第8話 標準数値の意味
「やめろ!プリーモス!その人はタイジーラが担当している冒険者だ!
自分たちは代理神としての職務をちゃんと果たさないといけない!
たしかに……最初に大陸で死んだ場合は "新環境に不適応" って名目で交代できるのは事実だ。
でも!タイジーラは、お前が酔った時の裸の写真をまだ持ってるんだぞ!」
ヘフィスはその場で切羽詰まった声で叫ぶと、そのまま駆け出してプリーモスの前に立ち、
衝動的な行動を止めようとした。
2メートル。
1メートル。
私は見間違いかと思った。
彼はその勢いのまま、光の粒をまとったプリーモスの右手を掴み、
ゆっくり私のほうへ近づいてきたのだ。
プリーモスは一瞬で異変に気づき、ヘフィスの意図を察して、すぐにその動きを振り払おうとする。
「ちょっと待て!ヘフィス……待てってば!」
もがくせいで、プリーモスの体は目に見えて激しく震え、
苛立っていた表情はやがて焦りへと変わり、最後の一言は大声の叫びになった。
しばらく押し合いのような状態が続いた後、二人はようやく息を切らしながら手を離し、
私の向かいのソファへと座り直した。
「さっき言ってたその『数値』って、どういう意味?」
私はその言葉に反応していた。
落ち込んでいた気分が一瞬で好奇心に塗り替えられ、目の前の二柱の男神を見上げる。
ヘフィスは口元をわずかに上げ、穏やかな声で言った。
「私が説明しよう。」
彼が手をひと振りすると、黒地に白文字で整然と数値が並んだ画面が空中に浮かび上がる。
そこには私の基本情報が表示されていた。
名前、生年月日、各種属性、能力値……。
「知性ある生物はな、"数字" という概念を好む傾向がある。
多くのものを定量化できるからだ。
曖昧な感覚だけで、複雑なことを協力して成し遂げるのは難しい。」
彼は指先で画面をなぞりながら続ける。
「例えば、
『会えてうれしい。また今度ご飯に行こう?』
とか、
『今回の試験で頑張ったら、アニメショップでプレゼントを買ってあげる。』
……こういう言い方だ。」
私は少しぼんやりしながらも、うなずいた。
「抽象的だと感じないか?
それは、お互いが共有している"基準"が明確ではないからだ。
いつご飯に行く?七日後か?百年後か?
『頑張った』とは何だ?六十点で合格か?」
ヘフィスは姿勢を崩さず、優雅に座ったまま言葉を重ねる。
「だが、そこに数字を与えればどうだ。
一週間後の午後六時。
八十五点以上。
途端に具体性が生まれる。
人は、そのほうが行動に移しやすい。」
その隣で、プリーモスは足を大きく開き、
両腕をソファの背に回しながら、豪放に私を見ていた。
「『会えてうれしい。じゃあ来週の同じ時間に、
三百元以内の定食を私が奢るっていうのはどうだ?』
あるいは、
『今回の試験で八十五点以上取れたら、
君の好きなアニメショップに一緒に行って、五千元渡すから自由にプレゼントを選べ。』
……これが数字の力だ。共通の基準を作り、協力を生み出す。」
ヘフィスが言い終えると、私は少しだけ、その“魔力”を理解した気がした。
「つまり、能力も全部そうやって数値化してるってこと?
でも目標を決めれば、それで達成できるんじゃないの?」
私はまだ、その大がかりな設計には納得できなかった。
ヘフィスは少し考えた後、逆に問いかけてくる。
「では、君たちの好きな試験で例えよう。
前回は八十点だったのに、なぜ今回は九十点に届かなかった?」
「それはちょっと不公平じゃない?
試験には運もあるし、問題の難易度も違うし!」
ヘフィスは笑ってうなずき、意味ありげに私を見る。
「ほら、今の私の問いには『基準』がない。
だから曖昧なんだ。
問いはもっと具体的であるべきだ。」
彼は空中の画面を指で弾く。
「私は把握している。
君の『ビジネス日本語』の習熟度は数値で二十。
データベースによれば、その水準の者の平均点は九十四点。
最低の外れ値でも九十点だ。
さらに、この試験との適合率は九十九パーセント。
誤差は一パーセント以内。
ほぼ受験者の実力を正確に反映する試験だ。」
画面の数字が静かに並ぶ。
「しかし、今回の君の結果は“十六相当”。
明らかに、本来の能力水準を下回っている。」
彼は穏やかな声で、しかし逃げ場のない視線を向ける。
「では、答えてくれ。
今回は、十分な準備をしていたのか?」
私はその場で固まってしまう。
視線が数字に縫い止められたまま、言葉が出ない。
ヘフィスはさらに続けた。
「玄離大陸でこのようなシステムが築かれた理由は、
様々な知的種族のエリートたちが、数字を扱える神に対して、
より具体的な基準を求め続けてきたからだ。
その結果、確かに多くの物事の発展は加速した。
この膨大なデータベースを構築するために、私たち神々も本当に多くの知恵を絞ったのだ。
異なる種族、異なる文明、そして技術水準をどう研究し、どう測定し、最後にどう検証するか。
今のこのデータベースを完成させるまでには、非常に長い時間がかかった。
……そして最後には完成記念の祝賀酒会もあってな!とても楽しかったぞ!!」
そこまで言うと、隣に座っていたプリーモスが退屈そうな顔で横目に睨み、
胸元の鮮やかな赤い胸毛をぼりぼりと掻いた。
「祝賀酒会なんて全然楽しくなかったぞ。
俺をベロベロに酔わせやがって!
俺が気に入ってたあの六尺褌までゴミ扱いで捨てられたんだぞ!」
ヘフィスは気まずそうに、拗ねているプリーモスの肩を軽く叩き、
それから玉秀のほうを見て話を続けた。
「ともかく、データベースは評価を終えると、使用者に数値を付与する。
今の説明は、考えることが多くて複雑に聞こえただろう。
だが数値化は最も簡単で、最も直感的な方法だ。
指定された数値を上回っていれば、その役割を十分に果たせると判断できる。
何かをする前に、協力相手の数値を見れば適性を即座に判断できるし、
誰が助けてくれるかを『直感』で探る必要もない。
信頼の問題で悩む時間も大幅に減るのだ。」
後から考えると、すべての物事が冷たい数字になってしまうのは、どこか味気ない気もする。
少しは、曖昧さや余白があったほうが、物語としては面白いのかもしれない。




