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自宅警備員(NEET)って仕事に入りますか?

作者: ニャニャチ
掲載日:2026/02/28

 一番長く続いた仕事は七年だった。


 五年目あたりから、人の名前が抜け落ちるようになった。昨日まで普通に呼んでいたはずの名字が、喉元で止まる。画面の仕様書を何度読んでも、内容が頭に入らない。


 帰宅しても、頭の奥で上司の声が反芻されるわけでもない。ただ、何もないのに眠れなかった。


 区切りのいいところで退職した。


 再就職もした。


 だが、新しい職場では、本当に何も覚えられなかった。三日前に教わった作業手順が消えている。メモを見ても、自分の字が他人のもののようだった。


 検索窓に症状を打ち込むと、「メンタルクリニック」という単語が何度も出てきた。


 待合室は静かだった。番号で呼ばれるのは少し楽だった。名前を呼ばれなくていいだけで、気持ちが軽い。


「まあ、典型的ですね」


 医者はカルテを見ながら言った。


 鬱です、と。


 思っていたよりも、あっさりした響きだった。


 薬の説明を受け、白い袋を渡された。帰り道、これで少しは眠れるのかと思った。


 そして実家に戻った。


 そんな状態なら「帰っておいで」と言われたからだ。


 今は、実家の自宅警備員だ。


 最初は何もしない日が続いた。だが、何もしていないと本当に壊れそうだった。


 だから週二回、ジムに通い始めた。火曜と金曜の夕方5時。ベンチプレスの台はだいたい空いている。鉄の匂いと、プレートの擦れる音。重りを持ち上げている間は、余計なことを考えなくていい。


 それ以外の時間は、暇だった。


 自転車で近所のスーパーを回るようになった。どの店が何曜日に何を安くするか、自然と覚えた。


 そして、半額シールが貼られるのは、だいたい七時だ。


 七時前の総菜コーナーは、少し緊張感がある。店員がワゴンを押してくると、皆さりげなく近づく。目立たないように、しかし確実に。


 俺は慌てない。欲しいものだけ取る。カゴに入れ、自転車で帰る。


「助かるわ、あなた、私より詳しいんじゃない?」


 母は言う。


 歩いて行くには少し遠い店だ。重い荷物を持って帰るのは、今は俺の役目になった。


 数年が過ぎた。


 同窓会の知らせが届いた。


 断る理由もなかったから、行った。


 居酒屋の座敷で、昔の顔ぶれが並ぶ。結婚したやつ、子どもがいるやつ、転職を繰り返したやつ。


「今何してるの?」


 聞かれて、俺は答えた。


「無職。NEET」


 一瞬の間のあと、笑いが起きた。


「お前ならありそうだな」


 悪意はなかった。ただの納得の笑いだった。


「時間あるなら今度飲もうぜ」


「いいよ」


 と言ったが、結局、呼ばれることはなかった。皆、社会人として働いている。


 結局、飲みに誘ってくれるのはジムの連中だけだった。帰りに汗を流し、そのまま居酒屋へ行く。


「その腕、マジでやばいな」


 ガールズバーに連れていかれ、上腕三頭筋を触られたこともある。胸を交互に上下させ、筋肉ルーレットをすると、「まだ飲む、それとも帰る?」と選択肢を突き付けられ、結果飲み続ける。


 そして段々と財布は軽くなっていく。


 貯金も、少しずつ減っていった。


 このままではまずいと思った。


 働く、という選択肢はまだ遠い。だが、何もしないのも違う気がした。


 だから投資を始めた。


 親の金には頼らない。余裕のある分だけを動かす。昔ゲーム関係の仕事をしていたから、自然とそのあたりの企業を見るようになった。


 毎日チャートを眺める。


 会社員の頃は、時間を売っていた。今は、自分の判断を売っているような感覚だった。


 上がる日もあれば、下がる日もある。


 だが、少しずつ、資産は増えた。


 大金ではない。それでも、減り続けていた貯金が、ゆっくり戻り始めた。


 ある月、生活費の一部を出した。


「別にいいのに」


 母はそう言ったが、受け取った。


 履歴書に書ける職歴は止まったままだ。名刺もない。肩書きもない。


 だが、七時の半額シールを待ち、重い荷物を持ち帰り、通院を続け、筋トレをし、投資をする。


 この家の生活は、静かに続いている。


 俺がいることで、少しは楽になっている部分もある。


 それでも、これは仕事じゃないと言われるのだろうか。


 自宅警備員(NEET)って仕事に入りますか?


 俺は、入ると思っている。

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