総理、犬になる(ただし、フェンリル)。03
「そう言えばノッツはいくつなんだ?」
「はい。二十歳になったばっかりです」
「そうか。それはめでたいな。カンナとリックは?」
「あ、はい。私は十九で、リックと同じです。幼馴染で同じ村出身なんですよ」
「そうか。どんな村で育ったんだ?」
「ド田舎っすね。人より牛とか羊の数の方が多くて、隣の家まで丘ひとつ越えていかなきゃいけないようなところでした」
「ほう。そいつはずいぶんと田舎だな」
と言いつつも、
(うちの実家も似たようなもんだったな……)
などと思う。
そんな風にこちらから会話を切り出していると、ずいぶん打ち解けていくもので、昼を少し過ぎたくらいには、
「ノッツときたら真面目なのはいいけど、真面目過ぎて時々融通が利かないから困っちゃうんすよねぇ」
「それはリックがたるみ過ぎているからだろうが!」
「もう、二人ともケンカしないの」
「別にケンカはしてないさ。ただリックのだらしなさがだなぁ……」
「ノッツもノッツよ。もう少し柔軟性ってものを持たなきゃ。でもリックも少しは反省しなさい。あんた昔っから勢いだけで突っ走ってきたでしょ? 騎士団は規律が大事って隊長も言ってるし、少しはノッツのことを見習った方がいいわよ」
というような砕けた会話を聞くことができるようになっていた。
(なるほど。ノッツは真面目一辺倒、リックは楽天家というか勢い任せで後先考えないタイプらしいな。カンナはどっちかっていうと世話女房タイプか? 二人のことをよく見てバランスをとっている。なかなかいい三人組じゃないか)
と微笑ましく思い、ふと頬を緩める。
それをみた、カンナが、
「すみません、変な話しちゃって……」
と恐縮したが、私はなるべく優しく微笑みながら、
「いや。やはり人間は面白いものだな」
とどこか達観したような気持ちでそう言った。
そんな楽しい道中でさらに情報を得る。
三人曰く、この国は「ラムズフェルド王国」という王国らしく何百年かは知らないが長い歴史のあるそこそこ大きな国だそうだ。
この世界では戦乱にあえぐ国もあるそうだが、ラムズフェルド王国の現在の治世はわりと平和でのんびりしているらしい。
私はどうやら平穏な日々が送れるかもしれないという期待感にそっと胸を撫で下ろした。
そして、この世界の武力についても若干の情報を得る。
最初私に飛んできたものはやはり攻撃の一種らしく、カンナの魔法で光の矢の魔法だということだった。
この世界にはやはり魔法が存在し、人々の生活に密着しているのだとか。
魔獣の魔石という魔獣を倒したあと体内から取り出される石のようなものを燃料代わりにした魔道具というものがあるそうだが、一般には高価なのだそうだ。
しかし、コンロや水道といったものはそれなりに普及しているらしく、王都の生活はそれなりに快適だという。
そんな話を聞き、私は、
(うーん。どうやら中世に昭和初期を足しこんだような感じらしいな)
と思いつつ、三人からいろんな話を引き出していった。
やがて、そろそろ夕暮れかという時間になって、森を出る。
軽く均して整備されたような感じの田舎道を歩いていると、まるで戦国時代の馬防柵のような簡素な柵が見えてきた。
すでに騎士らしき一団が門を固め、槍を突きだして守りを固めている。
そこへノッツが、
「心配ありません。神獣様のご降臨です!」
と大きな声で呼びかけた。
すぐ、馬に乗った人物が大きな槍を片手にこちらにゆっくり近づいてくる。
そしてその騎士は私から少し距離を取ったところで馬を止めると、こちらを鋭く睨みながら、
「状況を説明しろ」
と少しの緊張感を漂わせつつも冷静な声でそう言った。
(ほう。なかなかの胆力だ。それに来ている鎧が明らかに立派だな。もしかして隊長級だろうか?)
と思いつつ、ノッツが報告するのを待つ。
ノッツは私が神獣フェンリルであることや名をソーリと名乗ったことなどを報告し、最後に、
「ソーリ様は人に害を加えることは無いそうです。少なくとも私たちは非常に良い方だと感じました」
と言ってくれた。
それを聞いた騎士が槍を納め、馬から降りる。
そして恭しく膝をつくと、
「ラムズフェルド王国騎士団、第二部隊隊長、ノーバックと申します。先ほどは大変失礼いたしました。平にご容赦ください」
と頭を下げてきた。
「いや。気持ちはわかる。突然、こんなにも大きな犬が現れたら誰でもそうなるだろうからな。それよりノーバック殿。私はこの世界の人間に興味がある。それにぜひとも王に会ってみたい。紹介を頼めるだろうか?」
「王にでございますか? かしこまりました。すぐに近衛の方々に報告いたします。少々お待ちください」
「うむ。よしなに頼むぞ」
そう言って去っていくノーバックを見る。
その様子は、少し慌てているようだったので、私は、
(だよな。普通警戒してそうなるよな。要人警護ってのはそういうもんだ。しかし、隊長級があの程度落ち着いているということは、それなりに訓練された軍事組織とみていいだろう。下手に威圧して警戒されてもかなわん。ここはひとつ外交スマイルでにこやかに乗り切ろう)
と一瞬で判断し、ことの成り行きを見守ることにした。
どのくらい待っただろうか。
辺りが少し暗くなり始めたころ。
松明のような灯りを先頭に、かなり立派な鎧の人物がやや急ぎ足で近づいてくる。
その人物は初めから私に跪くと、
「王命によりお迎えにあがりました。私は近衛騎士団団長のカーニエル・フォン・ラムゼリアと申します。恐れ入りますが、王の待つ建物までお越しいたけますでしょうか?」
と落ち着いた声でそう言った。
(近衛騎士団……SPの隊長ってところか。なるほどやはり落ち着いているな。ということはそれなりの統治機構が働く一団とみてまず間違いあるまい。さて、その上に立つ王というのはどんな人物なのやら)
そんなことを思いつつ、
「よしなに頼むぞ」
とやや威厳をもって答える。
すると、一瞬カーニエルが顔を青ざめさせた。
(あ、しまった)
と少し反省しつつ、
「害をなすことはない。安心してくれ」
と言葉を添える。
そして、いよいよ私は王と面会すべく柵の中へと入っていった。
うやうやしく跪く騎士たちの間を通りなにやら宿のような建物に向かう。
(外国を表敬訪問すると、だいたいこんな感じで迎えられるんだよな)
と呑気に思いつつ、建物の入り口に着くと、
「どうぞ、中へ」
と言われたので、狭い入り口をやや窮屈に通って中へと入っていった。
ちょっとした食堂のような広間にきらびやかだがやや古いヨーロッパ風の服を着た男性と、緋色の華やかなドレス姿の女性が跪いている。
「初めまして。この国の王であらせられるかな? 私はフェンリルのソーリと申す」
とある程度の威厳をもって、しかし、出来るだけ穏やかな口調でそう話しかける。
その言葉に、王らしき人物が、
「このラムズフェルド王国を治めます、王のイクセリウス・エル・ド・ラムズフェリアと第三王女のローゼリアにございます。我が国は心よりソーリ様のご降臨を歓迎いたします」
とやや声を震わせながらもはっきりした口調でそう言ってきた。
「歓迎いたみいる。この世界の人の暮らしというものに興味があってやってきたが、こうしてすぐにこの国の王に会えたのはこちらとしても歓迎すべきこと。今はこの素晴らしい偶然に感謝しよう」
「はっ。ありがたき幸せに存じます」
軽く挨拶を交わした段階で、
(なるほど。立場は完全にこちらが上というわけか。しかし、ここで偉そうにし過ぎてはいかん。下手をすると煙たがられてしまうからな。ここは穏便にただの大きな犬だから安心してくれという感じの空気を出さねば)
と感じ、
「まぁ、そう緊張せずともよかろう、イクセリウス殿。なに、私はのんびりこの世界の人間社会を見学できればそれでいいのだからな。すまんが、しばらくの間この国で世話になることはできるだろうか? もちろん無理にとは言わんがな」
とやや下から申し出る。
すると王はさらにかしこまって、
「我が国をあげて歓待させていただきます!」
と言いガバッと頭を下げてきた。
(ほう。とりあえず、国賓待遇ってことか? それはラッキーだな。しばらくの間は快適に暮らせそうだ)
そんなことを思い、
「うむ。よろしく頼む」
と笑顔で答える。
そして、チラッと顔を上げた第三王女のローゼリアと目が合うと、パチンとウィンクをしてみせた。
いかにも「うふふ」という感じでローゼリア王女が微笑む。
それを見た私は、
(なるほど。これが噂のお転婆姫か。なかなか肝が据わっているようだな)
と思い、ニッコリと微笑み返してみせた。
(どうやら、この世界もそれなりに楽しいようだな。さて、これから犬としてどんな人生を歩んでやろうか)
そう考えてちらりと窓を見る。
そこには銀色の月灯りを受けてキラキラと輝くやたら神々しい犬の姿が映っていた。




