総理、西に行く01
怒涛のように社交の季節が過ぎ、そろそろ各貴族が領地に戻っていくころ。
西の辺境伯、バンシュタイン・エル・クリストフからお茶の誘いがくる。
実を言うと他の貴族からもお茶の誘いは受けていたが、全部断っていた。
しかし、あのどこか達観したような目を持つ青年のことが気にかかり、受けることにする。
ローズ嬢は、不思議がり、
「なぜ、西の辺境伯にそんなに興味を?」
と聞いてきたが、私は、
「なんとなくさ」
と答えて少し誤魔化した。
実は西の辺境についてはあれから資料を読み返したが、辺境というにしては落ち着いた治世を敷いているのに、時折税収にわずかなブレがある。
ということはなにか原因があるのではないだろうかという私の勘が働いたというのも今回のお茶の誘いを受けた一因かもしれない。
ともかく私は王都にある西の辺境伯屋敷に行き、ごく質素な服に身を包んだバンシュタインから出迎えを受けた。
「あまり気張った感じが無い方がいいかと思いましてこのような形を取らせていただきました。まぁ、私も普段通りの方が楽ですし」
「かまわん。私もその方が楽だ」
「ありがとうございます。ゆっくりと話ができそうですね」
「ああ。楽しみにしてきたよ。そうだ。土産がある。ラズベリーパイだ。一緒に食おう」
「いいですね。では少し渋めの紅茶を淹れさせましょう」
「ほう。甘い物は苦手か?」
「いえ。ただ食べ慣れないので多少苦みがあったほうが嬉しいですね」
「そうか。辺境というのは厳しい土地なんだな」
「いや、単純に私の食生活が荒んでいるだけですよ」
「なに。それはいかん。為政者たるもの常に健啖でなければな」
「ははは。やはり神獣様は面白いお方だ。妙に人間臭い」
「ふっ。よく言われる。ああ、私のことはソーリでいいぞ」
「かしこまりました。ではソーリ様と。私のことはバンとお呼びください」
「わかった。では遠慮なくバンと呼ぼう」
「ありがたき幸せに存じます」
というような挨拶を交わしさっそく屋敷の中に入る。
そこはさすがに貴族の屋敷らしくしっかりとした造りの広々とした屋敷だったが、装飾は最低限と言った感じで、どこか田舎風だという印象を持った。
広い廊下を歩きながら、
「どうも美術品には興味がありませんでね。なんとも味気ない館だとよく言われます」
「なに。趣があっていい。それに落ち着く」
「そう言っていただけると幸いです。我が家は伝統的に質素倹約を好むのですよ」
「ほう。東とは大違いだな」
「ええ。あそことは馬が合いません」
「はっはっは。これはまた正直にぶちまけたな」
「ふっ。周知の事実ですから」
と話しサロンに入る。
サロンもやはり飾りっけがなかったが、質素ながらも一流とわかる調度類を見て、
(質素倹約というより、質実剛健といった風なのか)
と西の辺境伯家の家風を想った。
「たしか早くにお父上を亡くされたのだったな」
「ええ。十二歳の時でした。魔獣討伐の時です」
「そうか。苦労されたようだ」
「ええ。そうとうな苦労をいたしましたよ。最初は母と姉が生きていたのでなんとかなりましたが、二年後には母も流行り病で逝き、姉も嫁に出ましたので、そこからは実質独り暮らしです」
「そうか。それは壮絶な人生だ。いや、多少同情する。しかし、今のバンを見ていると、それもまた運命と思って受け入れているように見えるが、違うか?」
「いえ。その通りです。しかし、半分は諦めですがね」
そう言ってバンがシニカルに笑う。
私はその笑顔を見て、
(やはりこいつは危ういな)
という印象を持った。
「それは致し方あるまい。ということは食生活が荒んでも仕方ないだろうな。しかし、食わねば戦えん。良き戦いをするには良き食べ物を食べることだ。食は人間の基本だからな」
「やはりソーリ様は面白い方ですね。まるで歳を重ねた人間のようなことをおっしゃる。それも神獣なればこそなせる業のひとつですか?」
「まぁ、そうだな。しかし、いまだに人間という生き物のことがわからずにいるというのもまた事実だろう」
「たしかに。私もわかりません。小さい子はあんなにも素直だというのに、どうして大人になるとああなってしまうのでしょうね」
「ははは。側に小さい子がいるのか?」
「ええ。姉の子が。そろそろ三歳になります」
「ということは、姉上も?」
「ええ。二年ほど前に」
「そうであったか」
「優しい人でした。私のために好きでもない伯爵の元に行き、裏からこっそり支援してくれていたのですが、それがいけなかったようです。夫だった伯爵はそれを裏切り行為だと言って姉が亡くなってすぐ、まだ乳離れしたばかりの娘を私の所に送り付けてきました。まるで犬猫を捨てるかのように」
バンが初めて感情らしい感情を露にする。
しかしその感情はどこまでも純粋な憎悪だった。
そんなバンを見て、こちらも苦々しい気持ちになる。
「……。愚かなことをしたものだ」
と言いつつも私は、
(本来この子は愛情の濃い人間なんだろう。だからこそ、憎悪も濃くなってしまう)
と思い深く胸を痛めた。
「ええ。そしてとっとと我が家の派閥を出て行きましたよ」
とまたシニカルな表情に戻って淡々と言うバンに、
「派閥か。あれは面倒なものだからな」
と言って少し話題の矛先を変える。
するとバンは、
「まったくです。派閥なんぞ解消してしまいたいですが、それでもうちを頼りにしてくれている子爵家や男爵家があります。そこを無下にはできません。それで今困り果てています」
と困ったような笑顔を作ってそんなことを言ってきた。
「なるほどな。その辺りが現在の悩みの種か」
「ええ。なにかうまい方法を思いつかれませんか?」
「いや。こればっかりは地道にやるしかないだろう。他の派閥に頭を下げて構成員を引き取ってもらうか、派閥を大きくしていくかの二択だろうな。現状維持というのが一番いけない。じり貧に追い込まれて窮地に追いやられるだけだからな。そうなると外圧で派閥が崩壊するという最悪の展開が待っていることだろう」
「なるほど。確かにそうですね。しかし、こればっかりはなんとも……」
「とりあえず、今の勢力図は?」
「え? ああ、地図をお持ちしましょう」
そんな話で急遽作戦会議のような雰囲気になる。
私たちは甘酸っぱいラズベリーパイをつまみつつ、苦々しい話をした。
「なるほど。自分の領地とそこに連なる領をしっかり固めているのはいいな」
「ええ。そこは伝統的な地盤ですから」
「なるほど。その他に切り崩せるとしたら?」
「隣の伯爵領を中心とした派閥でしょうか? ここは利に聡い者が多い集団です。それなりの利を示せばこちらになびくこともあるでしょう」
「なるほど。一時的な数合わせならその手も使える。しかし恒久的なものにしようと思うならその手は悪手だろう」
「やはり信頼関係が?」
「ああ。利に聡いものは義に薄い。強引に姻戚関係を作って取り込むのも悪くないだろうが、それは好まないんだろ?」
「ええ。しかし、いざとなれば……」
「いや。それは良くない。自分の人生はもう少し大事にしないとな」
「なにゆえ?」
「自分の人生を楽しくできない人間に他人の人生を楽しくすることなどできないからさ」
「そうでしょうか?」
「ああ。そういうもんさ」
と少し自戒を込めた言葉を発する。
私がこんなことを言ったのはおそらく、
(私は所詮うわべだけの幸せで生きてきたのかもしれん。もっと自分の人生と本能的に向き合えばよかった)
という後悔がどこかしらにあったからだろう。
私は目の前にいる有能な青年がその人生をもう少し楽しんでくれる未来を想像しながら、また相談に乗り始めた。




