総理、台所に立つ02
ローズ嬢の食事がすむのを待ってマヨネーズ作りが始まる。
「たしか、卵の黄身と酢を先に混ぜておくんだったな。ああ、塩もいるか」
と言いつつ、魔法で軽く泡だて器を動かし、酢と卵の黄身を撹拌する。
そこに少しずつ油を入れ、様子をみながらさらに撹拌していった。
ものの数分でもったりしてくる。
それを見て私は、
「だいたいこんな感じだ」
と言い、ほんの少し味見をしてみた。
「うーん。酢が少し多かったな。もっともったりしている方がいい。その辺のさじ加減はやはり職人に任せた方がいいだろう。がんばって作ってみてくれ」
と言って出来上がったマヨネーズを料理長に渡した。
「し、失礼して……」
と言って料理長が味見をする。
すると料理長は目を見開き、
「これは……」
とうなるように声を絞り出した。
「どうだ? いろんな料理に合いそうだろう? しかし、これには重大な問題もあるがな」
「重大な問題、と言いますと?」
「食い過ぎると太る」
そう言っている私たちの横からローズ嬢が我慢できないという感じで顔を出し、
「お二人だけずるいですわよ」
と味見を要求してくる。
私が苦笑いでマヨネーズの入ったボウルとスプーンを渡すと、ローズ嬢はニコニコしながらマヨネーズを口にした。
「まぁ!」
一瞬で目を見開き、そのままの表情を私に向けてくる。
私はこん身のドヤ顔でその子供のようなローズ嬢の表情を受け止めると、
「食い過ぎると太るぞ」
と言った。
「なんでこんな美味しい物を?」
と言う質問に、
「それは神獣だからだ」
とまた誤魔化して答える。
私はこの際だと思い、
「ということはケチャップもないのかな?」
と聞いた。
「それも是非!」
と乗り気の料理長に、
「あれは作るのにけっこう時間がかかったはずだ。明日にしよう」
と言ってクッキー作りの続きにとりかかる。
私はなんとなくケチャップの原材料を思い出し、
(要するにトマトを煮詰めて酢と香辛料と塩や砂糖を入れればいいんだろうな。基本的な作り方を教えたらあとはプロに任せればいいか)
と思いながら、楽しそうにクッキーの型抜きをするローズ嬢を見守った。
やがて出来上がったクッキーを持って台所を辞する。
「さっそくお茶にいたしましょう」
というローズ嬢の誘いを受け、ローズ嬢専用だというサロンに移った。
少し焦げはあるものの綺麗に焼けたクッキーをつまみお茶を飲む。
「普段なにげなく食べているものはあんなにも手間暇かけて作られていたのですね」
とここでもしっかり自分に足りていなかった知識を正直に受け入れているローズ嬢に好感を持つ。
「人の営みというやつは面倒の連続だ。しかし、それだからこそ人生は面白い。いつかローズ嬢も大人になったらわかる日が来るだろうさ」
と言って微笑んでみせるとローズ嬢が「ふふっ」と笑い、
「ソーリ様とお話しているとおじい様のことを思い出しますわ」
と言った。
「はっはっは。そうか、そうか。まぁ、そうだろうな。そのくらいの年齢の違いはある」
「あら。ソーリ様はご自分の年齢をご存じで?」
「ん? ああ、いや。詳しくは知らん。しかし、おそらくそんな感じがするというだけだ」
「まぁ。また誤魔化されましたわね」
「うむ。今は適当に誤魔化されておいてくれ」
「かしこまりました。しかし、そのうちちゃんと教えてくださいませね?」
「ああ。その時が来たらそうしよう」
そんな会話で楽しくお茶を飲む。
午後の日差しが入り込む暖かなサロンで食べるクッキーは少しほろ苦く、だが、とても幸福な味がした。
翌日から台所に行くのが日課になる。
まずはケチャップの基本的な作り方を伝え、試行錯誤する日々が続いた。
たっぷり十日ほどかけ、かなり近いものができ上がる。
そこからはナポリタンにポークチャップ、ハンバーグにピザトーストといった、ケチャップ料理を次々に開発していった。
その甲斐あってか調理場のみんなとはかなり仲良くなり、昼食は台所でみんなと一緒にまかないを食べるというのがすっかり習慣になる。
台所係のみんなも徐々に慣れ、そのうち車座になって食事をしながら、いろんな話をしてくれるようになった。
そんなある日。
北部出身だという見習いの少女、ユナと北部料理の話になる。
「なに!? 北部には醤油があるのか!」
「はい。味噌もありますよ。ていうかなんでご存じなんです?」
「そりゃ神獣だからな。でなんで王都では使わないんだ?」
「なんででしょう。きっと田舎のものなんで、王宮にはふさわしくないと思われているのかもしれませんね。あと、単純に輸送が難しいんじゃないでしょうか?」
「そうか。輸送の問題はあるな。しかし、それがあれば料理の幅が広がるぞ」
「そうなんですか? 醤油は肉や野菜にかけるだけですし、味噌はみそ汁くらいにしか使いませんから、そうは思えませんけど……」
「もったいない! あれはもっと可能性のある調味料だ。ぜひ、取り寄せてくれ」
「はぁ。料理長、かまいませんか?」
「ああ。ソーリ様が言うなら間違いないだろうしな。で、ソーリ様。どんな料理に使えるんですか?」
「どちらもほぼ万能だ。なにしろ隠し味に使えるからな。カレーには香ばしさと深みが出るし、ソースに使ってもいいだろう。もちろんパスタもいける」
「カレー? ですか?」
「なっ!? そうか、カレーもなかったか。それはいかん。ターメリックがないとかだろうか?」
「ターメリック?」
「ああ。黄色いショウガみたいなやつだが、知らんか?」
と言うと、今度は南部の出身だというルカという少年が、
「あ。もしかしてあの飲み過ぎの薬に使うやつですかねぇ?」
と首をひねりつつそんなことを言った。
「それだ! それは手に入るか?」
「どうでしょう。あれは薬屋で売ってるものですから、市場にあるかどうか……」
「料理長。是非手に入れてみてくれ。乾燥させて粉にしたものがあればなおいい」
「かしこまりました。医療班の人に聞いてみましょう」
「助かる。いや、これでカレーが食えるぞ!」
「そのカレーってどんな食べ物なんです?」
「ああ。少し辛いシチューだと思ってくれればいい。いろんな香辛料が入って魅惑的な香りがするから米がやたらと進むんだ」
そこにまたユナが、
「お米が美味しく食べられるなら故郷で大歓迎されそうですね」
とつぶやく。
それを聞いて私は、この世界では米があまり美味しくないと言われていたことを思い出し、
「大丈夫だ。米も一緒に取り寄せてくれ。おそらく美味くする方法があるからな」
と言い、
(ふっふっふ。これで私の食生活がもっと豊かになるぞ)
とひとりほくそ笑んだ。
それから一か月。
やっと手に入った米とターメリックを使いさっそくカレーの試作が始まる。
米はやはり精米技術の遅れのせいでほぼ玄米のまま食べていたようだ。
精米は風魔法を使って簡単にできることをすぐに確認できたが、カレー作りは少しだけ難航した。
どうにも上手くいかず、いくつかの香辛料を試す。
そして三日目。
ようやくクミンらしき香辛料を突きとめなんとなく調理してみると、かなりカレーっぽいものが出来た。
「よし。ひとまず完成だ!」
そう言ってみんなでカレーを試食する。
「辛いっ! でも美味しい! お米がこんなに美味しいなんて、感激です!」
と言うユナに微笑みながら、
「良かったな」
と言うとユナは嬉しそうに、
「これ、故郷のみんなにも早く食べさせてあげたいです」
とどこかしんみりした様子でそう言った。
「北部は貧しい人が多いから、けっこう厳しいかもしれんぞ。なにせ、香辛料は高いからな」
と料理長が現実的なことを言う。
それを聞いて私は、
「この米に商品価値が付けばそのうち暮らしは改善されるだろう。それに醤油や味噌の販路拡大も重要だ。あれはきっと売れる。というよりも今まで売れていなかった方が不思議なくらいだ。さっそく王に話して流通網を整えさせよう。きっとこの国の飯がもっと美味くなるぞ」
と言いひとりやる気を燃やした。
その後、テリマヨピザという悪魔の食べ物を生み出し、王宮に衝撃が走ることになる。
私はその光景を楽しく見ながら、
(なるほど。この分野も開拓のし甲斐があるようだな)
と思い、またひとりほくそ笑むことになった。




