第9話 7700以上のデータ項目と基準理由は本当に苛立たしい
私は目の前の浮遊パネルにそっと触れた。
その中の項目名――「好奇心」に指先を当てると、数十の細項目が展開される。
既知の事物の拡張 26
新しい事物の認識 16
道具発展系 20
異界の魔物 18
魔法知識 25
性癖の受容度 23
文化探究 14
……
数値を見つめたまま、私は少し固まった。
一瞬で目が回りそうになる。
このシステムの細かさは、想像をはるかに超えている。
「このデータベースは子項目だけで七千七百以上ある。全部を理解しようとしなくていい」
ヘフィスはそう言って、しばらく私を気遣うように見つめた。
「でも、気になったら開いてみればいい。全部に説明がついている。
もし大まかに“力”や“敏捷”みたいに分類したら、問題が出る。
たとえば長距離走は筋持久力や心肺機能を伸ばす。
それを『きんりょく』に入れて数値を上げたら、
重い物を持てる人材を探す時に正確じゃなくなる。
だから細かく分けている。
そして母分類も必要だ。使用者が目的の数値を素早く把握できるからだ」
私はうなずいたけれど、頭の奥にひとつの疑問が浮かぶ。
「このデータベースの“基準”って何?
何を基準に測ってるの?
じゃないと、どうやって全部を数値化してるの?」
「ふん!スライムだ!」
ヘフィスが顎に手を当ててしばらく悩んでいると、プリーモスが横から割り込んできた。
「玄離大陸は人間が一番多いけどな、誰を基準にするかで絶対モメる。
『お前が弱いから基準な』なんて言ったら、本人がキレるだろ。
その代わりにさ、伝記を書かせるんだよ。
『神に最弱と認定された存在が、やがて最強へ至る物語』とか。
俺たち神が序文でも書いてやれば、名も金も入る。受けるかもしれない。
でもな、人柄の審査とか裏取りとか、仕事が増えすぎる。
だから却下だ!」
私は少し首を傾げた。
……本が売れるなら、私もちょっと書いてみたいかも。
傷ついた心の慰めにはなるし。
「それに“普通の人間”を基準にしたら、他の連中の数値がマイナスになる可能性もある。
そうなるとデータ体系が崩壊だ」
プリーモスは地面を睨みつけ、浮き出た青筋を乱暴にぬぐった。
「前にな、基準に選ばれようとして、
俺は回りくどいことはしない。
はっきり言うが、その件を奪い合おうとしたのは人類だ。ふん!
わざと障害を持つ赤子まで作ったんだぞ!
その種族を“基準”――つまり全種族の能力評価の出発点にするためにな!」
私は話を聞いて、思わず額を押さえた。
……世界が違っても、人間が憎い。
「神を基準にできない理由は簡単だ。
数値がバカみたいに高すぎる。
他の種族が比較したら、パネルは小数点以下のゼロだらけになる。
読みにくいし、データ量が無駄に爆増する」
プリーモスが鼻を鳴らす。
ヘフィスは苦笑してうなずいた。どうやら実体験らしい。
「それに人間は比較が大好きだ。
数値が近いと、すぐ0.01の差で騒ぎ出す。
"小数点表示を解放しろ"とか言い出すんだ。
そんな機能、いらない。
データベースの維持が地獄になるだけだ」
私は小さくうなずく。
少し大げさに聞こえるけど……確かに面倒そう。
「説明ありがとう。
プリーモス、自分のパネルを開いて見せてもらってもいい?」
ヘフィスは私を見て、それからプリーモスへ視線を向けた。
プリーモスはだるそうに首を振り、片手をひらりと振る。
個人パネルが展開される。
「好奇心」を開いた瞬間、数値が一気に表示された。
私は思わず息を止める。
異界の魔物 81000
魔法知識 68990
性癖の受容度 24
文化探究 98640
……
桁が、違う。
「知識が増えれば、好奇心は指数的に伸びる。
俺みたいなレベルを基準にしたら、
お前の数値は小数点以下に沈むぞ。想像できるか?」
プリーモスは、私と自分の差を指さす。
……小数点の後ろに、延々とゼロが並ぶ光景。
十月の台北で見たって言ってた、あの話みたいに。
プリーモスがパネルを閉じようとした瞬間、
ヘフィスの目が見開かれた。
動きが止まる。
「……君の『性癖の受容度』、
欲の薄いエルフの中央値30にも届いていない?
君は創造と孕育を司る存在だろう?」
穏やかだったヘフィスの顔が、一瞬で驚愕に染まる。
見間違いかと、もう一度確認する。
数秒後、彼は咳払いをひとつして、いつもの柔らかい表情に戻った。
「君は創造と孕育を司っているだろう?
信徒も多いはずだ。
みんな技術を高めたいとか、相手を満足させたいとか願っている。
それに“神の御物”を欲しがる者も多い。
身につける物には神力が宿るからな。
その数値が外に漏れたら、御物が配れなくなるぞ?
どうやって“回収”……いや、祝福を通して寄進者を支援するんだ?」
プリーモスの額に冷や汗がにじむ。
顔を強張らせたまま、どう答えるか必死に考えている。
……今、何かおかしな単語が混ざらなかった?
気のせいだよね。
「俺は孕育の神だ!性愛の神じゃない!
そこは別だ!
信徒が勘違いするのはまだいい。
だがな、何度も言うが職掌は違う!」
プリーモスの顔はどんどん引きつる。
まるで古着回収箱が、いつの間にかゴミ箱扱いされているのを見た時みたいだ。
「……あっ、わかったぞ!
だから最近、信徒の願いがやたら処理不能だったのか!
ヘフィス!この前、俺の信徒基盤を強化するって言ってたな。
何をした?」
ビシッと指を突きつける。
ヘフィスは困ったように私のほうを向き、視線を逸らす。
プリーモスはその場で口を開けたまま、怒りと混乱で固まった。
「神に最弱と認定された存在が、やがて最強へ至る物語」って書きたいんだけど、
読んでくれる人いるかな?
それと、世界が違っても、人間が憎い。




