総理、王都に向かう02
翌日も順調に進んでいく。
そして午後、小さな村に入った。
ちょっとした木製の門をくぐって入ったその村はなんとも可愛らしい印象で、少し苔むした石のスレート葺きの小さな家が立ち並んでいる。
(まるでイギリスの田舎みたいな風景だ)
と率直に思い、きょろきょろしながら進んでいくと、町の広場のようなところで馬車が止まった。
みれば大勢の人が跪いている。
(ほう。王とはこれほどの権威があるのか)
と感心していると、王が馬車を下り、
「村長、これはいったい?」
と聞いた。
それに村長らしき人物が、
「王様。なにとぞこの地に神獣様のご加護をいただけませんでしょうか? 村人一同、たっての願いでございます!」
と言い恐る恐ると言う感じでこちらを見てくる。
(え? 加護?)
と思ったが、王もこちらに視線を送ってきたので、仕方なく前に出た。
「イクセリウス殿。加護とは?」
「はい。おそらく伝説の類なのですが、神獣様の触れた土地は豊作になるというものがございます。その、いかがでしょうか?」
「うーん。私にそんな力があるとは思えんが……」
「さようでございましたか。この地はここ数年収量が落ちておりましたので、私も少し期待していたのですが……。いたしかたありません。下がらせるといたしましょう」
そう言われて、少しハッとしながら、
(こういう時の対応力で支持率がグッと上がるものだ。ニュースでも好意的に取り上げられることがおおいしな)
と考え、
「ああ、ちょっと待ってくれ。気休めでよければなにかしらやってみよう」
と提案してみる。
すると村長が、
「ああ、なんとありがたい」
と言ってさらに頭を下げ、イクセリウス殿も、
「かたじけのうございます」
と言って軽く頭を下げてきた。
(とはいったものの、なにをすれば……)
そう思いつつも、とりあえず地方視察にきたつもりで畑の様子を見せてもらえばそれで満足してもらえるだろうと思い、
「村長、村の畑を案内してくれ」
と言うとガチガチに緊張してやたらかしこまっている村長の案内で村の畑の方に向かった。
青々とした麦畑が広がる光景を見て、
(不作なんだろうか?)
と思う。
しかし村長が言うには実の入り方が弱く大粒の麦の数が減っているのだとか。
(それは思ったより切実だな)
と思いつつ、トマトやナスなんかの畑も見て回り、最後は小高くなった丘から村全体を見渡した。
(美しい農村だな)
と単純な感想を抱く。
どこかから香ってくる土の匂いと風に波打つ青い麦の穂を見ていると、妙に心が落ち着いてくる。
(生産の現場にはそれぞれ苦労があるのだろう。しかし、こうして美しい風景を見るとその苦労が確実に実っているのがわかる。やはり国は人だ)
そう思いながら、ゆっくりと目を閉じた。
(私にできることを列挙せよ)
と念じる。
すると頭の中に、
「土地の魔力をちゃちゃっと整えちゃえ! 君ならなんとかできるかもよ?」
という声が響いてきた。
(相変わらず適当な。具体案を出せと言っているんだ。しかもできるかどうかわからんことを言われても……。だが致し方あるまい。やれるだけやってみよう)
そう思って、村長たちに、
「危ないかもしれんから、ちょっと離れていてくれ」
といい丘の下まで下がってもらう。
なんとも言えない視線を感じながら私は、
(村の大地がちょっと肥えろ!)
と念じながら足もとに向かって力を込めてみた。
次の瞬間、ごそっと体の中からなにかが抜けていくような感覚がする。
ふと目を開けてみると、なにやら青白い光が波紋のように広がっているのが見えた。
(綺麗だな……)
そんなことを思い、ふんわりと光る村の大地を見る。
やがて光が収まると、私は少し疲れた体をいたわるようにゆっくりと丘を下っていった。
跪く村人たちがいる。
なぜか王も跪いているようだ。
「一応やってみたが、おまじない程度に考えておいてほしい」
と少し言い訳をするようにいうと、村長が、なぜか泣きながら、
「ああ、なんとありがたいことでしょう……。これで村がすくわれましたじゃ」
と言ってきた。
それに続いて王も、
「これほど大規模な魔法を見たのは初めてでございます。さすがは神獣様であらせられる」
と言ってくる。
私はなんだか照れくさいような気持ちになりながらも、
(なるほど。これは好評だったということか、これでまた今後の交渉が多少有利になるな)
といかにも打算的なことを考え、
「よかったな」
と微笑みながらそう言った。
やがて、村の宿所に案内される。
時間はまだ夕方前ということもあり、私は、
「一応、畑を確認してまわりたい。本当に異常がないかこの目でみたいからな。ああ、案内は不要だぞ」
と申し出てみた。
「あら。では私がついて参りましょう」
とローズ嬢がニコニコした顔で立候補してくる。
私は冗談で、
「お乗りになるか?」
と聞くと、ローズ嬢はパッと目を輝かせ、
「よろしいんですの!?」
と言ってきた。
(おいおい)
と思いつつも、自分が言い出したことなので、
「ああ。もちろんだ」
と答える。
当然、王は慌てて止めてきたが、
「なに。友好関係を深めるにはちょうどよかろう」
と笑いながら言い、玄関を出た。
「本当に乗ってよろしいの?」
「ふっ。怖いか?」
「いえ。乗馬は得意ですから」
「はっはっは。それは頼もしいな」
そんな会話をして、さっそくローズ嬢を背中に乗せる。
「まぁ! なんてふかふかなんでしょう! それにしっとりさらさら……。あの、毛を掴んでもかまいませんこと?」
「ああ」
「では失礼して」
準備が整ったのをみて、ゆっくりと歩きだす。
一応「怖くないか」と尋ねてみたが、ローズ嬢からは「全然平気ですわ」という返事がきた。
「では少し駆けてみるとするか」
と言って軽く駆け足になる。
するとローズ嬢は、
「まぁ! 速いですわ!」
と歓声を上げた。
(どうやら少し速過ぎたらしい)
と思い適当なところに速度を調整する。
そして軽く畑を見て回りながら、先ほどの丘に向かった。
「異常はなさそうだな」
とほっとしつつ、丘に登る。
するとそこには何人かの子供たちがいた。
「こんにちは」
と優しく声を掛ける。
子供たちは十歳くらいから五歳くらいまでくらいに見えたが、みんなして、
「こんにちは!」
と挨拶を返してくる。
私は、
(そうそう。いつの時代もどの世界でも子供は純粋でかわいいもんだ)
と思いながら、
「みんなで遊んでいたのかい?」
と声を掛けた。
「あんね。光がね。ぶわぁってなったから見に来たの」
と小さな子が興奮気味にそう言う。
どうやら私がやったあれをみて、興味津々で探検にきたようだ。
そんな子供たちの姿があまりにも可愛かったものだから、私は、
「あれをやったのはおじちゃんなんだぞ」
と少し自慢げにそう言ってやった。
「わんわんがしたの?」
小さな女の子がニコニコしながら話しかけてくる。
「ああ。そうだ。わんわんのおじちゃんがしたんだぞ」
「すっごい! ねぇ、もう一回して?」
「うん。俺もみたい!」
そう言われて少し困ったが、私は最終的に子供たちの視線に負け、
「ちょっとだけだぞ?」
といい足にちょっとだけ力を込めた。
ふわっと体から何かが抜けていくような感触があり、光の輪が広がる。
「うわぁ……!」
子供たちが素直に歓声を上げた。
それが嬉しくてついつい力を込める。
すると今度は子供たちが青白い光に包まれ、キラキラと光り始めた。
「うわっ! なにこれ? きれい!」
無邪気にはしゃぐ子供たちに、
「元気になるおまじないだぞ」
と適当なことを言う。
「やった! ありがとう!」
素直にお礼を言ってくる少年の純朴な目を見ていると、こちらの気持ちも純粋に晴れていくような気になった。
膝をついて、子供の目線になってやる。
するとローズ嬢が私から降り、子供たちに、
「みんなよかったわね」
と優しく声を掛けた。
「うん! お姉ちゃんもありがとう!」
そういう子供たちをローズ嬢が一人一人撫でていく。
私はその姿を見て、
(ああ、この子は身分を越えて人と接することができる子なんだな)
と思った。
「みんなもおじさんに乗ってみるか?」
そう言って子供たちに視線を送る。
すると子供たちの目がいっせいに輝き、
「乗る!」
「俺、一番!」
「あ、ずるい! 小さい子から先でしょ?」
というような声をあげ、私に群がってきた。
「はっはっは。仲良く順番っこな」
と言って子供たちの好きなようにさせてやる。
そして、夕暮れが迫ってきたのを見て、
「みんな。そろそろご飯の時間だから帰りなさい」
といい、渋る子供たちをなんとか家に向かわせるまで楽しい時間を過ごした。
「いい交流でしたわね」
「ああ。子供を通して交流すると、いろんな人とすぐに打ち解けられるものだ」
「あら。ずいぶん人間のことに詳しいのですね」
「ははは。なにせ神獣だからな」
そんな会話を交わし、またローズ嬢を背中に乗せる。
美しい夕焼けに染まる小さな村の大きな畑を見ながら小走りに駆けていくとなんだか少年の頃を思い出した。
(あのころは毎日が宝物だった。いつからだろう。そんなことを忘れて戦いに挑み始めたのは。思えば愚かな選択だったのかもしれん。もちろん国のためにそれこそ死の間際まで働けたことは誇りだ。後悔などない。しかし私はもっと人生にはいろんな楽しみがあるということを知っておくべきだったのだろう。それを知っていれば私はもっといい政治家になれたのかもしれん)
そんな今さらなことを思う。
そんな私にローズ嬢が、
「人の上に立つというのは難しいものですね」
としみじみ声を掛けてきた。
「なにか悩みがあるのか?」
と率直に聞く。
ローズ嬢は軽く「うふふ」と笑ったが、
「私は民ともっと近い存在でありたいと思っているんですよ」
と言ってきた。
おそらくローズ嬢の中にはなにかしらの葛藤があるんだろう。
それがなんなのかはわからない。
しかし、私は自信を持って、
「人が人を想うことに身分の上下など関係ない。そのことに気が付いているローズ嬢ならきっと自分の道を切り開いていくことができるだろう」
と答えた。
爽やかな緑の匂いを含んだ風が私たちを優しく包み込む。
私はその優しさに心を洗われたような気持ちになりながら、
(これから、この世界でどういう暮らしをしていくのかわからんが、どの世界でも変わらぬ人の営みに感謝して生きていかねばな)
と思い、ふと微笑んで宿所への道を駆けていった。




