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虐げられた元奴隷、土の精霊ともふもふスローライフ!不毛の辺境を巨大野菜が実る土地に変え、飢餓の王都を救う領主になりました  作者: 黒崎隼人


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第10話「王都からの使者と揺れる心」

 代官を退けてから数日が経過し、開拓村には穏やかな時間が戻っていた。

 畑ではアレンと大地の対話に応えるように、巨大な野菜たちが次々とその実りを太らせている。

 太陽の光をたっぷりと浴びた葉は深い緑色に輝き、風が吹き抜けるたびに波のように揺れて重厚な擦過音を響かせた。

 アレンは足元の柔らかな土を踏みしめながら、巨大なカボチャの表面に手のひらを当てていた。

 厚く硬い皮の奥にはち切れんばかりの甘みと水分が満ちているのが、彼の鋭敏な感覚を通してはっきりと伝わってくる。

 足元では土の精霊であるコロが、豊かな毛並みを揺らしながらカボチャの周囲を円を描くように駆け回っていた。

 コロが通った後の土からは陽だまりのような温かな匂いが立ち昇り、冷え込み始めた秋の空気を優しく和らげていく。

 平和な風景の中で、アレンの胸の奥にはしかし拭い去れない小さな棘が刺さったままだった。

 行商人がもたらした王都の飢饉の知らせが、夜の暗闇に沈むたびに彼の脳裏に蘇ってくるのだ。

 かつて自分を深い闇の底に閉じ込めた王国が、今まさに飢えと混乱の中で崩壊しようとしている。

 その事実に対して、アレンの感情はひどく冷え切ったものと、過去の自分と同じように飢えに苦しむ人々を案じる思いとが複雑に絡み合っていた。

 遠くから、複数の馬の蹄が硬い土を叩く規則的な音が風に乗って運ばれてきた。

 アレンはカボチャから手を離し、村の入り口へと視線を向ける。

 村人たちも作業の手を止め、不安げな表情で立ち上がってそちらを見つめていた。

 現れたのは先日撃退した代官の粗野な兵士たちではなく、純白の馬に引かれた荘厳な装飾の馬車だった。

 車体の側面には、王家の紋章である双頭の獅子が金色の塗料で誇り高く描かれている。

 馬車が村の広場で静かに停車すると、御者席から降りた従者が恭しく扉を開いた。

 中から姿を現したのは、上質な絹の外套を身にまとった中年の男だった。

 その衣服は王都の権力を象徴するような豪華なものだったが、男の顔色は土気色に濁り、両頬は病的にこけ落ちている。

 王族の使者であるその男でさえ、深刻な食糧不足の影響から逃れられていないことは一目瞭然だった。

 使者は村に足を踏み入れた瞬間、その場に縫い止められたように動きを止めた。

 彼のくぼんだ瞳が見開かれ、視線の先にある巨大な野菜の山を信じられないものを見るように凝視している。

 広場には大人の背丈ほどもあるキャベツや、丸太のように太いニンジンが豊かな色彩を放ちながら積み上げられていた。

 使者の喉が大きく上下に動き、空気を飲み込む音が周囲の静寂の中で不自然に響く。

 村のまとめ役であった老人が一歩前に出ようとしたのを手で制し、アレンが静かに歩み寄った。

 使者はアレンの姿を認めると、その粗末な服装に戸惑うことなく、突然その場に膝をついた。

 上質な絹の外套が泥に汚れることも気にかける様子はなく、ただすがるような視線をアレンへと向ける。


 「あなたが、この奇跡の大地を統べる村長殿ですね」


 使者の声はかすれ、ひどく乾燥していた。


 「私は王都より遣わされた使者です。恥を忍んで、あなたにお願いに上がりました」


 使者は深く頭を垂れ、額を冷たい土にこすりつけた。


 「どうか、この豊かな作物を王都に分けてはいただけないでしょうか。王都は今、地獄のような飢餓に苦しんでいます」


 使者の言葉には飾られた外交辞令などは一切なく、ただ純粋な絶望と懇願だけが込められていた。


 「罪のない子供たちや、力のない老人たちが、毎日路地裏で命を落としています。王家の備蓄もすでに底を突き、もはやこの国は滅亡の淵に立たされているのです」


 使者の肩が小刻みに震え、彼が流した涙が乾いた土に黒い染みを作っていった。

 アレンは見下ろすように使者の背中を見つめたまま、微動だにできなかった。

 心臓の鼓動が不規則に早まり、かつての冷たい鎖の感触が足首に蘇ってくるような錯覚を覚える。


 『俺に、あの国を救えというのか』


 アレンの脳裏に、太陽の光が届かない深い鉱山の闇がフラッシュバックした。

 仲間たちが過労と飢えで倒れ、無慈悲に暗闇の奥へと打ち捨てられていった記憶。

 あの国は、自分たち奴隷の命を消耗品としか見ていなかった。

 その国が今飢えに苦しんでいるからといって、なぜ自分が救いの手を差し伸べなければならないのか。

 胸の奥底で燃え上がるような怒りと、氷のような冷ややかな感情が交錯し、アレンは強く拳を握りしめた。

 爪が手のひらに食い込み、微かな痛みが走る。

 沈黙が広場を支配し、使者は顔を上げることなくただ震え続けていた。

 その時、アレンの握りしめた拳を温かく柔らかな両手がそっと包み込んだ。

 視線を横に向けると、いつの間にかセリアが隣に立ち、アレンの目を見上げていた。

 彼女の瞳にはアレンの内に渦巻く葛藤をすべて理解した上での、深い慈愛の光が宿っている。


 「アレンさん」


 セリアの声は春の風のように穏やかで、しかし確かな芯の強さを持っていた。


 「あなたがどれほどつらい思いをしてきたか、私には想像することしかできません。でも、アレンさんが私たちを飢えから救ってくれたように、王都にも、かつての私たちと同じように泣いている子供たちがいるのだと思います」


 彼女の手から伝わってくる温もりが、アレンの強張っていた筋肉を少しずつ解きほぐしていく。

 背後を振り返ると、村人たちが不安と期待の入り混じった眼差しでアレンを見守っていた。

 誰もが、アレンの決断に従うという静かな意思表示だった。

 足元ではコロがアレンの足首に鼻先を押し当て、大地の奥深くから汲み上げた穏やかな熱を分けてくれている。

 アレンは深く、ゆっくりと息を吐き出した。

 肺の奥に溜まっていた重苦しい感情が、少しだけ外へと流れ出ていくのを感じた。

 王家を許すことはできない。

 自分たちを虐げてきた権力者たちに、慈悲をかけるつもりもなかった。

 しかし道端で倒れ、飢えに苦しんでいる見ず知らずの人々の命を見捨てることは、この温かい土の力を得た今の自分にはできないことだった。

 アレンはセリアの手から静かに自分の手を抜き、膝をついたままの使者に向かって口を開いた。


 「顔を上げてください」


 使者が恐る恐る顔を上げると、アレンは真っ直ぐにその濁った瞳を見据えた。


 「王家のためではありません。飢えている人々のために、この村の作物を王都へ運びます」


 アレンの言葉に、使者は顔をくしゃくしゃに歪め、声を上げて泣き崩れた。

 村人たちの間から、安堵の息が漏れる音が聞こえた。

 アレンは足元の土に視線を落とし、心の中で大地に語りかける。

 この命の恵みを、死にゆく街へと届ける許しを請うために。

 土からはそれを後押しするかのような、力強く温かい脈動が返ってきた。

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