第1話 枚好(メイハオ)村から始まる物語
「ごめん、玉秀! 私の体力はもう限界だ。君は外に出て援軍を呼べるか?」
私たちは仲間たちと一緒に、団体任務を遂行している。
もともとこの地下洞窟は、近隣の町の避難施設として使われていた場所だ。
だから水源の基礎設備や仕切りも整っている。
だが今は魔獣の狼人の巣になっている。
狼人は近くを通る商会の馬車を襲い、死体を蔓に投げ込んで消化させている。
有毒の蔓は、そのまま防衛手段にもなっていた。
任務の目標は、この狼人と猛毒の触手蔓で満ちた洞窟を完全に掃討することだ。
目の前には、灰色の乱れた髪。
鉄剣を強く握り、左目を閉じた王岳が、右の黒い瞳を見開き、歯を食いしばっていた。
そして手にした鋭い剣を、全身傷だらけの深い青毛を持つ狼人王の胸へ、思いきり突き立てる。
だが――。
一階分ほどもある巨体は倒れない。
王岳の剣に宿っていた気功は、ぱらぱらと青い光になって霧散していった。
この世界は、人の体内に宿る魔力と、外を流れる気功で成り立っている。
気功を蓄積できる武器は非常に強力だ。
だが扱う難度は高く、自身の魔力を放つ武器よりもずっと制御が難しい。
王岳は実力者だ。
それでも今、荒い息を繰り返し、上半身の藍色の細袖の袍は狼人の血で染まりきっている。
そして、絶望と、申し訳なさを滲ませた目で、僕を見た。
「信じてくれ! うっ……王岳!」
私の鼻にかかった声が震える。
次の瞬間、彼は崩れ落ちた。
すでに魔力を使い果たしていた、おかっぱ頭の魔法使いの妹の隣に倒れ込む。
私の左側には、血まみれの武僧と騎士が横たわっている。
二人とも意識はない。騎士の盾は、無残に折れて地面へ転がっていた。
私はすぐに基礎防護術と、持続治療が可能な法陣を展開し、みんなの止血と状態の安定を図った。
ついでに王岳をそっと横へ引き寄せ、他の物にぶつからないようにしておく。
狼人王は反撃こそできないが、まだしぶとく立っている。
しかし体は明らかに揺らいでいた。さっきの剣撃は致命傷に近い。だが、まだ息の根までは止まっていない。
戦いを終わらせるには、最後の一撃が必要だ。
「私たちを甘く見ないで!」
私は一度咳払いし、声量を確かめてから、はっきりと叫び前へ駆け出した。
杖を振り上げ、狼人王に突き刺さった剣へ向けて思いきり打ち下ろす。
刃はそのまま背中まで貫通した。
狼人王は一切の悲鳴も上げず、崩れ落ちる。
戦闘が終わると、私はすぐに仲間全員の状態を確認した。
全員意識はないが、生命反応は安定している。
つまり――
演技はここまで。
次は、私の番ということね?
今の私はきっと、上品で、それでいて少し厚かましい笑みを浮かべている。
私は指を立て、左右に手首を回しながら周囲の気功の流れを観察する。
小声で「霧の精霊」を召喚し、治療術を発動。青緑色の法陣の輪の中で、灰まみれになった自分の姿を整えた。
この乳白色の大袖の服は、もうぼろぼろだし、さっき魔獣の体液が飛び散って汚れている。
でも負傷したふりは必要だ。だから完全には綺麗にしない。
それにしても着心地は悪くない。絹糸に少し綿を混ぜた素材で、一式たった十陽陰貨。
破れすぎたら町に戻って買い替えればいい。便利すぎて、何着か買い溜めしたくなる。
私は急いで倒れている仲間たちに隠匿術をかけた。
そして地面に横たわる王岳を見る。
横顔は妙に穏やかだ。まるで心配ごとのないスライムみたい。
この世界のスライムは小さなラッコみたいな顔をしていて、ひげで匂いを探る。かなり可愛い。
念のため、私は王岳に解毒術を施す。
だが、すぐに違和感に気づいた。
王岳の右手に、何かで切られたような傷がある。
一センチほどの裂け目だ。
私は深く息を吸い、気持ちを落ち着かせる。
初級回復術を発動する準備に入った。
初級回復術〈ヒール〉。
上級回復術〈ハイ・ヒール〉。
神聖安定術〈セイクリッド・スタビライズ〉。
聖光撃〈ホーリー・レイ〉。
蘇生術〈リザレクション〉。
大小さまざまな色の光が、花火のように瞬き続ける。
王岳の表情が少し緩んだのを確認してから、私は輸送魔獣と支援者を呼んだ。到着はおよそ一時間後の予定だ。
その隙に、私は洞窟の最奥へ向かって走る。
やはり。
目立たない石像のそばに、魔法で封じられた隠し通路を見つけた。
これまで学んだ知識から、私はすぐにそれが骨人族の術文だと見抜いた。
雫を逆さにしたような紋様の下に、二つの円球。
それは骨人族の英雄、儀太・古龍の紋章だ。
あ、そうだ。ひとつ言い忘れていた。
さっきの戦闘、私は本気を出していない。
私は異空間収納を開き、愛用の杖を取り出して軽く振る。
この杖は黎明の女神に加護された神器だ。
軽量でありながら堅牢な構造を持ち、両端には拳ほどの魔石が嵌め込まれている。
私の魔力運用効率を高めてくれる優れものだ。
私は自分の魔力を込め、杖を洞口へ向けて振り抜く。
封印の白い印は、煙のように静かに消え去った。
――ようやく始められる。
迷宮攻略と、戦利品の回収を。
玉秀はいよいよ本領を発揮します。
続きは次の章で。どうぞお楽しみに。




