総理、台所に立つ01
町の視察以来、のんびりした時間を過ごす。
いわゆる三食昼寝付きの生活を五日ほど送り、
(そうそう。こんなのんびりした生活が送りたかったのだよ)
と思ったが、徐々にそわそわした気持ちになってきて、
(なにか仕事をせねば)
という気持ちになってきた。
(結局、仕事人間だな、俺は)
そんなことを思い、ローズ嬢を呼ぶ。
「どうも仕事が無いと落ち着かんでな。なにか簡単な役目はないだろうか? 下働きでもかまわんぞ」
と言うが、ローズ嬢に苦笑いを浮かべられてしまう。
「まさか神獣様を誰かの下で働かせるわけにもいきませんし……」
と言われて少ししょんぼりしていると、ローズ嬢がふと思いついたように、
「お城の中の様子を見てみんなの仕事ぶりを見学するというのはどうですか? みんなが普段どのような仕事をしているのか体験してみるのもいいでしょう。実は私も昔からやってみたいと思っていたんですのよ」
と少しイタズラっぽい表情でそう言った。
「おお! お仕事見学か。それはいいな。工場視察とかそういうのを思い出す。よし、今日から何日かかけて城の仕事を全て見学しよう」
「いいですわね。さっそく各所に調整いたしますわ」
ということで社会科見学の予定が組まれる。
一日目は無難なところで、近衛騎士団の視察になった。
ワクワクしながら朝を迎える。
さっそく執事にベルゴールと一緒に騎士団の訓練場に行くと、そこにはいつもとは違い、いかにも騎士っぽい服を着て剣を持ったローズ嬢がいた。
「いつかお見せするとお約束していましたので、本日は私の剣を見ていただきますわね」
とニッコリ笑うローズ嬢の笑顔はまるで子供のようだ。
(こんな笑顔になることもあるのだな)
と思い少し嬉しくなりながら、
「じっくり見学させてもらおう」
と言って訓練場の脇に陣取る。
そして、いよいよ稽古が始まると、ローズ嬢は生き生きとして剣を振り始めた。
(解説せい)
と念じる。
しかし画面に現れたのは、
「けっこうやるじゃんって感じかな? 身体強化が上手だね」
というもので、しっかりした解説は出てこなかった。
しょうがないので、自分の目でしっかり見る。
ローズ嬢は人間とは思えぬ動きで次々に騎士を倒し、結局五人ほど抜いたところでいったん稽古を切り上げた。
「稽古中、体が青白く光っている瞬間があったが、あれが身体強化というやつか?」
「ええ。そうです。他にも魔法は使えますが、今日は稽古でしたので使いませんでした」
「なるほど。ということはローズ嬢も実戦の経験が?」
「ええ。オーク程度ですが」
「オーク?」
「ああ、豚の怪物ですわね。二足歩行で、それこそソーリ様くらいの身長があります」
「それは恐ろしいな」
「あら。ソーリ様の敵ではないと思いますよ」
という会話でなんとなくローズ嬢の現在地を知る。
どうやらこの王国で一番強いというのも嘘ではないようだ。
なにしろ稽古の相手に近衛騎士団長のカーニエルがいた。
そのカーニエルですら、あまりの動きに速さに惑わされ、重たい剣を受けるのがやっとという状態だったからかなりの実力差があるのだろう。
そんな現状を見させてもらって、
(さすがはお転婆姫だな)
と苦笑い気味の感想を持つ。
そして、その日は密集隊形で護衛対象を守る訓練であるとか、殲滅戦で相手をねじ伏せる訓練であるとかを見せてもらい、この国の騎士団の実力を存分に見せてもらった。
(きっとSPたちも日々こんな訓練をしていたのだろうな。今にして思えば頭が下がる)
そんなことを思い、社会科見学の一日目を終える。
そして二日目はメイド服を着たローズ嬢が一日私のメイド体験をするという日になった。
お茶の入れ方などは完ぺきだったが、シーツを交換したり、服にコテをあて、しわを伸ばしたりするのに四苦八苦するローズ嬢を見て、また、可愛らしさを感じる。
(きっとこの子も年相応に可愛らしいところがあるのだろう。しかし、普段はなかなかそれを見せることができない立場にいるのも確かだ。私といる時くらいこんな年相応の笑顔を見せてほしいものだな)
と思って見ていると、洗濯物をどうにか干し終え、ドヤ顔で、
「私もやればできるものですわね!」
と言うローズ嬢に微笑ましい視線を送った。
そして翌日からも、図書館の司書業務を手伝いついつい読書に熱中してしまうローズ嬢や会計係の仕事を手伝い見事にこなしてしまったローズ嬢を微笑ましく見守り、楽しく過ごさせてもらった。
(これじゃぁ、私の社会科見学というよりローズ嬢のお仕事体験だな)
と思わなくもなかったが、それはそれで楽しいので、微笑ましい気持ちで毎日を過ごす。
そして、いよいよ、台所で調理実習をする日がやってきた。
「お料理は初めてですから緊張しますわ。ソーリ様もそうですわよね?」
と聞いてくるローズ嬢に、
(いや。一人暮らしが長かったから、けっこう料理はしていたんだよ)
と思いつつ、
「ああ。一応、そうだな」
と答える。
「一応?」
そう疑問を差し挟んできたローズ嬢に私はなんとなくニッコリ微笑み、
「ははは。なにせ神獣だからな。知識はある」
と少しお茶目な感じで答えておいた。
さっそくローズ嬢が調理服に着替えて台所に向かう。
台所では料理長以下、十人以上の料理人がいて、それぞれが緊張した面持ちで私たちを迎えてくれた。
一同かしこまって礼をするのに、軽く応え、さっそくローズ嬢の初めての調理実習が始まる。
作るのはクッキー。
おそらく卵を割るという難関があり、調理をしたという実感を得られるのと、包丁を使わなくてすむというお手軽さを考慮した結果そうなったのだろう。
そんなことを思いながら、さっそく調理に挑むローズ嬢を見守った。
予想通り、卵を割るのに一苦労あったローズ嬢が五個目で成功し、ドヤ顔を見せてくる。
私がちょっとしたいたずら心で、魔法を使い、さっと卵を割って同じくドヤ顔を見せると悔しそうな顔をしてくるローズ嬢が面白かった。
その後、粉まみれになりながら必死でクッキー生地をこねるローズ嬢を温かく見守る。
なんだかんだで昼になったが、そこでローズ嬢が、
「今日はみなさんと同じものを食べてみたいですわ」
と少しのわがままを言った。
「いいな。いわゆるまかない飯というやつか。普段のみんなの食事を知るいい機会になるだろう」
と私も後押ししてしまったものだから、そこで急遽王女様にまかない料理が振舞われることになってしまった。
「ほ、本日のまかない料理は豚肉の生姜焼きとサラダでございます」
と緊張しながら料理長が出してくるまかない確かに生姜焼きだったが、やたらと綺麗に盛り付けられていたので、そこは料理長が精一杯の努力をしたということなのだろう。
私は厚めに切られた豚肉にショウガ風味のソースがかけられたその生姜焼きを食べ、
(これは米だよなぁ……)
と思ったが、ローズ嬢が、
「これがみなさんの普段のお食事なのね」
と嬉しそうにしていたので、それを微笑ましく見つめる。
そして、ふと思いつき、
「マヨネーズはあるかな?」
と聞いてしまった。
「マヨネーズ、でございますか?」
「ああ。そうだ。この国にはなかっただろうか?」
「申し訳ございません。存じ上げず……」
「ああ、いや。それならかまわないぞ」
と言っているところにローズ嬢が、
「それってなんですの?」
と興味津々といった感じで口を挟んでくる。
私はやや、
(しまったか?)
と思いつつも、
「酢と植物油、それに卵の黄身を使って作るソースだ。白くて甘酸っぱいのにやたらこってりしているのが特徴だな」
と簡単なマヨネーズの作り方を披露した。
「それは美味しそうですわね。作れまして?」
ローズ嬢が料理長に視線を向けるが料理長は困ったような顔で、気のせいでなければ少し汗をかきながら、
「どういうものか正解がわかりませんので、少々お時間をいただければ……」
とおずおずといった感じで申し出てくる。
私はなんとなく料理長がかわいそうに思えたので、
「これを食べたら、ちょっとやってみよう」
と言いさっさと食事をすませてしまった。




