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虐げられた元奴隷、土の精霊ともふもふスローライフ!不毛の辺境を巨大野菜が実る土地に変え、飢餓の王都を救う領主になりました  作者: 黒崎隼人


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第13話「国を救う大地の恵みと新たなる領主」

 王都の中央広場を包み込んでいた喧騒は、国王の登場とともに完全に鳴りを潜めていた。

 石畳の隙間を吹き抜ける風の音と、大鍋の中で沸き立つ野菜スープの濃厚な気泡が破裂する音だけが、不自然なほど明瞭に響いている。

 アレンの前に立つ国王の衣服は、かつての栄華を誇るような豪華なものではなく、使い込まれた質素な織物だった。

 その肩には重くのしかかる国家の衰退と、飢餓に苦しむ民の命という圧倒的な重圧が、目に見えるほどの疲労となって張り付いている。

 深く刻まれた額のしわとくぼんだ眼窩の奥にある瞳が、アレンの泥に汚れた姿を真正面から捉えていた。


 「そなたが、この国を救ってくれたのだな」


 国王の低くかすれた声が、静寂に包まれた広場の空気を震わせた。

 その言葉には、一国の頂点に立つ者としての威信や傲慢さは微塵も含まれていなかった。

 あるのはただ死の淵をさまよっていた無数の命が救われたことへの、純粋で深い安堵だけだった。

 アレンは手にした柄杓をゆっくりと木の台に置き、姿勢を正した。

 自分を奴隷として深い地下の闇へと追いやった元凶が、今目の前に立っている。

 かつてであれば心の奥底からどす黒い憎悪が煮えたぎり、理性を焼き尽くしていたかもしれない。

 しかし現在のアレンの胸の中にあるのは、凪いだ湖面のような静けさだった。

 足の裏から石畳を通し、その下にある大地から伝わってくる温かな脈動が、彼の中に残っていた過去の呪縛を優しく溶かしてくれている。


 「俺は、ただ土の声を聞いただけです」


 アレンの口から出た言葉は、飾り気のない平易なものだった。


 「俺の力ではなく、大地が生きようとする意志が、これらの作物を育てたにすぎません。俺はそれを、少しだけ手伝っただけです」


 国王はアレンの言葉を受け止め、ゆっくりと目を閉じた。

 そのまぶたが微かに震え、やがて目を開いたとき、彼の瞳には隠しきれない後悔の念が滲み出していた。


 「かつてのこの国は、そなたのような力を持つ者たちを理解せず、ただ鎖につないで地下の暗闇へと閉じ込めていた。その愚かな過ちが大地を枯らし、国を滅びの縁へと追いやったのだ」


 国王は一歩前へ踏み出し、泥と野菜の汁で汚れたアレンの右手を自らの両手でしっかりと包み込んだ。

 王の指先は驚くほど冷たく、そして小刻みに震えていた。


 「私は王として、そして一人の人間として、これまでのこの国の過ちをそなたに謝罪する。すまなかった。そして……数え切れないほどの命を救ってくれたことに、心から礼を言う」


 広場を埋め尽くす群衆の間から、一斉に息を呑む音が漏れた。

 絶対的な権力者である国王が、身なりも粗末な元奴隷の青年に対して、公の場で深く頭を垂れているのだ。

 アレンは王の手のひらから伝わってくる微かな体温と、その言葉に込められた痛切な真実の重みを感じ取っていた。


 『これで……本当に終わったんだ』


 アレンの胸の奥底で、長い間彼を縛り付けていた見えない鎖が、音を立てて砕け散っていくのを感じる。

 太陽の光を奪われ、石を砕くことしか許されなかった過去の自分はもうどこにもいない。

 今ここにいるのは大地の声を聞き、生命を育み、人々の笑顔を守るために生きる一人の人間だった。

 国王は顔を上げ、アレンの目を真っ直ぐに見つめ返した。


 「アレン。そなたの功績は金や称号などで報いきれるものではない。だが、国としてそなたに報いる義務がある」


 国王の瞳に王としての強い光が戻っていた。


 「あの辺境の荒野を、そなたの直轄領地として正式に認める。もはやあそこは王国の辺境ではなく、アレン、お前が治める独立した豊かな領地だ。平民から領主への異例の任官となるが、そなたにしかあの地を真の豊穣へと導くことはできない」


 広場に集まっていた人々から、地鳴りのような歓声が沸き起こった。

 スープで腹を満たし、命の危機を脱した市民たちが、新たな英雄の誕生を涙ながらに祝福しているのだ。

 アレンは背後を振り返った。

 そこには、村の女たちと共に鍋の火の番をしていたセリアが立っていた。

 彼女の顔は煤で汚れ髪は乱れていたが、その瞳からは大粒の涙があふれ出し、両手で口元を覆いながら何度も何度も深く頷いている。

 彼女の姿を見た瞬間、アレンの心に確かな未来への道筋がはっきりと描き出された。


 「……お受けします。あの土地は、俺が、俺たちの手で必ず豊かな大穀倉地帯にしてみせます」


 アレンの力強い宣言に、国王は深く安堵の息を吐き出し、皺だらけの顔に初めて柔らかな笑みを浮かべた。




 数日後、王都での炊き出しと食糧の配分をすべて終えたアレンたちは、村への帰路についていた。

 行きの荷馬車はあんなにも重く車輪がきしむ悲鳴を上げていたが、今は空になった荷台が乾いた街道の上を軽やかに跳ねている。

 アレンは御者台で手綱を握り、隣にはセリアが静かに座っていた。

 王都の空を覆っていた分厚い灰色の雲は次第に薄れ、雲の切れ間からは黄金色の陽光が大地に向かって真っ直ぐに降り注いでいる。


 「本当に、夢みたいです」


 馬車の揺れに合わせて身体を揺らしながら、セリアがぽつりとつぶやいた。


 「数週間前まで、私たちは明日食べるものさえなくてただ死を待つだけだったのに。今ではアレンさんが領主様になって、村のみんなが希望を持って生きているなんて」


 彼女の横顔を照らす光は優しく、ひどく荒れていた彼女の手肌も、今では見違えるほど滑らかさを取り戻している。

 アレンは視線を前方に向けたまま、静かに口を開いた。


 「俺一人では何もできなかった。お前が最初に水をくれて、村の皆が俺を受け入れてくれたからだ。そして、あの土地が俺の言葉に答えてくれたからだ」


 アレンの言葉にセリアは顔を赤らめて下を向き、膝の上で両手を小さく握りしめた。


 「これからも、ずっと……アレンさんのそばで、お手伝いをさせてください」


 彼女の声は風の音にかき消されそうなほど小さかったが、アレンの耳にははっきりと届いていた。

 アレンは手綱を握る右手に少しだけ力を込め、短く、しかし確かな意思を込めて頷いた。

 やがて地平線の向こうに、見慣れた村の輪郭が浮かび上がってきた。

 かつては死の匂いが立ち込めていた灰色の荒野は、今や見渡す限りの豊かな緑と、収穫を待つ黄金色の麦畑に覆い尽くされている。

 馬車が村の入り口に近づくと、土埃を巻き上げながら一つの小さな影が猛烈な勢いで駆け寄ってきた。

 全身を豊かな毛並みで覆われた土の精霊、コロだった。

 コロは馬車の横を並走しながらちぎれんばかりに短い尾を振り、アレンに向かって嬉しそうな鳴き声を上げている。

 アレンは御者台から身を乗り出し、風を切って走るコロの姿に目を細めた。

 足元から伝わってくる大地の脈動はこれまで以上に力強く、喜びに満ちあふれた合唱のようにアレンの感覚を心地よく震わせている。

 村人たちが広場に集まり、手を振って彼らの帰還を出迎えていた。

 平民の奴隷から領主へと成り上がった青年は、自分の帰るべき温かな場所へ、ようやく本当の意味でたどり着いたのだ。

 果てしなく続く豊かな大地と、共に生きる人々の笑顔を守り抜くという誓いを胸に深く刻み込みながら、アレンは馬車を静かに広場へと進めていった。

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