第5話「巨大野菜と広がる笑顔」
翌朝、アレンはまだ薄暗いうちから畑へと向かった。
前日に収穫した大量の麦は村の広場に山のように積まれ、セリアを中心に女たちが一晩中かけて脱穀と製粉を行っていた。
村全体が、長年忘れていた活気に包まれているのを、アレンは肌で感じていた。
しかし、彼の意識はすでに次の段階へと向かっている。
麦だけでは長期的な飢えをしのぐことはできても、村人たちの衰弱した身体を完全に回復させることはできない。
もっと栄養価が高く、腹持ちの良いものが必要だった。
アレンが手にしたのは、村の倉庫の隅で忘れ去られていた、しわくちゃの古い種芋と、乾燥して変色した数種類の野菜の種だった。
これらが芽を出す可能性は、昨日の麦の種よりもさらに低いように思えた。
だが、アレンには確信があった。
足元で楽しげに跳ね回るコロと、豊かに呼吸を始めたこの大地があれば、不可能はないと。
アレンは深く息を吸い込み、手のひらを黒く湿った土に押し当てた。
大地の奥深くから、力強く規則正しい鼓動が伝わってくる。
昨日よりもさらに力強く、そして穏やかな生命の波長だった。
アレンはその波長に自分の意識を同調させ、土の中の水分と養分がこれから蒔く種へと最も効率よく集まるような道筋を、頭の中で丁寧に描き出した。
等間隔に穴を掘り、種芋と野菜の種を一つずつ、まるで赤ん坊を寝かしつけるようにそっと土の中へと沈めていく。
コロがその後を追いかけ、土を前足で軽くポンポンと叩いて回る。
そのたびに、コロの身体から放たれる黄金色の光の粒子が、土の中に吸い込まれていった。
すべての種を蒔き終え、アレンが立ち上がった瞬間だった。
足元の土が、昨日の麦の時よりもはるかに激しく、大きく波打った。
ズズズ、という低い地鳴りのような音が足裏から伝わってくる。
アレンは思わず後ずさり、その場に尻餅をつきそうになった。
土の表面が大きくひび割れ、中から巨大な緑色の塊が、まるで地底から押し出されるように姿を現す。
それは、ただのキャベツだった。
しかし、その大きさはアレンの想像をはるかに超えていた。
一つの玉が、人間の大人の胴体ほどもあるのだ。
何層にも重なった葉ははち切れんばかりに水分を含み、朝露に濡れて宝石のようにキラキラと輝いている。
さらに、その隣からは大人の腕の太さほどもある巨大なニンジンが、土を突き破って真っ直ぐに空へと伸びてきた。
鮮やかなオレンジ色が、黒い土との見事なコントラストを描き出している。
そして、種芋を植えた場所からはアレンの膝の高さまで土がこんもりと盛り上がり、表面から無数の太い蔓がいっせいに這い出し始めた。
蔓は瞬く間に周囲の土を覆い尽くし、大きな星型の葉を広げていく。
アレンは呆然とその光景を見つめていた。
成長の速度も異常だが、何よりもその大きさと圧倒的な生命力の奔流に言葉を失っている。
コロは自分の身体よりもはるかに大きなキャベツの周りを、驚く様子もなく、むしろ誇らしげに胸を張って歩き回っていた。
「アレンさん……!」
背後から、息を切らしたセリアの声が聞こえた。
振り返ると、彼女の目は見開かれ、手には焼きたての麦パンを持ったまま立ち尽くしていた。
その後ろには、村の老人や子供たちも、同じように口を半開きにして信じられないものを見るような顔で群がっている。
アレンはゆっくりと立ち上がり、最も近くにあった巨大なニンジンを引き抜こうと手を伸ばした。
両手で太い茎の根元をしっかりと握り、足を踏ん張って体重を後ろにかける。
ズボッ、という重々しい音とともに、ニンジンが土から抜け出した。
その途端、ニンジンの先端から、甘く爽やかな香りが爆発するように周囲に広がる。
アレンはその重さに耐えきれず、ニンジンを抱えたまま後ろに倒れ込んだ。
「大丈夫ですか!」
セリアが慌てて駆け寄り、アレンが抱えている巨大なニンジンを見て再び息を呑んだ。
「これ……本当にニンジンなんですか?」
彼女の声は震えていた。
アレンは無言で頷き、立ち上がってニンジンに付着した土を手で払い落とした。
表面はツヤツヤとしていて、指先から伝わる感触は水風船のように張り詰めていた。
少しでも爪を立てれば、中から甘い果汁が弾け飛んできそうなほどだ。
アレンは腰から粗末なナイフを引き抜き、ニンジンの先端を少しだけ切り取った。
切り口からは、濃いオレンジ色の汁が滴り落ちる。
それをセリアに差し出した。
彼女はためらいながらも受け取り、小さく口に運ぶ。
次の瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。
「甘い……! こんなに甘くて、みずみずしいニンジン、食べたことありません……!」
彼女の頬は興奮で赤く染まり、瞳には昨日とは違う純粋な喜びの涙が浮かんでいた。
その様子を見ていた村の子供たちが、たまらず駆け寄ってくる。
アレンはニンジンをいくつかに切り分け、子供たちの小さな手のひらに乗せてやった。
子供たちは無言でそれに噛みつき、顔いっぱいに笑顔を咲かせた。
おいしい、あまいよ、と弾けるような歓声が上がり、大人たちも次々と手を伸ばし始める。
アレンは巨大なキャベツの葉を一枚一枚剥がし、それも村人たちに配って回った。
葉は肉厚で、噛むとシャキシャキとした小気味良い音とともに新鮮な水分が口いっぱいに広がる。
飢えと絶望に支配されていた灰色の村に、久しぶりに心からの笑い声が響き渡った。
アレンは少し離れた場所から、その光景を静かに見つめていた。
村人たちの笑顔、飛び交う歓声、そして彼らの手に握られたみずみずしい野菜たち。
奴隷時代、他人の笑顔など見たこともなかった。
自分に向けられるのは常に蔑みか、あるいは怒りの感情だけだった。
しかし今、自分が土と対話し、コロと共に育てた作物が人々の心を満たしている。
胸の奥底で、これまで感じたことのない温かく柔らかな感情が、静かに、しかし確実に広がっていくのを感じた。
足元では、コロが巨大なキャベツの葉の切れ端を、シャクシャクと嬉しそうに食べている。
アレンはしゃがみ込み、コロの柔らかい背中をそっと撫でた。
『ありがとう』
声に出さず心の中でそうつぶやくと、コロは食べる手を止めてアレンを見上げ、短く尻尾を振った。
太陽は完全に昇りきり、村全体を明るく照らし出していた。
アレンの心に、この村で生きていくという確かな決意が、太い根を下ろした瞬間だった。




