総理、北方視察(遠足)に向かう02
「ああ。軽くて高いと言えば、絹織物なんてどうだろうか? エリザベス殿が着ていたドレスが絹だったように思うが?」
「確かに絹はこの国では生産されておりません。全て東方諸国からの輸入品になります。その技術がこの国でも開発できるかもしれないということですか?」
「わからん。だが、研究してみる価値はあるだろう。それなら研究開発への投資だから地域の均衡うんぬんを考えなくてもいいのではないか?」
「そうですわね。国の事業としてやればなんとか予算措置できるかもしれません」
「ならばやってみる価値はあるだろうな。失敗したところで、それほどの損害にもならんだろうからな」
「ええ。何人かの研究者を専属にするくらいなら問題ありませんわね」
「ならやってみるといい。そういう可能性に賭けるくらいしかこの地域に活路はないように見える」
「確かにその通りですわね。まずは米の商品価値を高めて王都でも流通するようにするのと、醤油や味噌を売り込むことが第一歩でそれが上手くいけば、次の産業育成に投資できるという感じでしょうか?」
「ああ。米や醤油、味噌はあくまでも一時しのぎだ。販路が拡大したところで、生産量が激増するわけでもないだろうからな。当面は各貴族に珍しくて美味しいものとして売り込むといい。庶民には手が届かなくても貴族なら王家が宣伝すれば喜んで買うんじゃないか?」
「ええ。貴族が真似すれば裕福な層が必ず真似をします。そうやって地道に販路を広げていくなら、それほど経費も掛からずすむでしょう」
という感じで、どんどん話が広がっていく。
(やはり経済というのは面白いものだ。いったん回りだせばどんどん回っていくし、止まればそこで国の命が尽きてしまう。まるで血液だな)
と思って嬉しそうにあれこれ考えるローズ嬢の話を聞く。
ローズ嬢は、
「もし、本当に織物が生産できたら、この地域ならではの草木染なんかも面白いかもしれませんわね。たしか昔はそんな風に織物を染めていたとなにかの本で読みましたし、新しい色でしかも上質な布ができればけっこうな高値で取引されると思いますわ」
とどんどん想像の幅を広げていった。
そんな話でひとしきり盛り上がり、男爵家の心尽くしをいただく。
その席で米のことを話し、精米技術の向上について水車を使えば簡単になるだろうというような話をした。
さっそく試してみるという男爵の嬉しそうな顔を見て、醤油や味噌の可能性を語る。
大変かもしれないが、今後は王都や他の町の情報をとにかく仕入れることが重要だと説くと、男爵は納得してくれたようで、
「資金的な問題もありますから、うちだけではできません。すぐに近隣の貴族にも声を掛けてなんとか定期的に王都へ人を派遣できるようにしましょう」
と前向きな言葉をくれた。
(厳しい流通環境のせいで情報まで過疎化している現状を変えれば、あとは自然と変わっていくだろう。もちろん時間はかかるだろうが、少なくとも未来は切り開かれていく)
と思いながら、この地域の発展を願って客室に下がる。
ローズ嬢もなにかしらの手応えを感じたらしく、どこか活き活きとした目で、
「なにかが変わるかもしれないって思うとワクワクしますわね」
と言って顔をほころばせていた。
翌日。
森に向け行軍を開始する。
今回の目的はあくまでも野営訓練が主で、実戦訓練はできればという程度だったので、みんなそれなりに気楽な気持ちで森に向かっているように見えた。
一日かけて森を進み、やや開けた場所に出る。
そこが今回の演習地ということで、そこでさっそく設営の訓練が始まった。
単なる野営とは違い野営陣地の構築訓練ということで、かなり本格的な陣地が出来ていく。
暗くなるまで作業を続け、ある程度陣地が完成したところで、その日は休息を取ることになった。
夜間の哨戒任務も交代で行うらしく、少し騒がしい夜を過ごす。
そして、翌日は本格的な陣地構築が始まり、若者たちが汗水たらして馬防柵を作ったり塹壕を掘ったりしていた。
そんな様子を見て、感心しながら森に入っていく。
ローズ嬢も行きたがったが、
「指揮官が現場にいなくてどうする」
と諭し、私はひとりで気ままに散歩を楽しむことになった。
久しぶりに味わう森の空気を胸に吸い込み、その爽やかさにほっと息を吐く。
苔むした森の濃い緑の香りを嗅いでいると、なんだかこの世界に生まれたあの日のことを思い出し、少し感傷的な気分にもなった。
軽く飛び上がり、森の先を見る。
すると少し先に大きめの池があるのが見えたので、行ってみることにした。
空を駆け、森をくぐると三十分ほどで池のほとりにつく。
意外と澄んで静かな水面に映る自分の姿を見て、
(やっぱり犬だよな)
と再確認して苦笑いを浮かべていると、遠くからなにやら喚き声のようなものが聞こえてきた。
(はて?)
と思い飛び上がる。
すると、なにやら二足歩行の豚の化け物が大群で押し寄せてきているのが見えた。
(ん? もしかしてあれがオークとやらだろうか?)
と思い、少し悩む。
もしオークなら騎士たちの訓練にはちょうどいいはずだ。
しかし、かなり数が多い。
どう見ても二十か三十はいる。
私は、
(五十の騎士に三十の化け物は厳しかろう)
と判断すると、軽く空中を蹴り、その化け物たちの前に着地した。
「静まれ!」
と一括して群れの動きを止める。
見れば何匹かはそこで息絶えたようだ。
ガクブルと震えながらも敵意をむき出しにしてくる残りのオークに向かい、
「来れば殺るぞ!」
と静かに脅し文句を言う。
すると、そこでまた何匹かのオークが息絶えた。
それでも残った何匹かに、
「根性だけは認めてやろう」
と言って、
「喝っ!」
と叫ぶ。
そこで戦闘は無事終了した。
「さて。どうしたものか?」
と思い、
(処理方法を教えろ)
と念じる。
するといつもの画面が出てきて、
「まとめて燃やしちゃいなよ、ベイベー!」
という文字が出てきた。
「ベイベーってなんだよ」
と思わずツッコミつつも、風魔法を使ってオークを集め、小高く積み上げたところで、
「燃えろ」
と念じる。
するとオークが青白い炎に包まれ、一瞬にして灰になってしまった。
灰の中になにやら光るものを見つける。
どうやら赤い宝石のようだ。
「これはなんだ?」
という問いに、
「魔石っす。親分!」
という回答が帰ってくる。
「ベイベーの次は親分か。ずいぶん統一性がないな」
と冷静にツッコミつつ、
(よくわからんが持って帰るか)
と思い、その魔石とやらを風魔法でひとまとめにする。
そして私はその魔石なるものをふよふよと浮かせて持ちながら、ゆっくり森の中を散歩しながら野営陣地に戻っていった。
野営地に戻り、さっそくローズ嬢に報告する。
ローズ嬢はかなり驚いた表情で魔石を見ていたが、中から、少し大きな魔石を拾い上げると、
「これって、ロード……」
とつぶやき、顔を青ざめさせた。
「ん? やっぱり訓練用にこちらに回した方がよかっただろうか?」
と聞く私にローズ嬢が激しく首を横に振る。
「どうした?」
と尋ねると、ローズ嬢は少し興奮と焦りを足して二で割ったような表情で、
「ありがとうございますわ。もしこの群れが来ていたら死者が出ていたと思います。本当に助かりました」
と言って深々と頭を下げてきた。
「そうか。役に立ったのならよかった」
と言い、そばにいた騎士にお茶を頼む。
それからローズ嬢の説明を聞くと、どうやらオークはオークでもオークロードという群れを率いて凶暴化したオークが現れていたようで、もし放置していれば大変なことになっただろうと教えてくれた。
(なるほど。退治できてよかった)
と思いつつ私はゆっくりとお茶を飲んだが、ローズ嬢はなにやら真剣な顔で、地図を見ながら、ぶつぶつつぶやき始める。
そして、ローズ嬢はすぐに騎士団の隊長を呼ぶと、
「念のため警備に十名ほど村に残してあとは撤退します。国境警備班に連絡して急遽警戒網を敷きなさい。伝令を急いで、私は王都に戻ってすぐに防衛体制の見直しに取り掛かります」
と指示を伝えた。
(おっと。考えていたより大ごとだったな。大丈夫だろうか?)
と思いつつも現場の判断に任せ、ローズ嬢の指示に従う。
私は予定より一日早くピクニックが終わってしまうことを残念に思いながら、みんなと一緒にその場を後にした。
静かな森を急いで撤退するみんなの後に続きながら、なんとなく自分がこの世界に来たことの意味を考える。
(私はこの世界でなにをなすべきなのだろうか? はたまたなさずにおくべきなのだろうか? おそらく私は人知を超えた存在だ。その存在が出しゃばりすぎれば人の歩みが止まってしまう。しかし、人が歩みを止めざるを得ないような状況になったら私が助けた方がいいのだろう。その線引きが難しいところだな。あまりしゃしゃり出て利用されてもいけないし、本当に難しいところだ。くれぐれも判断を誤るなよ)
と自分に言い聞かせつつ、私に頼らず自分の頭で考え足を動かしているローズ嬢を見てなんとなくこの世界の頼もしさを見たような気になった。
午後の陽に染まる森を抜け村に戻る。
私はその閑散としつつも穏やかな生活の匂いが息づいている地を見て、
(この村を守れたのなら、とりあえずはよかったな)
という感想を持った。
狭い畑を夕日が染める。
その美しい光景を見て私は、
(この世界でなにをなすべきか……)
と改めて自分に問いかけ、遠く暮れなずむ空の先を睨んだ。




