総理、社交の場に立つ03
「王におかれましては、大変ご機嫌麗しゅう存じます」
「うむ。ドワイエル伯爵。久しいな。壮健か?」
「ご覧の通りまだまだ若い者には負けぬつもりで頑張っております」
と言ったところに王が、
「ドワイエル卿ももうお歳だ。ご無理はなさらないようにな」
と一見優しい言葉を掛けた。
(違うっ!)
と思わずつっこみかける。
(その言葉は言ってはいけないだろう)
と思ったが、出た言葉が引っ込むはずもなく、そのドワイエル伯爵は少しムッとして、
「そう年寄り扱いされますな」
と言った。
「あ、いや。そういうわけではないが、体には気を付けてくれよ」
と弁解するがもう遅い。
ドワイエル伯爵はかなりムッとして、
「王よ。この際ですから諌言申し上げる」
と言った。
「ああ。聞こう。臣下からの進言には耳を貸さねばならないからな」
王はそう言うが明らかに面倒臭そうだ。
(顔に出すとは……)
と思うがもうどうにもならない。
ドワイエル伯爵はますます怒ると、
「王はこの国の伝統をいかにお考えか? 商売を褒めるばかりで儀礼に見向きもせず、無駄に北方に軍を差し向けるなぞ、王の役割ではありますまい! それになんですか。王女に剣を振らせあたかも指揮官のように扱うなど言語道断ですぞ!」
とこの際なんでもかんでも言ってやろうという感じで怒りをあらわにした。
「まぁ、そう怒るな。ドワイエル卿。たしかに儀礼に厳しい卿のお考えはわかる。しかし国家は運営せねばならんのだ。そのことも理解してくれないだろうか?」
と王が柔らかく答えるが、それもまた火に油を注ぐことになる。
「私がこれまで王家に仕え、儀礼を取り仕切ってきたのを外したのは王でございましたな? そのことしかと覚えておりますぞ!」
そう言って怒るドワイエル伯爵を見て、私は、
(重鎮には重鎮の扱い方ってものがあるだろうに)
と思い、密かに軽くため息をついた。
しかし、話は急に、私に向けられる。
「よりにもよって晩餐会に犬を連れてくるとは何事ですか! こんなこと見たことも聞いたこともございませんぞ!」
という言葉を聞いてさすがの私も少しイラっとしてしまった。
「失礼。卿はさきほど儀礼の話をされていたと思うが、それはお飾りの話ですかな?」
と言葉を掛ける。
「お飾り?」
きょとんとしたドワイエル伯爵がオウム返しに聞き返してくるのに、私は余裕を持って、
「ええ。上っ面だけのお飾りが重要だということをおっしゃっているのだと理解したが、違うかな?」
とさらに聞き返した。
「儀礼をお飾りとは! なんと失敬な犬だ!」
と怒り出す伯爵を見て王が狼狽える。
(バカ。狼狽えるな)
と思いつつ、軽くため息を吐き、
「儀礼じゃ飯は食えんと知れ!」
と一喝した。
ドワイエル伯爵が腰を抜かす。
気のせいでなければなにかを言おうとしているようだが、私は構わず、少し声を落とし、
「儀礼は大事だ。しかし、儀礼に重きを置くばかりで民の胃袋を満足させてやれなければ血税をもらって生きる貴族の役目を放棄したのと同義だろう」
となるべく優しく語り掛けた。
「……ぬぅ」
という典型的なうめきが聞こえる。
そこに私は、
「ドワイエル伯爵。私はこの席に臨むにあたって各領の書類に目を通した。貴殿の領地は伝統的に農業が強い。しかし、近郊農業に力を注ぐあまり、成長が頭打ちになってしまっている。発展を望むならまずその辺りから手を付けるといいだろう。貴殿が領を豊かにしようと考えればきっと王も力を貸してくださるはずだ。もちろん私もできる限りのことをしよう。いろんな想いはある。しかし、この国を良くしたいという根本は同じはずだ。意見の相違は合ってもいがみ合うのではなく、互いの良さを認め合うことから話を始めようではないか。幸い今宵は無礼講だ。存分に話し合おう」
と言い、すっと立ち上がってドワイエル伯爵に聖魔法をかけてやった。
なんとか立ち上がったドワイエル伯爵に、
「向こうで飲もう。私でよければどれだけでも話を聞くからな」
と言って連れ出す。
私は軽く王にウィンクをすると、心の中で、
(もっとうまくやれよ)
と言い、その場を収めた。
その後、酔って泣きながらも貴族とはなにかということを熱く語るドワイエル伯爵を慰めたり諭したりしているうちに晩餐会が終盤を迎える。
ドワイエル伯爵は酔いつぶれてしまったようで、なにか愚痴のようなことを言いながら、執事に肩を借り席を離れていった。
(ふぅ……)
とため息を吐き、ふと窓の外を見る。
相変わらず綺麗な星空を見て、私は少しバルコニーに出てみることにした。
夜風に当たりながら、軽くケニッヒを飲む。
すると横から、
「いやぁ、さっきのは良かったですね。あの爺さんには私も苦労させられた方ですが、ああいう丸め込み方がありましたか。勉強になりましたよ」
と声を掛けられた。
「ほう。お恥ずかしいところをお目にかけた。知っていると思うが私はフェンリルのソーリという。そちらは?」
「初めまして。神獣様。西で辺境伯をやっているバンシュタイン・エル・クリストフです。以後御見知り置きを」
「ほう。まだ若いように見えるが、しっかりしているな。いくつかな?」
「ははは。もう二十一です。早くに父を亡くしましたので、十五から辺境伯をやっていますよ」
「そうか。それは難儀なことだったな」
「ええ。難儀も難儀。難儀だらけでこのザマです」
と言って触ったバンシュタインの髪は真っ白に見えてところどころ黒いものが混じっている。
私はそれだけで、苦労をしのび、
「人生とはままならんものだな」
と一言そう言った。
「ええ。まさに。しかし、神獣様と聞いてどれほど気高い方なのかと思っておりましたが、案外人間臭いのですね」
「ふっ。人は嫌いではないからな」
「なるほど。それは興味深い。そのうち我が家にも遊びに来てください。あなたとはいろいろ話してみたくなりました」
「ははは。それはありがたいな。人間は嫌いか?」
「どうでしょう。家族と使用人は好きです。しかし、家を一歩出ればそこは茨の道ですからね。魔獣を相手にしているのとさして変わらないように思うことさえありますよ。……いや、単純なぶん魔獣を相手にしているほうが楽かもしれませんね」
「ははは。それはまたずいぶんと達観したものの考え方だな。貴殿は面白いな。その胆力は魔獣と戦って培ったものか? それとも?」
「おそらく人間と戦って培ったところが大きいでしょうね」
「そうか。ならば私と同じだ」
「というと?」
「ははは。神獣には神獣なりの苦労があるということだよ」
「ははは。そうですか。なにかうまく誤魔化されてしまいましたね」
「ふっ。気にするな」
そんな言葉を交わし、ついでにグラスも合わせる。
それからもバンシュタインと少し話をした。
「この見た目と性格のせいで周りからは鋼の心臓とか氷の心臓とか言われてますが、どうにも褒め言葉にしか聞こえないので困っておりますよ」
「ふん。良いではないか。素直に褒め言葉として受け取っていれば。本人が気にしないのが一番相手に効くからな」
「なるほど。それはいいことを聞きました。どうです。本当にうちに遊びに来ませんか? 西の辺境は肉くらいしか美味いものがありませんが、酒と魔獣には不自由しませんよ?」
「そうか。このケニッヒを作っているのか?」
「ええ。それにワインも。最近では焼酎にも挑戦しているところですね」
「ほう。それはいい。ぜひともお邪魔しよう。ああ、そうだ。その時はローズ嬢を連れてきても?」
「ローズ……。ああ、ローゼリア殿下のことですか。そうですね。殿下がお嫌でなければぜひ」
「わかった。ローズ嬢にも伝えておこう」
「ええ。お待ちしておりますよ」
と話しお互い会場に戻る。
バンシュタインは終始壁の花になっているようで、会場に戻っても一人静かに淡々と酒を飲んでいた。
どこか寂しげながらも強い信念をもっていそうな若い男との出会いに、
(これだから出会いというのは面白い)
と思いつつ、適当に酒を飲み、貴族たちからの挨拶に応じていく。
そしていつの間にか夜が更け、晩餐会は無事閉会した。
反省しきりの王に、
「こういうのは後の付き合い方が重要だ。煙たいのはわかるが、しっかり自分の信念を伝えるのがいいだろう。まずは水面下で根回しをして親書を送るくらいから始めたほうがいいだろう」
と助言し、自室に戻る。
私はふんわりと香るケニッヒの甘い残り香を感じつつ、柔らかい気持ちでゆっくりとベッドに寝そべった。
半分欠けて白く輝く冷涼な月を見てバンシュタインのことを思い出す。
(久しぶりに面白いのに会った。あれは将来化けるぞ。しかし、扱い方を間違えれば悪い方に化けてしまうタイプの人間だ。王が気付けばいいが、あの王はそこまで気が回らんだろう。これは私の方で早めに手を打っておいてやる方がいいか……)
とついお節介なことを考えつつ目を閉じる。
フェンリルの体になってから酔いというものをまったく感じなくなったが、今日はどことなくほろ酔いに似た気分で一日を終えることになった。
開け放った窓から優しい風が吹き込んでくる。
(さて。明日はどんな風が吹くやら)
そう思って私はゆっくりと頬を緩めつつ、眠りの世界に旅立っていった。




