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前世は総理でしたが、今世は王家の犬(フェンリル)として働いております。  作者: タツダノキイチ


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総理、異世界の現実を見に行く

西の辺境伯領から戻り、しばしのんびりした時間を過ごす。

ローズはますます熱心に剣を振り、指揮論や帝王学について学び始めた。

きっと自分に足りないものを必死に探そうとしているのだろう。

その前向きな姿勢を快く思う。

そして私はふと決断し、この世界の様子を見て回ることにした。

久しぶりに王族と晩餐に臨み、そのことを伝える。

「少しの間留守にしようと思う。なに、この世界のことをもっとちゃんと知っておきたくてな」

と言うと王は少し不思議な顔で、

「神獣様でも知らないことがあるのですか?」

と聞いてきた。

「ああ。もちろんだ。知らないことだらけだよ」

と苦笑いで返す。

ローズは一緒に行きたいと言ってきたが、

「今回は人跡未踏の奥地まで行ってみるつもりだ。だから、帰ってきたらまたどこかに旅行に行こう。なに、心配はいらんさ。ちゃんと帰ってくるしお土産も持って帰ってくるからな」

と優しく諭し、その場を収める。

そして、私はたっぷりの食料をもらって、ひとり旅立っていった。

しばらくは普通に街道を歩き、三日目からは森に入る。

そこからはひたすら森を移動し、まずは北部地域に向かった。

山間部に点在する村々を見て回り、時折、人に生活の状況を聞く。

住民は私を見て腰を抜かさんばかりに驚いていたが、王家の名前を出すと少し安心していろんなことを教えてくれた。

イノシシの害に困っているとか、切り開いた土地で作物がうまく育ってくれないとか、そういう話をひとつひとつ丁寧に聞き、まとめてメモしていく。

時には、

「米や麦ばかりに気を取られるな。この地にあった作物が必ずあるはずだから森をよく見て、作れそうなものを作っていくとよい。土壌改良の妙案もきっと森が持っているはずだ」

というような助言をしたり、

「困っていることはきっと王家に伝えよう」

と言って住民を安心させたりもした。

そんな北部の森で植生調査をする。

キノコ類が豊富に取れるのはだいたいの話で分かっていたが、それ以外に奥地でわずかにリンゴの実がなっているのを見つけた。

顔見知りの最北の男爵を訪ね、リンゴの実を渡す。

「きっと実をつけるまでには十年以上かかるだろうが、大切に育ててくれ。きっとこの地域の産業になるからな」

と言ってまた森に入っていく。

静かな森を進み二日ほどで地図にない場所まできた。

(さて。ここからが本番か……)

そう思ってその日は休む。

翌朝。

苔むした濃い緑の香りと、なにかの鳥の声で目を覚ます。

生い茂る森の木々の間をすり抜けてくる眩い朝日の美しさに目を細め、すっと立ち上がると、私は一気に飛び上がった。

空を駆け、滑るように森の中を進んでいく。

途中、オークやゴブリン、トカゲ人間やゴリラなどの魔獣を見たが、画面曰く、

「たいしたことないよん♪」

ということだったので、そのまま放置しておいた。

とにかく森をひたすら北に行き、大きな山の麓に出る。

そこからはその山麓をなぞるように縦走していった。

見たことのない植物を見つけては画面に尋ね、薬効がありそうなものや食用になりそうなものを選択して鞄に入れていく。

(こんなことでも少しは人の役に立てばいいが)

と願いながら作業を進め、三日ほどかけて、山麓を歩ききった。

そこから次は東に向かう。

人跡未踏の地を駆けているとまた山にぶつかったので今度は南へ進路をとり、その山の麓を丁寧に見ながら歩いた。

昼間は地形を見て、簡単な地図を作ったり、植生を調査したりする仕事を真面目にこなす。

そして、夜は料理をし、ひとりの時間を気まま楽しんだ。

くつくつと煮える鍋を見ながら、ひとり物思いにふける。

(厳しい。あまりにも厳しすぎる。この世界でよくぞ人はここまでの繁栄を築き上げてきたものだ。そこには先人たちの途方もない努力があったのだろう。未開の地を開き、文明を起こす。そのことがいかに困難かは重々承知していたつもりだったが、現実を見ると、やはり違う。神獣という便利そうな存在が出てきたらそりゃ頼りたくもなるわけだ)

と思いながら、でき上がったスープを取り分け、ひと口すすった。

「うん。美味いな」

と思いゆっくりと食べ進める。

食べ進めながら私は、

(しかし、私が全部を解決してはいけない。本来ならまったく人の営みに手を出さないというのが正解だったんだろう。しかし、私は知ってしまった。いや、知りたいと思って知ってしまったと言うべきか。ともかくこの厳しい世界で懸命に生き、よりよい未来を次代につなごうとしているまっとうな人間の存在を知ってしまったからには、なにか少しでも彼らの背中を押すことをしてやりたい)

と思い、

「はふぅ……」

とため息にも似た息を漏らし空を見上げた。

明るく輝く月と星。それにうっすらたなびく雲。

空にはそれしかない。

しかし、それだけで完璧な美しさを実現している。

(自然とはよくできたものだ)

と思い見つめていると、ふいにあのバンという青年の顔が浮かんだ。

(バンはこの世界の自然をどう思っているのだろうか? もし戦うべき相手だと思っているならその誤解はいつか解いてやりたい。おそらく西の辺境でいったん環境のバランスが崩れれば取り返しのつかないことになるだろう。環境保全とかかっこいいことを言うつもりはないが、あの地域は自然と共生する道をとるのが正解だろう。いや、あの地域だけじゃない。この世界そのものが自然との共生を前提にしか発展できないような気がする。もし、環境を壊し、道の魔獣が出たらとか既存の魔獣が人の住む町に押し寄せたらと考えるとおぞましい以外の言葉が出てこないからな)

そんなことを思ってまたスープをひと口すする。

ただたんにケチャップとブイヨンで味付けしただけのなんちゃってミネストローネだが、その日の私には妙に沁みた。

ゆっくり休んでまた翌日も動く。

真面目に仕事をしながらずいぶん奥まできたものだと思いふと山の麓を見るとそこに巨大な岩塊があった。

周りとは明らかに異質な岩に違和感を覚える。

「おい。あれはなんだ?」

と聞くと画面はいつものようにふざけた感じで、

「へい、マスター。ありゃ地竜ですぜ! この世界最強の一角っすわ!」

という文字を表示した。

(どうするべきか)

と悩む。

どうやら相手はまだこちらの存在に気付いていないらしい。

「あれは人間が総力をあげれば倒せるか?」

と問うと画面は、

「はははっ! そんなの無理に決まってんじゃん!」

とあっけらかんとした答えを返してきた。

「そうか。やつを倒しておく利益と不利益をあげろ」

と命じ、再び画面が浮かび上がる。

「メリットは二つ。人の安全の担保と森の正常化だね。あれ、たまにバクバク食うから放置すると森が荒れちゃうよ。でもデメリットもひとつ。大きな魔素の持ち主が消えることで他の魔獣が活性化するかもしれないかな?」

と割と真剣な感じで返してきたのを見て、

「なるほど。どちらを選ぶか究極の選択というところだな」

と考えた。

触らぬ神に祟りなしと思ってそのままにしておくのもいいかもしれない。

しかし、森が荒れればそのうち人類は大きな苦難を強いられることになる可能性がある。

(自然の営みをそのまま受け入れるか、それとも人の未来に少しでも安寧の種を蒔くか……)

正直に悩むが、結局私は「人類の未来」に賭けてみることにした。

「やろうか」

そうつぶやいて、地竜のもとへゆっくり歩いていく。

地竜が目を開け、こちらをギロッと睨んできた。

「起こしてすまんな」

と軽く冗談を言う私に向かって地竜が大きく口を開ける。

「グォォォォッ!」

と本当に地面がガタガタと震えるような大音量の声を出し、そのものすごい圧力で思わず吹き飛ばされそうになる。

私は懸命に防御壁を作りなんとか耐えた。

耐えるには耐えたが、二十メートルほど後退させられている。

(なんという威力だ)

と思って今度はこちらだと言わんばかりに、

「わおーん!」

と吠えると、暴風が吹き荒れ、地竜に向かっていった。

周りの木を遠慮なくなぎ倒しながら暴風が地竜に襲い掛かる。

しかし、地竜の皮膚はかなり硬いらしく、ほんのかすり傷程度しかついていないように見えた。

(けっこうな力を込めたが、まだ足りなかったか……)

と少しの恐ろしさを感じ、再び地竜に近づく。

すると地竜はその恐ろしい角をこちらに向け、ドドドドドッ! という地響きを立てながらこちらに突っ込んできた。

「ぬんっ!」

と声を出しその角を押さえる。

しかし、力比べならあちらに分があったと見え、私はじりじりと押され始めた。

(なんのこれしきっ!)

と思い、渾身の力を込めてうっちゃる。

(相撲の国の総理を舐めるなよ!)

と思って振り返ると、地竜が仰向けに倒れていた。

ここだと思って飛び上がり、渾身の力を込めた魔法を一点集中で腹に叩き込む。

青白く光る巨大な矢が地竜のどてっ腹に深々と突き刺さった。

(なるほど。腹は弱かったのか。まるで戦車だな)

と思って地に降りる。

すっかり静まり返ったはいいものの、地面がえぐれ、荒れ放題となった森を見て軽くため息を吐こうとしたその時、全身の力が抜け、思わず膝をついてしまった。

(どういうことだ?)

と慌てて念じる私の目の前に、

「魔力の欠乏だね。無茶し過ぎ! 君も絶対じゃないんだよ?」

という画面が現れる。

(そうか。で、対処法は?)

そう念じると、今度は、

「とりあえず、ゆっくり寝なよ」

と言う文字が表示された。

なんとなく苦笑いされているような気がしてちょっとムカついたが、力の入らなくなった全身をべっとりと地面に着けて腹ばいになる。

地面から伝わるひんやりとした感じがものすごく心地いいと感じた。

(この結果、どう見る?)

と念じる。

いつものようにふざけた答えが返ってくるだろうと思ったが、画面は意外にも、

「わからない。人の未来に賭けた君の選択が間違っていなかったことを祈るよ」

という真面目なものだった。

(どうやらやらかしてしまったようだな。ていうか、どうする? この地竜。お土産にしては大き過ぎるぞ)

と思い、私は苦笑いを浮かべた。

ゆっくりと降りてくる眠気の中で改めてこの世界のことを想う。

(厳しい世界で頑張る者たちがいる。その人たちの営みはどこまでも美しい。それはきっと人の懸命さゆえだ。私がこの世界でどう生き、なにを成すべきか。答えはまだない。しかし、これからも人が懸命であり続ける限り側で見守ってやろう。きっとそれが、私に与えられた命題というやつなんだろうからな……)

気が付けば西の空が夕焼けに染まっている。

世界の全てをオレンジに染めてしまうかのようなはかなくも力強いその光を浴びながら、私は、

(みんなに幸あれ)

と願い、ゆっくりと瞼を閉じた。

静かな呼吸の中でみんなの顔が浮かび上がってくる。

ローズをはじめとした王族、バン、騎士、そして名もなき町の人々。

みんな楽しそうに笑い、生き生きとした目をしているのが印象的だった。

どこかの子供がニパッと笑った笑顔を思い出し頬を緩める。

(さて。そろそろ帰るか。ふっ。帰るべき家があるというのはいいもんだな。そう思えばペット生活も悪くない。しかし、この世界へのかかわり方はもっと考えんといかん。それが大人ってやつの役目なんだろうからな……)

そう思ったところで私は森を渡る涼やかな風を感じながら静かな眠りに就いた。


第一部 了 第二部に続く


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