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虐げられた元奴隷、土の精霊ともふもふスローライフ!不毛の辺境を巨大野菜が実る土地に変え、飢餓の王都を救う領主になりました  作者: 黒崎隼人


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第7話「王国の飢餓と豊かな村の朝」

 行商人がもたらした王都の惨状は、豊穣の喜びに沸き立っていた広場に冷たい風を吹き込んだ。

 積まれた巨大な野菜の山と、飢えに苦しむという遠い街の対比が、村人たちの心に重い影を落としている。

 夜が深まっても、アレンの目は冴えたままだった。

 粗末な木組みのベッドに横たわりながら、彼は薄暗い天井の板目をただ見つめていた。

 隙間から入り込む夜風は以前のような骨を刺す冷たさを失い、今は土の温もりを含んだ柔らかなものへと変わっている。

 足元では、コロが丸くなって規則正しい寝息を立てていた。

 精霊の体毛から放たれるかすかな熱が、薄い麻布の毛布越しにアレンの冷えた足先を優しく包み込んでいる。

 王都が飢えに苦しんでいるという事実に対して、アレンの心は複雑な波紋を描いていた。

 彼にとって王国とは、物心ついた時から自分を鎖で繋ぎ、太陽の光が届かない深い地下の闇へと押し込めた巨大な檻でしかなかった。

 落盤事故で散っていった仲間たちの悲鳴や、血を吐くまで石を砕き続けた記憶が古い傷跡のように疼き出す。

 自分を虐げてきた者たちが飢えに苦しんでいると聞いて、なぜ心を痛めなければならないのか。

 そのまま滅びてしまえばいいという暗い感情が、心の奥底で鎌首をもたげようとしていた。

 しかし、そのたびにアレンの脳裏をよぎるのは、この村にたどり着いた日の光景だった。

 乾ききった土、うつろな目をした村人たち、そしてひどく荒れた手で差し出された一杯の泥水。

 セリアが分けてくれたあの水がなければ、自分はすでに干からびた土の一部になっていたかもしれない。

 飢えの苦しさと、それを救われた時の圧倒的な温かさを、アレンは痛いほど知っていた。


 『俺は、どうすればいい……』


 誰に問いかけるでもなく、心の中で言葉を紡ぐ。

 足元のコロが身じろぎをして、長い毛に覆われた頭をアレンの足首にすり寄せてきた。

 その無垢な温もりに触れた瞬間、アレンの肩からこわばった力が抜け落ちた。

 国のことなど、今は考える必要はない。

 自分がすべきことはこの村の土を守り、目の前にいる人々の暮らしを豊かにすることだけだ。




 翌朝、東の空が白むよりも早く、アレンは目を覚ました。

 外に出ると夜露を含んだ冷たい空気が肺の奥まで入り込み、心地よい刺激を与えてくれる。

 村の境界を越えて畑に出ると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。

 前日に収穫を終え、土だけになっていたはずの場所に、一夜にして新たな命が芽吹いていたのだ。

 コロが大地の奥深くに満たした豊かな水脈と、土の精霊としての無尽蔵の力が、作物の成長を常識外れの速度へと押し上げているようだった。

 大人の頭ほどもある巨大なトマトが、太い茎に重そうにぶら下がっている。

 その表面は朝の光を弾いて鮮やかな真紅に輝き、薄い皮の奥に果汁がはち切れんばかりに詰まっているのが見て取れた。

 隣の畝では艶やかな紫色のナスが、地面に届きそうなほどの長さにまで成長している。

 アレンは土の上に膝をつき、手のひらを地面に押し当てた。

 土の表面はきめ細かく、適度な水分を含んで指先に吸い付くような感触がある。

 大地の奥深くから伝わってくる脈動は苦痛の嘆きではなく、命を育む喜びに満ちた穏やかな波長だった。


 「アレンさん、こんなに早くから起きていらしたんですね」


 背後から聞こえた声に振り返ると、セリアが湯気を立てる木製の椀を両手で包み込むようにして立っていた。

 彼女の顔色は以前の青白さが嘘のように血色が良く、頬には健康的な赤みが差している。

 アレンは立ち上がり、土にまみれた手を軽く払ってから彼女に歩み寄った。


 「朝食、お持ちしました」


 差し出された椀からは、煮込まれた根菜の甘い香りと微かな麦の匂いが立ち昇っていた。

 アレンが受け取ろうと手を伸ばしたとき、彼の指先がセリアの指に軽く触れる。

 以前はひび割れてざらついていた彼女の手肌が、少しずつ滑らかさを取り戻しているのが分かった。

 微かな体温の交換に、アレンは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じる。

 椀を口に運び、とろみのあるスープを喉の奥へと流し込む。

 野菜の濃厚な旨味が舌の上で広がり、胃の腑に落ちていく熱が全身の血液を巡らせていった。


 「おいしいです」


 飾り気のない短い感想だったが、セリアの顔には花が咲いたような満面の笑みが広がった。


 「良かったです。皆も、アレンさんが村長になってくれて本当に喜んでいるんですよ」


 彼女の言葉に、アレンは視線を足元の土に落とした。

 村長と呼ばれることにはまだ強い戸惑いがある。

 しかし村人たちが自分に向ける温かい眼差しや、こうして手渡される食事の重みが、少しずつ彼の中の空白を埋めようとしていた。

 コロが足元に駆け寄り、鼻先を高く上げてスープの匂いを嗅ぎながら短い尾を振っている。

 アレンはしゃがみ込み、椀の底に残った柔らかいジャガイモの欠片を手のひらに乗せてコロに差し出した。

 コロは嬉しそうにそれを口に含み、目を細めて味わっている。

 風が吹き抜け、巨大なトマトの葉が擦れ合う爽やかな音が畑全体に響き渡った。

 豊かになったこの小さな世界を、何があっても守り抜かなければならない。

 アレンは空になった椀を握りしめながら、まだ見ぬ脅威に対して静かな覚悟を固めていた。

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