自宅警備員(NEET)って仕事に入りますか?
一番長く続いた仕事は七年だった。
五年目あたりから、人の名前が抜け落ちるようになった。昨日まで普通に呼んでいたはずの名字が、喉元で止まる。画面の仕様書を何度読んでも、内容が頭に入らない。
帰宅しても、頭の奥で上司の声が反芻されるわけでもない。ただ、何もないのに眠れなかった。
区切りのいいところで退職した。
再就職もした。
だが、新しい職場では、本当に何も覚えられなかった。三日前に教わった作業手順が消えている。メモを見ても、自分の字が他人のもののようだった。
検索窓に症状を打ち込むと、「メンタルクリニック」という単語が何度も出てきた。
待合室は静かだった。番号で呼ばれるのは少し楽だった。名前を呼ばれなくていいだけで、気持ちが軽い。
「まあ、典型的ですね」
医者はカルテを見ながら言った。
鬱です、と。
思っていたよりも、あっさりした響きだった。
薬の説明を受け、白い袋を渡された。帰り道、これで少しは眠れるのかと思った。
そして実家に戻った。
そんな状態なら「帰っておいで」と言われたからだ。
今は、実家の自宅警備員だ。
最初は何もしない日が続いた。だが、何もしていないと本当に壊れそうだった。
だから週二回、ジムに通い始めた。火曜と金曜の夕方5時。ベンチプレスの台はだいたい空いている。鉄の匂いと、プレートの擦れる音。重りを持ち上げている間は、余計なことを考えなくていい。
それ以外の時間は、暇だった。
自転車で近所のスーパーを回るようになった。どの店が何曜日に何を安くするか、自然と覚えた。
そして、半額シールが貼られるのは、だいたい七時だ。
七時前の総菜コーナーは、少し緊張感がある。店員がワゴンを押してくると、皆さりげなく近づく。目立たないように、しかし確実に。
俺は慌てない。欲しいものだけ取る。カゴに入れ、自転車で帰る。
「助かるわ、あなた、私より詳しいんじゃない?」
母は言う。
歩いて行くには少し遠い店だ。重い荷物を持って帰るのは、今は俺の役目になった。
数年が過ぎた。
同窓会の知らせが届いた。
断る理由もなかったから、行った。
居酒屋の座敷で、昔の顔ぶれが並ぶ。結婚したやつ、子どもがいるやつ、転職を繰り返したやつ。
「今何してるの?」
聞かれて、俺は答えた。
「無職。NEET」
一瞬の間のあと、笑いが起きた。
「お前ならありそうだな」
悪意はなかった。ただの納得の笑いだった。
「時間あるなら今度飲もうぜ」
「いいよ」
と言ったが、結局、呼ばれることはなかった。皆、社会人として働いている。
結局、飲みに誘ってくれるのはジムの連中だけだった。帰りに汗を流し、そのまま居酒屋へ行く。
「その腕、マジでやばいな」
ガールズバーに連れていかれ、上腕三頭筋を触られたこともある。胸を交互に上下させ、筋肉ルーレットをすると、「まだ飲む、それとも帰る?」と選択肢を突き付けられ、結果飲み続ける。
そして段々と財布は軽くなっていく。
貯金も、少しずつ減っていった。
このままではまずいと思った。
働く、という選択肢はまだ遠い。だが、何もしないのも違う気がした。
だから投資を始めた。
親の金には頼らない。余裕のある分だけを動かす。昔ゲーム関係の仕事をしていたから、自然とそのあたりの企業を見るようになった。
毎日チャートを眺める。
会社員の頃は、時間を売っていた。今は、自分の判断を売っているような感覚だった。
上がる日もあれば、下がる日もある。
だが、少しずつ、資産は増えた。
大金ではない。それでも、減り続けていた貯金が、ゆっくり戻り始めた。
ある月、生活費の一部を出した。
「別にいいのに」
母はそう言ったが、受け取った。
履歴書に書ける職歴は止まったままだ。名刺もない。肩書きもない。
だが、七時の半額シールを待ち、重い荷物を持ち帰り、通院を続け、筋トレをし、投資をする。
この家の生活は、静かに続いている。
俺がいることで、少しは楽になっている部分もある。
それでも、これは仕事じゃないと言われるのだろうか。
自宅警備員(NEET)って仕事に入りますか?
俺は、入ると思っている。




