汚し失礼しました<(_ _;)>