◆05 薄命男の残酷な記憶
※暴力的、グロテスクな描写有り
※病的表現有り
※オールト視点
これは……
「これはいけない。風邪をこじらせている。この薬を処方しましょう。少し値が張りますが、すぐに効きます」
残念ながら……
「残念ながら、ご子息様は記憶を失ってらっしゃるようだ。熱によるものかはわかりませんが、一過性でしょう。十分に療養なされば直に思い出します。それでは今後共によろしくお願いしますよ」
一年……どうか……
寝台の傍らで、白髪の医者が深刻な顔をしてオールトに宣告した。歪んでいく世界の中で、唯一はっきりと鳥籠が見えた。しかし、鍵のかかっていない籠からオールトを見捨てるようにして鳥が飛んでいく。
オールトは泣き叫びながらも捕まえようと手を伸ばすが、体は寝台に貼り付けにされ、動けない。
待ってくれ、行かないでくれ。
どうしてだ、何故居なくなった?
ふざけるな、逃げるなんて許さない。
許さない許サナイユルサナイ。
無理やり体を起こそうとした。激痛が体を襲う。傷口から溢れるように血が噴き出した。体を巡っていたとは思えない熱さのそれは、叫ぶオールトの口を塞ぐように流れ込み、臓腑を溶かす。
中身が溶けきって、体が空になっても、オールトは叫ぶのを止めなかった。
――ゆるさない!
「大丈夫ですか」
そっと布巾で額の汗を拭われる。焦点を合わせれば、くすんだ赤毛の女がオールトをのぞき込んでいた。
「うなされていたので、勝手ながら起こさせて頂きました。お加減の程は?」
「……夢か。大丈夫だ」
悪夢だった。けれど実際に起きた事がある気もした。これが失われた記憶だというならば、思い出すことに恐怖を覚える。
銃声で起こされた後、ルージュがアスターシに撃たれたとすぐに知れた。オールトが勝手に乙女と呼ぶ一人の船員が、アスターシから匿ってくれたのだ。……愛の逃避行とか訳のわからない事を言われた記憶があるが、気のせいだ。
匿われたのもつかの間だった。
進路を変更した船はあえなく海軍に捕まった。抵抗をしなかった船員達は船内に縛り転がされ、アスターシは船長として捕縛。船長室で伏せっていたオールトは、連れ出され、そこからの記憶が曖昧だった。
医者の診察を受け、いくつか質問に返したと思う。薬を飲まされた後、気づかないうちに眠っていたらしい。
「意識がはっきりされましたね。一時は苦しそうだったので、気が気ではありませんでしたよ」
頬を染め、長い髪をおさげにした侍女ははにかんだ。
オールトは上等な寝台の上に、これまた高級そうなローブを纏って横になっていた。部屋は広く、見慣れた物は一切無い。
「ここはどこだ? お……私は一体何故ここに?」
「ここはオールト様の別邸にございます。酷い熱だったらしく、記憶を失われていると、お医者様がおっしゃっていました。何か覚えていませんか?」
「……いや、何も」
「そうですか。焦ることはありません。ゆっくり思い出せば良いのですから」
それが残酷なものであったとしても、思い出さなければいけないのだろうか。
見知らぬ侍女は、オールトに毛布をかけ直そうとするがそれをはねのける。オールトは自分がどのような存在かという事よりも、ルージュの安否が気になった。
まだ怠さを感じるが、このまま眠っているわけにはいかない。
「外に出たい。私が捕まっていた海賊船はどうなっている?」
「明日には海軍本部へ連行されるようですよ。病み上がりなのですから、外に出ることはお控えください」
「もう大丈夫だ。外に」
「駄目です。せめて一日くらい」
「大丈夫だと言っているだろう!」
「何をやっているのですか?」
オールトが赤毛の侍女と押し問答をしていると、部屋に入ってきた別の侍女が、厳しい声を投げかけてきた。入ってきた侍女は赤毛の侍女を押しやると慇懃に礼をする。
「失礼致しました、お館様。この者は礼を失しておりますゆえ、別の者をお呼び致しましょう」
「あっ、し、失礼しました」
赤毛の侍女も深くお辞儀をした。なっていないと頭を叩かれている。
涙目になっているその瞳は、色は違えど彼女と同じ丸い形をしていた。
「待て。私が無理を言っただけだ。気にしていない。……私は彼女が良い」
「……承知致しました。以後この者に礼を欠くことがありましたらお申し付けください」
オールトの言葉に、すんなりと従って、厳しそうな侍女は部屋を出て行った。残された侍女はあたふたと動揺している。
「あ、ありがとうございます。お茶を入れてきますね」
「ああ、頼んだよ」
ふっとオールトが微笑めば、赤毛の侍女は顔を真っ赤にさせてぱたぱたと去っていった。
そうだ。もっと、鮮やかな色だったならば、似ていただろう。
「……? 誰に……だ?」
視界に赤がちらついた。耳鳴りがして、目眩に襲われ、ベッドに沈む。
紅、赤、血……ルージュは無事だろうか。遺体は上がらなかったが、あの出血量では、もう。
船に乗っていた全員が、彼女の死を確信していた。オールトを除いて。
オールトも頭ではわかっている。
けれど、ルージュの死を信じられなかった。何か希望があるからではない。そう、むちゃくちゃに思い込もうとしている。盲目的に彼女の生を信じ込もうとしている。
ルージュの死を受け入れられない。そんな自分を自覚して、オールトは硬く瞼を閉じる。
「死ぬなんて許さない」
無意識に言葉が漏れた。
オールトは何か、とても大切なことを忘れている。
それは残酷なものであることは、間違いがない。その一つを、夢に見た。
あと一年も、オールトの命は続かない。
※登場人物紹介(ネタバレ有り、キャラ崩壊、読み飛ばし推薦、以降追記有り)
*サブタイトル
ネタバレにもほどがある。
インパクトの割に内容は薄い。




