修学旅行で木刀を買ってもラブコメは始まらない
突然だが皆は木刀が好きだろうか。
そう聞かれたならばおそらく誰しもがこう思うだろう。そんなものを好きとか嫌いかという目で見た事などないと。
世の中にはいろいろな剣が存在する。歴史に名を残す名刀、神話に出てくる神剣や魔剣。主人公も魔王も大体剣を持っているものだ。
無論そんなものは気軽に入手出来ないので、多くの少年はドラゴンが巻き付いたどこの会社が作っているのかもわからない、けれどお土産屋では必ず見かけるドラゴンの剣のキーホルダーで我慢するものだ。
だが木刀は違う。何故ならば興味がない人間からすればただの木の棒だからだ。
一応北海道の某所にある湖ではその湖の名前が刻印された木刀が飛ぶように売れているらしいが、木刀ドリームとも言うべきその怪奇現象は多くの木刀愛好家に叶わない夢を与えてしまった。
そんな誰からも見向きもされない木刀が主役になれる時がある。それは修学旅行だ。
いつの頃からか修学旅行といえば木刀、木刀といえば修学旅行という謎の関連性が生まれ、常識を改変されメディアに洗脳された彼らは使い道のない木刀をこぞって買い求め、そして先生に怒られ結局返品してしまう。
「うーむ、なかなかいい木刀だ」
そしてそんな馬鹿な学生が今まさに俺の目の前にいた。先輩はポニーテールを揺らして黒光りする木刀を吟味し、ブンブンと振って振り心地を確かめる。
店の人も売るつもりがないのか、木刀はお土産屋の端っこの方で傘立ての様な容器に適当に突っ込まれていた。
あるいは後に返品に来る手間を省くためにそうしているのかもしれない。
「木刀って誰が買うんだって思ってましたけど、先輩みたいな人が買っていくんですね」
「一応私は剣道部だしちゃんと理由はあるよ。やっぱり宮崎に来たのなら木刀を買わないとね」
「そんなイメージはないですけど」
「何言ってるの、日本の木刀はほとんど宮崎で作られてるんだよ。つまり木刀愛好家にとって宮崎は聖地なのさ」
「へー、そうなんですかー」
先輩はドヤ顔で木刀にまつわる雑学を教えてくれた。それを知ったからどうというものでもないけれど。
つれない俺の態度が気に食わなかったのか、先輩は頬を膨らませて怒ってしまう。
「むう、君も剣道部ならもうちょっと木刀に興味を示しなよ。せめてもうちょっと先輩との修学旅行を楽しみなよ」
「そうは言われましても……大体先輩は勝手についてきただけじゃないですか。受験生だって立場をわかってます?」
「聞こえないなあ」
俺がそう指摘すると先輩は両手で耳を塞いで現実から全力で目を背けた。自由な事は素敵な事だけど、本当にこの人の将来が心配になってしまう。
「それに君が寂しがると思って無茶をしたんだよ。だから少しは楽しんでほしいな」
けれど先輩はすぐに悲し気な顔をしてしまい、そのせいで俺は余計に気分が落ち込んでしまった。折角の旅行だし、楽しまないといけないっていうのはわかってはいるんだけど。
このままじゃいけない。取りあえず世間話でもして誤魔化そう。
「……先輩は高校を卒業しても剣道を続けるんですか?」
「うーん、趣味では続けると思うと剣道だけじゃ食べていけないし。流石に県大会で優勝したくらいじゃあね」
だけどその話題は不正解であり、余計にしんみりとした空気になってしまう。
剣道は俺と先輩の数少ない接点だったけど、そのうち汗を流しながら楽しく竹刀を振る事もなくなるのだろう。
「君は私がいなくなっても続けるの、剣道」
「どうでしょうね」
俺は内心そのつもりはなかったけれど、先輩の気持ちを慮り曖昧に答えた。きっと本当の想いを伝えたら彼女はシュンとした顔をしてしまうだろうし。
「そっか。はいこれ」
「?」
先輩は何を思ったのか木刀を手に取り俺に渡した。俺にはよくわからないが、先輩が選んだ木刀はここにある木刀の中でもとりわけ美しい様に見える。
「先輩との最初で最後のデートに想い出にどうかな」
「デートの贈り物にしては随分と物騒ですね」
その奇想天外なチョイスに俺と先輩はクスクスと笑ったけれど、涙が出る事はなかった。
この失恋は涙を流す程の事でもない。
胸に秘めた想いを伝える程の事でもない。
だから卒業してしまえばこの淡い恋心も消え去ってしまうのだろう。
……………。
………。
…。
それから月日は流れる。
先輩の卒業と同時に剣道を止め、高校を卒業した俺は福岡の大学に進学し、そのまま地元の優良企業に就職するという堅実な人生を歩んだ。
ドラマもへったくれもないが、現実なんてそんなものだ。
ただ生きて働くだけの毎日で楽しい事があるわけではないけれど、結局安定に勝るものはない。
大人になると夢とか未来とかはどうでもよくなるものだ。
けれど俺はある時ふと思い立ち、現実逃避がてら高千穂に日帰りの小旅行をした。
数々の観光名所を無視して適当に散歩をし、高千穂で食べるコンビニ弁当は美味かった。
旅先なら特別なものを食べろとか、俺は誰かが決めたルールに従うつもりなんてない。
下調べもロクにしなかったが、俺はかつて修学旅行で訪れた土産屋だけは訪れる事は決めていた。
土産屋は昔と変わらず程々に寂れており、インバウンドの観光客くらいしかいなかった。多言語対応にはなったがそれ以外の違いはあまりない。
だけど彼らはワーオと感嘆しながらこぞって日本らしさを感じる木刀を買い求めていた。日本人は見向きもしなかったけど、木刀にとってはいい時代になった様だ。
しばらくして学生らしき二人組の女子高生が木刀に近付くが、彼女達はそれを手に取る事はなかった。
「修学旅行って言えば木刀だけど、こんなの誰が買っていくんだろうねー」
「そういうイメージはあるけど実際に買う人なんて見た事ないよねー」
二人もひょっとすると修学旅行で宮崎を訪れたのかもしれない。
俺は修学旅行と言えば木刀、という概念が時を経てもまだ存在している事にささやかな喜びを感じてしまう。
俺は木刀売り場に近付き樫の木刀を手に取る。それなりにいい値段はするが、社会人になった今ならば十分手の届く値段だ。
レジを担当していた女性は俺の木刀を見るや否やククッと笑う。馬鹿な学生ならまだしも、木刀なんていい歳をした大人が買うものではないだろう。
「ふふ、買うんですか?」
「ええ」
向こうはそれ以上何も言わず、電子決済で支払いを済ませ俺は商品を受け取る。
持ち運ぶのに少し不便だが、それよりも職質されないか心配だ。
「おかーさん」
「あら、もうジッとしてないと駄目じゃない」
レジから離れようとした時、彼女の子供らしき少女が無邪気に近付いた。
彼女は子供を抱きかかえて宥め、それ以上俺に興味を示さずスタッフルームに戻っていく。
もしかしたら俺だと気付いてすらいなかったのかもしれない。
卒業した後は疎遠になっていたが、どうやら先輩もなんだかんだで幸せにやっている様だ。
心の中では寂しさと喜びが入り混じっていたが、ここは素直に祝福しよう。
あの時に抱いていた淡い恋心が、思い出せなくなっていたとしても。
それにしても木刀なんて買うんじゃなかった。
職務質問されたらどう言い訳すればいいのだろうか。切ない初恋の想い出だと言っても、きっとお巡りさんは信じてくれないだろうな。




