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◆03 人魚と美男子の苦悩


 ルージュが目を覚ましたとき、いつもの朝とは違ってベッドにオールトの姿は無かった。鍵は開いている。ちゃんと施錠して眠ったので、オールト自ら出て行ったようだ。

船乗り達は仕事を始めているらしく、元気なかけ声が聞こえてくる。


 今日は体調が良いのだろう。寝たきりだった彼は、体を動かしたくなったに違いない。


 アスターシの元に集っていた烏合のとはいえ、船乗り達と寝食共にしたことがあるルージュは、彼らが気の良い男達だと知っている。船長命令を破るような無闇なことはしないと思えるくらいに、ルージュは彼らに信頼を置いていた。

 変な奴も中にはいるが、これといって悪い奴も居ない。良くも悪くも、彼らは海賊なのだ。オールトが嫌がることはしないだろう。


 ルージュは被っていた布を畳んで片づけると、ついでにとベッドへ向かう。シーツを伸ばそうと毛布をまくったとき、どこにあったのか小瓶が転がり出てきた。

 ルージュがオールトにあげた栄養剤だ。熱冷ましも渡したはずだが、何故かこれだけ出てきた。


「……要らないのかな?」


 ルージュは首をかしげながらも、オールトのベッドを整えてやった。




船長としてのルージュの仕事は、船員達の仕事ぶりを見たり、彼らと打ち合わせをしたり、細々したものが多かった。時には愚痴を聞くこともある。


船内を見回っていると、ルージュは船員室で話し込むオールトとレオポルトを見つけた。彼らの足下には大きな黒布がある。不要だと言ったはずなのに、どうやら海賊旗を作っているようだ。

処遇を聞くつもりで持ってきた物を手に、ルージュは声をかけようとした。


だが、布の横にある廃材の絵を見て声が出なくなった。


「あ、船長。見回りお疲れ様ですぜ。どうですか? 念のために作ろうと思いまして。と言っても、使う事は無いでしょうが」

「悪くはないだろ?」

「……っ」


 硬直するルージュに気づいて、レオポルトとオールトが陽気に声を掛けてくる。

 ルージュは驚きのあまり、息も継げず返事ができなかった。鼓動が他人のものに感じるほどに、凍り付く体を打ち鳴らす。


 廃材に描かれていたのは、歌う人魚。

鮮やかな赤い髪が、その裸体を包むように豊かに揺らいでいる。青い鱗で覆われた下半身は、反るようにして巻かれていた。

これならば、船にルージュが乗っていると他の船にも知れるだろう。けれど、それが問題ではない。


「気に入らないか?」


 黙り込むルージュに、絵を考えた二人は不安そうな視線を向けてくる。


何か言わなければいけない。そうでないと、怪しまれてしまう。少しでも怪しまれてしまえば、そこから暴かれてしまうかもしれない。

ルージュは乾いていく口でつばを飲み、目の前の事実を理解することに努めた。


 描かれていた人魚は、ルージュと同じ色を持っていた。


「……気分でも悪くなったのか?」

「っ、いや。……どうして人魚にした?」


 ルージュは慌てて答えたが、声が上ずってしまった。様子のおかしいルージュを心配してか、オールトは視線を合わせるようにして屈む。

オールトはルージュの肩を落ち着かせるように、軽く叩いた。


「よくわからんが、ちょっと落ち着けよ。俺が考えたんだ。ただの巻いた尻尾じゃ面目が立たないからな。海で一番速いものを考えたら、人魚になった」

「そう、なのか……もう大丈夫だ。以前、似たような絵を見たことがあって、覚えている物とあまりにもそっくりだったから驚いてしまったんだ。この色は誰が?」

「それも、そこの美人さんが発案ですぜ」


 レオポルトの言葉に、ルージュは密かに喘いだ。

 もしかして、オールトは言わないだけで、ルージュが本当は人ならざる者と知っているのでは無いだろうか。ルージュを試しているのではないか。

漂う小舟を海賊船まで運んだときに、彼は海の中のルージュを見たのかもしれない。

人魚と人に知られてしまえば、海賊として、人として、陸に上がれなくなってしまうだろう。


ルージュは“赤い薔薇”を手に入れられない。

ルージュは自分の命よりも大切なものを失うことになる。


 足下が崩れていく感覚。

揺らぎそうになる視界でオールトの顔を見れば、そこにはルージュを心配する優しげな赤い瞳があった。


「何となくなんだ。もしかしたら俺もルージュと同じ絵を見たことがあるのかもしれないな。黒地に栄えるし良い色合いだろ? ……本当に大丈夫か? 顔色も悪いし、少し休んでこい」

「…………そうする」


 部屋まで送るというレオポルトの申し出を、一人で休みたいと断り、ルージュは船員室を後にした。


 偶然、なのだろうかとルージュは疑念を抱いた。オールトに嘘はなかったように思う。しかし、偶々(たまたま)でここまで正確な色の組み合わせになるとはどうしても考えられなかった。

 人魚全てが赤毛ではない。鱗の色も魚たちのように千差万別。微妙な色の違いで個々を見分ける種族なのだ。


 オールトが忘れた記憶を思い出したら、この疑念も消えるのだろうか。その時、彼はルージュの妨げにならないだろうか。

 嫌な想像が頭を巡りはじめたとき、ルージュは手に握り込んでいた物に気が付いた。緊張したのか、頭痛がしてきて、戻る気にはなれなかった。


「あれえ? こんにちはお頭、……顔色悪いみたいですけど大丈夫ですか?」


 そう言って、外に続く階段から下りてきたのは、たくましい体つきの船員だった。オールトと一番仲が良い船乗りだ。


「それはなんですかあ?」


 間延びした声の船員は、ルージュの手にある小瓶を指さしてきた。オールトにどうするか聞くつもりで持ってきた、栄養剤だ。

オールトはルージュが要らないなら貰うと言った時、預かると持って行った。それなのに、放ってしまうくらい扱いに困っているならと、ルージュが所持するつもりで許可を貰おうと思ったのだ。


「ちょっとね。放ってあったから、わたしが貰おうかと思って」

「お頭もそういうの使うんですねえ」

「普段は使わないよ。まあ、疲れたときに頼るのも悪くないかなと」

「疲れていても頑張るのですかあ? ……お頭は思っていたよりいじらしい方だったんですねえ」


 頬を染めて両手を胸に当てる船乗りは、どこか遠いところを見ている気がする。痛みが酷くなってきたのか、ルージュは頭が回らなくなってきた。


「わかりました。ぼくが一肌脱ぎましょう。それ、ぼくに貰えないでしょうか?」

「え? でもこれ、実はわたしの物じゃなくて」

「大丈夫です。この船にお二人の邪魔をする人は居ませんから! 悪いようにはしません」

「あ、ちょっと……」


 鈍痛を覚えて額に手をやった隙に、船乗りはルージュから小瓶を奪うと、内股で走り去ってしまった。


「……後で謝れば良いか」


 悪化する頭痛に、深く考えられなくなったルージュは船長室へと歩いていった。

※登場人物紹介(ネタバレ有り、キャラ崩壊、読み飛ばし推薦、以降追記有り)


*ルージュの海賊旗

赤い髪、青い鱗の人魚が歌う姿が描かれた海賊旗。祈っているようにも見え、尾びれが巻いている。果たしてこの旗が日の目を見ることはあるのか!?


……出したときには話が大きくなってしまうorz

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