即位前夜に煌く月
*超短編です。2000字ないです。
夜。丘の上にある白い城。その最上階の部屋。
大きな窓から月明かりが差し込み、白い壁を白光させていた。
光はそれだけだった。ランプなど人口的な光はない。
しかし、いつもより強く輝く月の光によって、その部屋は字が読めるほどに明るかった。
大きな窓を背にイスに座っている一人の男。
机に向かい、一枚の書類を凝視していた。
ふと、書類から目を離し振り返り月を見る。
(本当に今日の月は明るい。)
雲一つなく、月の光を隠すものは何もなかった。
明るいせいで周囲の星は全く見えない。
この男の憂鬱な気持ちを月は慰めるでもなく、ただ煌々と光る。
男は月を見ながらため息をついた。
その時、男の銀色の長い髪の一部が肩から滑り、月の光に反射してキラキラと輝く。
「なあ」
男ははるか遠くにあるであろう月に話しかける。
「俺はどうすればいい?父が死んで、明日から俺はこの国の王だ。
しかし、この国は戦争をしている。今度は自らの指揮で人を殺すことになる。」
一息つくとまた静寂が戻った。耳が痛くなるほどに無に近い静寂。
男は続いて話続ける。
「人の上に立つことも、戦争をすることも本当はやりたくない。静かに本でも読んでいたいよ。・・・この空間でなんの心配もせず、本が読めたら最高だろうね。」
そう言って男は月に微笑む。
しかし月は表情を変えない。ただひたすらに光を提供するだけだ。
「ふう」
男はため息を月ながらうつむき、手に持った書類に目をやる。
その書類は王になる契約書であった。
サインはまだ、書いていない。
(この書類にサインをするということは、人の命を背負う覚悟を、この国を守る意思を誓うことだ。)
言葉にするのは簡単だが、それを貫くだけの強い精神力を持っている自信が男にはなかった。
しかし、決断せねばならない。朝まで6時間を切った。
再び男は月を見上げる。そして部屋を見渡す。最後に静かに目を閉じた。
静寂、月の光、そして自分自身。それしかない空間。
一瞬頭を空っぽにするよう勤める。日が上れば、きっとこんな一瞬は来ない。
ただ有るだけ。雑念のない意識に、美しい空間。
その一瞬に感謝する。
月がいつもより明るいのは、きっとこの空間を演出し、自分に最後の癒しを与えてくれたのだと男は思った。月なりのねぎらいだろうと。
男は静かに目を開ける。
おもむろに横にあった羽根ペンを手にとり、ゆっくりと自分の名前を書く。
書き終えてペンを置き、書類をぼんやりと眺める。
(サインしたことにいつか後悔するだろうか。
人を殺める先導者となること、それに同意したことに。
しかしそれ以外今の段階では道がなかった。ならば罪を背負う覚悟を持とう。)
男は席をたち、部屋のドアに向かう。男の長い髪が揺れ月あかりに照らされるその様は美しい。
男は歴代の王の中でも類まれな美貌と美しい心を持っていた。
月がその男を祝福し光を与えた。
この先彼に待っているのは罪を背負った栄光である。
男はドアを開け部屋をあとにした。
ドアが閉じられた音のあとは静寂。
月あかりが照らす白い部屋と、一枚の紙だけが残された。
END
初投稿で、即席で書いた代物です;
雰囲気のみ重視した話でした~