◆02 人魚と美男子の苦悩
※オールト視点
仕方ないとオールトは船内に入ることにした。乗船してから、ほとんど寝たきりで過ごしていたために、船内の様相を見るのは久しぶりだ。把握する意義も兼ねて、オールトは探検することにした。
食堂や、船倉、弾薬庫には勿論見張りが居て入れなかったが、中型船とはいえこの船には十分設備が整っている。
オールトが寝るはずだった船員室も、広々としており、ハンモックがあちこちにぶら下がっていた。船乗り達の私物でごった返しており、むさ苦しくもある。
仮眠をとる者以外はいないだろうと思われたそこに、考え込む男を見つけてオールトは近づいた。
「何をしているんだ?」
「おや? あなたがここに来るとは珍しい。さてはやることが無くて船を探検しているのですね?」
広場になっている所で、大きな黒い布を広げていた中肉中背は、片眉を上げてオールトを見た。朝からの不機嫌が続いていたオールトは、素っ気なく言った。
「……だれもかれも、俺のことを歩けば転んで、大けがをすると疑ってないんだぞ。おかげで、俺は何もせずに隅で菓子を食って過ごせた」
「そうですか、それは良かった。今日は仕事が早く切り上げられそうですぜ」
不満感を露わにするオールトに、中肉中背は嬉しそうに言う。皮肉かと、オールトの不満は更に募った。
「俺は非力だからな。仕事の足を引っ張るしかやること無かったんだよ」
「なに拗ねているんですか? 皮肉で言ったんじゃありませんぜ。あなたが居るだけで、船乗り達の志気が上がるんですよ」
「俺が居たら、あいつら仕事を中断して菓子ばかり俺にくれようとするぞ?」
大の男が汗を光らせながら、男であるオールトに微笑んでくるのだから、不気味に思わずには居られないというものだ。思い出して、オールトはげんなりとした。
「気づいていないんですか。あなたはこの船のいわばマスコットですぜ。可愛がられているのですよ。あなたの見た目に癒される者は多い」
「……本当に癒されているだけなのか?」
「心の中までは誰も見えませんから、おいらが知るわけもないでしょう。船長命令もあることですし、下手なことはされないはずですぜ。美人は得をしますね。今日は彼らの側に座っていてはどうです?」
暗にここから立ち去れと言われているオールトは、中肉中背の言うとおりに動く気は無かった。オールトは可愛がられても嬉しくない。それが男にというのなら、菓子を貰えたとしても遠慮したかった。
離れる様子のないオールトを見て、中肉中背は黒い布に視線を移し、考え込む。横幅は人二人、縦は人一人を直列させたくらいの大きさだ。
「それは何に使う布だ?」
「海賊旗ですぜ。船長は要らないと言うのですが、念のために作ろうかと思いましてね」
「まだ図面は決まっていないのか」
海賊旗は他の船に襲撃の予告をするためのものだ。相手がそこで降伏を示せば、海賊達は略奪をするだけで命まで取ることはないという。
戦わないと言っていたルージュ率いるこの船には、不要かも知れない。
「前の船では髑髏に口ひげを生やしたんですがね。この船を、……
というか今の船長を象徴するものが思い浮かばなくて、悩んでいた所なんですぜ」
前の船、つまり口ひげの海賊アスターシの海賊船だ。普通に見えるこの男は、その副船長を務めていたというのだから、見た目では侮れない。
動かないオールトに、レオポルトは疲れたように息を吐く。
「何か良い案はありませんか? 甲板に戻る気がないのなら、付き合ってください。船長に一番近いあなたの意見はどうです」
「そうだな……通り名の“尻尾巻きのルージュ”から取るのはどうだ?」
「わかりやすいですが、誇れるようなものじゃないですぜ。大体どんな尻尾を描けばいいのやら」
尻尾巻きと言われているルージュだが、逃げ腰と言う意味でもある。アスターシの時のように、侮られる場合もあるのだから海賊旗としては向かない。
「……あいつはよく歌を歌っている」
「ああ、確かによく歌っていますよね。異国の歌みたいですが」
「あんたも聞いたことがあるのか」
「ええ。歌では彼を示すのは難しいでしょう。それならば、尻尾の方が良いですぜ」
耳を澄まさないとわからない音量のそれは、オールトだけが聞いているのかと思っていたものだから少し落胆する。注意深く聞かないと、波の音にかき消える不思議な歌なのだ。
この男は、そんなにルージュを視ているのだろうかと、オールトは気にかかった。
「尻尾……か」
ふいに、オールトは魚の尾ひれを思い出した。屋敷から脱出し、漂う小舟から見た大きなものだ。今思えば、幻だったのかも知れない。
「魚の尾はどうだ?」
「……どこからその発想が出たのか、あなたの形の良い頭を覗いてみたいですぜ。その肌みたいに、真っ白でしわ一つ無いのでしょう。美人の宿命でしょうか」
高度な嫌みを言ってくる中肉中背は、ぐるりと目を回した。
「褒め言葉に嫌みを混ぜてくるな。魚は確かに関係性がないな……、そうだ。人魚は?」
「魚の尾から古い伝説ですか……発想が飛びますね。本はそんなに読まないので詳しく知らないのですが」
「俺もうろ覚えだが、人魚は海で最速を誇ると言われている。逃げ足の速いルージュには相応しいと思う」
それに、人魚は美しい歌声で人を誘うという。オールトは彼女に似合いな象徴に思えてきた。
中肉中背もそうなのか、廃材に簡単な下書きをはじめた。
「悪くないですね」
中肉中背が木の板に描くのは、横を向いた髪の長い女性だ。手を胸の辺りで祈るように組み、魚の下半身は尻尾を巻くように反り返っている。
通り名を上手く組み合わせている。ルージュの名を知るものならわかるだろう。
「祈っているのか? 歌っているようにも見えるが」
「歌っているんですよ。これでも船長を想像したのですから。女の人魚ですけどね。髪の色は茶色にしましょうか」
「いや、……赤がいい。鱗は空色で」
「具体的な……やけにこだわりますね。船長の他に思い人でも? ……浮気はいけませんぜ」
「おい、違うぞ。違うからな」
中肉中背が不審そうに見てくるので、オールトは真っ向から否定し、念を押した。
髪の色も、鱗も頭にただ浮かんだ色だ。幼少期に絵本などで見たものがすり込まれているのだろう。
黒地に描く絵としては目立つ色合いもあって、オールトを疑わしげにしつつも中肉中背は海賊旗の図面を決めたようだった。
以降蛇足過ぎる後書きが尽きますので、読み飛ばし推薦です。心の広い方も読み飛ばし推薦です……。
※登場人物紹介(ネタバレ有り、キャラ崩壊、読み飛ばし推薦、以降追記有り)
*船乗り達
ガチムチの体に、白い歯と汗が眩しい海の男。略奪、殺人もやってきた荒々しい海賊達である。愛人さんに萌えている者多数。
船長と愛人を微笑ましく見守る会に、全員入会済み。




