総理、社交の場に立つ02
「よくある子供向けのおとぎ話ですわ。それこそ勇者が剣で竜を倒すような。そういうものばかり読んでおりました」
「まぁ。それでローゼリア様の勇敢な心を持たれるようになられたのですね」
「いえ。そういうわけでもございません。剣は小さい頃から好きでしたから」
「私、武芸は全然だめですの。でも、水魔法は得意ですから、小さい頃はよくお風呂で水の球を浮かべて遊んでおりました」
「あら。それは羨ましいわね。私は火魔法と風魔法しか使えませんの」
「それも羨ましいですわ。私も火魔法が使えたらもっと上手にお茶を淹れられるのにといつも思っておりますのよ」
「あら。お茶を淹れるのに火魔法をお使いになりますの?」
「はい。うちのメイドが得意なのです。なんでもちょうどいい温度を保てるんだそうですわ」
「あら。それはいいことをききました。今度試してみますわね」
「はい。お役に立ててなによりです!」
最後は少女らしく笑顔を浮かべ合う二人を見て、ほっとしながらまたゆっくりとお茶を飲む。
その後もローズ嬢が会話に詰まる度に助け舟を出してやった。
(ちょっとお節介が過ぎただろうか? いや、でも孫が困っていたら助けるのがじいさんの役目だしなぁ)
と思って少し苦笑いをする。
そして、ローズ嬢がいよいよ北部の令嬢に声を掛ける順番がやってきた。
「ローゼリア王女殿下。そして神獣様。われらが故郷をお救いいただき誠にありがとうございます。一同を代表して厚く御礼申し上げます」
「いえ。無事でなによりでした。その後、お困りごとはなくって?」
「はい。おかげ様で息災にしております」
「そうですか。それは良かったですわね。私は、北部の発展が我が国の発展に欠かせないものだということをしっかり理解しております。これからもそれを忘れずお励みなさい」
「もったいなきお言葉をいただき、恐悦至極に存じます」
と、そこで会話が終わろうとする。
私はそこで、軽く、
「ローズ嬢も米を食って美味しいと言っていた。自信を持つがよいぞ」
と声を掛けると、代表者の少女がパッと目を輝かせ、
「ありがとう存じます!」
と嬉しそうな声を上げた。
それを見てローズ嬢が、
「励めば結果は出るものです。これからも美味しいお米ができるよう期待しておりますよ」
と声を掛ける。
そこには微笑ましい空気が流れ、その場に小さく拍手が起こった。
おそらくこれは奇跡的なことなんだろう。
北部の少女たちが危うく涙を流しそうになっている。
私は、
(そういう目配せが支持率を上げるんだよなぁ)
と打算的なことを思っていた自分を少し恥ずかしく思いながら、少女たちの純粋なやり取りを心にそっと刻んでおいた。
その後、無事お茶会が終わり、ローズ嬢が自室に引き上げる。
私はなんとなく心配で付き添ったが、ローズ嬢は心底疲れたように、
「はぁ……」
とため息を吐いてソファにぐったりと座ってしまった。
「やはり慣れないか?」
「ええ。でも、今回はずいぶんうまくできました。ソーリ様のおかげですわね」
「そんなことはない。最終的にはローズ嬢が自分の力で勝ち取った勝利だ」
「だといいのですが」
「特に北部の少女たちの心を掴めたのがいい。あれはいい出来事だった」
「しかし、それもいずれ妬みの原因になるのではないかと思うと喜んでばかりもいられませんわ」
「それは仕方ないさ。八方美人はいずれ八方から刺される。大切なのは自分の信念を曲げず、それを伝え続けることだ。万人の理解を得ることは難しくとも大多数の理解を得ることはできるからな。信じた道を行けばいい。きっとその後に続く者たちが出てくるからな」
そう言って、ローズ嬢の頭に軽く手を置く。
ローズ嬢は少しびっくりしたような表情を浮かべたが、すぐに柔らかく微笑むと、
「はい。ソーリ様」
と言って私の胸に抱き着いてきた。
(疲れたろう。こういう時は甘やかしてやるのが一番いい)
そう思ってローズ嬢のやりたいようにやらせる。
ローズ嬢はしばらく私に抱き着いていたが、そのうち、少し恥ずかしそうな顔で、
「失礼いたしましたわ」
と言い私から離れた。
「いや。支えてくれる者の支えに甘えるのも為政者の務めの一つだ。安心して甘えればいい」
そう言ってまたローズ嬢の頭を軽く撫でてやる。
ローズ嬢はどこか恥ずかしそうに頬を染めながら、
「……はい」
と小さく微笑んだ。
翌日。
王主催の晩餐会に臨む。
控室で緊張気味の王たちを見て、ほんの少しだけ昔の自分を思い出す。
(初めてのパーティーの時は緊張したもんだ。支持が固まるかどうか微妙な存在だったり、明らかに不支持なやつがいたりしてヒヤヒヤしたものだ。晩年はずいぶん慣れたが、それでも毎回それなりに緊張してたっけ。やっぱりただのわんこは気楽なものよ)
と思い、密かに頬を緩める。
そしていざ出陣となり、王族一同が会場の扉をくぐった。
拍手喝さいの中、いわゆる上座に座る。
どうやら高位貴族以外は立食のようで王が座っても立っている人間が少なからずいた。
すかさず執事やメイドが飲み物を配り始める。
そしてそれが全員に行き渡ると執事が軽く合図を出して王が立ち上がった。
「今年もこうして良き日に集まり、良き友と出会えたことを心よりありがたく思う。今宵は無礼講である。存分に楽しんでほしい。では、この素晴らしきラムズフェルドの未来に、乾杯!」
「乾杯!」
王が音頭を取って盃が掲げられたところで、場内に静かな音楽が流れ始める。
私はなんとなく癖で周囲を軽く見渡し、それぞれの表情を観察してみた。
楽しげに話す人、どこか面白く無さそうにしている者、どちらもいる。
壁際には何をどうしていいかわからず戸惑っている人もいるようだ。
私はそこでふと思いつき、耳に力を集中させてみた。
「聴力拡張、OKっす!」
というふざけた画面をいつも通り無視し、まずは楽しげに話す人たちの声を聞く。
そこではやはり貿易がうまくいっているとかいう話が中心になっていたので、
(どこの世界も変わらんなぁ)
と思い、次は不機嫌そうな人たちの方に耳を傾けてみた。
「貴族が商売にうつつを抜かすとはなんとも不潔な時代になりましたなぁ」
「ええ。今の王家は貿易の振興にばかり力を裂いて伝統のある家を軽んじる傾向がありますから、余計に嘆かわしいことです」
「それに、第三王女はもう十七だというのに婚約者を決めていないらしいぞ?」
「女だてらに剣を振り回すとか。なんと下品な」
「まったく。王国の伝統をなんだと思っているのか」
という声が聞こえてくる。
(ふっ。まぁ、そういう勢力はどこにでもいるもんだよな。おそらく王族も知っていることだろう。王は慣れたもののようだし、王太子はどこか楽天的だから軽く流せるだろうが、ローズ嬢はどうだろうか? おそらく気にしてしまうんだろうな)
と思いつつ、緊張して少し不機嫌そうに見えるローズ嬢に目をやった。
(ああ、ああ。綺麗なお顔が台無しですよ、お嬢様)
と心の中で軽く冗談を言っていると、王の元に高位貴族たちが挨拶をしにくる。
「お久しぶりですな。イクセリウス陛下」
「おお。これはノーゼンライツ殿。ご壮健そうでなによりだ」
「王が使わしてくださった整体師のおかげ様で腰の具合もよくなりましたよ」
「それはよかった。世の肩こりもそれで直してもらったからな」
「お互い心労が絶えませんからな。これからも気を付けて長生きしましょうぞ」
と、いかにも中高年男性らしい言葉を交わしているのは最初に来たから公爵家だろう。
公爵家と王家は親戚筋にあたるらしく、代々良い関係を築いているのだそうだ。
公爵は王妃、王太子、ローゼリア嬢の順番に軽く挨拶をし、私にも、
「先日はうちの奥が世話になりました。なんでも魚を生で食べるという話でしたな。帰ったらさっそく試してみることにいたしましょう」
という話をして早々に席に戻っていった。
そして今度はその公爵自身が挨拶を受ける立場になっている。
(こういうのにも順番ってあるんだよなぁ)
と思いつつ次々に挨拶を受けていると、先ほど、不平不満を言っていた連中がやってきた。




