ここは私の為の世界だもの、と言った転生ヒロインに起きた事
この世界はわたくしの為にあるのよ。お前の為ではないわ。
真っ赤な口紅を唇に引いた女は、毒々しい赤いドレスを翻し、誰もいないのにそこにパートナーがいるように手を伸ばしながらターンした。
纏められて居ないがしっかりと巻かれた髪の毛には宝石が散りばめられ、明かりが反射して煌めく。
実力と技巧が伴う完璧なるダンスは無音なのに見事な音楽が流れているようで、つい先程まで彼女を糾弾していた者たちも思わず魅入っていた。
華やかすぎる顔立ちに完璧なプロポーション。家は筆頭侯爵家。頭脳明晰な彼女は当然のように未来の国母を願われ、第一王子の婚約者となっていた。
ロザリアーナ・マンチニール。
彼女は完璧な淑女と言われていた。
しかしそれが変わったのは一年前。
王立学園の最終学年である三年生に進級した時、現れたのがリリア・ミルティ。彼女は男爵家の生まれで、希少な治癒魔法が使えるという事もあり、学園からは教育方針は慎重にと注目されていた。
リリアは希少魔法と、愛くるしく見えるように振る舞う笑顔で多くの令息達を虜にした。
ロザリアーナの婚約者であるリーデンスは王家から気に掛けるようにとは言われていたものの、接点はなかった。
しかし、リリアからリーデンスに接触し気付けば籠絡されていた。
リリアは転生者であった。
学園に入学する直前に前世の記憶を思い出し、ここが彼女の愛する『ヴェルミリアの誓花』というゲームの世界だと気付いた。
ヒロインは希少な治癒魔法の使い手で、多くの令息達を癒しながら巫女を目指す事がメインシナリオで、その中で恋愛要素も含まれていた。
巫女ルートか恋愛ルートかはプレイヤー次第で、巫女ルートを選ぶと攻略対象者はヒロインの心強い味方となり教会での確固たる地位を築く。恋愛ルートは巫女にはならず、攻略対象との幸せを築くことになる。
ライバルとなる相手はいるものの、巫女を目指すものとして、時には恋愛のライバルとして切磋琢磨していくのだ。
前世のリリアのお気に入りは、スチルやボイスはあるのに攻略対象では無かった第一王子リーデンスだった。
この世界はリリアの為の世界なのだから、ゲームでは落とせなかったリーデンスを攻略したいと、そう思った。そして、ゲームでは無かった逆ハーレムを狙ってもいいじゃない、とすら考えた。
リリアはフルコンプをしていたし隠し要素も全部拾い上げた程のプレイヤーだった。もしかしたらリーデンスルートがあるかもしれない、と隅から隅までやり込んだのだが、無かった。
理由は簡単で、リーデンスには婚約者がいたから。婚約者がいる相手を乙女ゲームが相手役に選ぶわけがない。
ただそれだけの為に前世のリリアは彼を攻略出来なかった。
しかし、今なら。婚約者がいても関係ないのでは無いか。だって、ここはリリアの為の世界なのだから!
好感度アップの為のアクセサリーや恋の秘薬などを使って攻略対象だけでなく、大本命のリーデンスや他のサブキャラも全員攻略した。
ゲームでは顔すら出なかったモブの令嬢なんかに興味は無かった。
本来のライバルに当たるイザベラーナは逆ハーレムメンバーから「巫女として不適格」として教会に報告してもらったし、イザベラーナが恋をするような相手は全部リリアが手に入れていたのでもはや用済みであった。
最愛のリーデンスと結ばれ、未来の王妃になる為の最後の障害であるロザリアーナを排除すれば、リリアの輝かしい未来は約束されたも同然であった。
前世ではいいことなんて何も無かった。家族は兄ばかり大事にしていたし、彼氏と親友には裏切られ、社会人になって好きになった男と付き合えたと思ったら、その男の元カノに階段から突き落とされて死んだのだ。
だけどこの世界は違う。
リーデンスがリリアを抱きしめながらロザリアーナを断罪する。別に嫌がらせとかはされていないけれど、捏造すればよかった。
欲しいものを手に入れるためなら、嘘はいくらでも吐いても平気だった。
これですべてが私のものよ!
ロザリアーナの代わりにリリアを婚約者とする!そう宣言したリーデンスにもたれ掛かりながらうっとりと言葉を発した。
「ここは私の為の世界だもの」
それまで黙って微笑んでいただけのロザリアーナがその言葉を聞いた瞬間、表情が一変した。
「この世界はわたくしの為にあるのよ。お前の為ではないわ」
真っ赤な唇が口角を上げ、目を細めたロザリアーナは一人でダンスを踊った。役に立たないパートナーなどいらない。一人でも完璧なのだと知らしめるように。
「お前、他所から紛れ込んできた魂よね。わたくしの為の箱庭に無断で侵入してきた汚物。どう動くが見てやろうと傍観していたが、生前と変わらぬ卑しい女。兄を貶める為に嘘をつくから親は兄を守るしかなく、親友と嘯いた女の悪意ある噂を流し続けたからあまりにも非道で恋人はその親友を庇った。お前が死んだ原因は、好きな男に恋人がいたから奪い取る為に嘘を流し、女を苦しめたからでしょうに。一度手に入れたら飽きると思った男が仕方なく付き合う振りをしたけど中々別れないから、本当の恋人に殺されたのでしょう?」
リリアの前世のことを、なぜ知っている。
ロザリアーナの変貌を恐れたリリアがリーデンスの腕を掴むが、リーデンスはどこを見ているか分からない様子で突っ立っていた。
それだけでない。先程まで動いていた人々が全員棒立ちをしていたのだ。
「はぁ。折角わたくしが楽しむ為にわざわざ異なる世界の神から乙女ゲームとやらの情報を貰って作り上げ、実際にわたくしもはいって遊んでいたのに。お前のような異物のせいですべてが台無しよ。あーあ、作り直しましょ。この世界は捨ててしまいましょう」
ロザリアーナが手を振ると、メッキが剥がれるように全てが崩壊し、世界が真っ暗になった。
リリアは「わ、私は!わたしはどうなるの!?」と叫んだ。
「お前は異物だもの。不要になった世界の放棄場に投げ込むから、完全消滅するまでそのままよ。はぁ、嫌になるわ。今度は異物が来ないようにしましょう」
それが最後の言葉であった。
リリアはどこにもいけず、死ぬことすら出来ない。なぜなら、肉体はロザリアーナが作ったものだから消滅し、異物と言われた魂だけが残されたから。
リリアは死ねない。
真っ暗な世界で完全に消滅するまで一人でいるしか出来ない。
第一王子リーデンスの婚約者であるロザリアーナはウィルミリアという名の女神であった。
自分が管理している世界は順調に発展しているし、代行者の神を置いているので、自分が楽しむ為の箱庭をつくることにした。
魂を入れないシミュレーションの為の世界。
地球という惑星を含む世界を管理する神の元には娯楽に飢えた神が集まっていた。地球という世界は中々に発展していて、特に日本という場所には娯楽が多くあるのだと言う。
ウィルミリアも何かないかと聞いたところ、名前が似ているゲームがあるということで『ヴェルミリアの誓花』という乙女ゲームなるものを教わった。
解析すると全てが分かり、これを実際に体験してもいいかもと思ったのだ。
面白くて役に立つものがあれば自分の世界に少しだけ反映してみても良いかも、と。
そうして作り上げた世界はウィルミリアの一人芝居の様なものだったが、ゲームのデータを抜き取りウィルミリアの神力を混ぜて作ったキャラクターは中々に優秀な動きをしていたし、ウィルミリアもロザリアーナの器に入って楽しんでいた。
そこに来たのが本来はヒロインとなるはずのリリアに宿った魂である。
穢れきって汚い魂に汚染されたヒロインの身体はもう使えないな、と忌々しく思いながらも、面白いことはないかと思ったのに、魂が生前した事と同じことしかせず、この世界の放棄を決めた。
この世界はウィルミリアの為の世界である。ウィルミリアが楽しむ為の箱庭である。
地球の神に一応の確認は取ったのだ。この魂、返そうか?と。
その神は笑顔で「ゴミ箱行きで」とハッキリと答えたのだ。
だから捨てた。更に上の神に報告もした上で。
救いようが無い魂は再利用しにくい。またどこかで穢れを広められても困るので。
逃げられないようにしっかり固めたので分解されるまでは存在しているだろうけど、もうどうでも良いと切り捨てたウィルミリアは、新たなゲームを紹介してもらい、新たな箱庭を作った。
今度はウィルミリアがヒロインになって、恋とはどんなものかを疑似体験する為に。
その世界も、ウィルミリアの為の世界である。
作品読んでたら転生ヒロインが「この世界は私の為の世界」とか言うじゃないですか。
大抵は「あなたの為の世界じゃない」とかの流れになるのですが、正しく一人(一柱)の為の世界にしてみました。
紛れもなく、言葉通り、彼女の為の世界です。




