総理、町を視察(散歩)する02
元の場所に戻り、雑貨屋の前でぽかんとしていた子供達に、
「驚かせて悪かったな」
と言い微笑んで見せる。
「わんちゃん、飛んだ!」
と言って子供たちがはしゃぎだしたので、軽くウィンクをしてあげると、小さい子がとてとてとやって来て、私の足に抱き着いてきた。
「わんちゃん、すっごいね!」
キラキラした目で見てくる男の子に、
「ははは。すごいだろう」
と少しドヤ顔で冗談っぽく返す。
すると同じくぽかんとしていたノッツ、カンナ、リックが、ハッとして、
「「「すみません!」」」
と頭を下げてきた。
「うむ。とっさのことで動けなかったのは致し方ない。これからは常に自分の状況を判断して動けるよう、常に緊張感を持つことだな」
と優しく諭す。
それからも私は三人の案内で視察を続け、いろんな産物を見て回った。
残念ながら私が入れそうな飲食店が無かったので、商店街で昼を食うのは諦め、用意されていた宿で昼食を取る。
「この町は平和なんだな」
無難なところから話題を振ると、ローズは少し困ったように微笑み、
「大好きな町です。でも、ああいう輩もおります」
と言った。
「人とは不完全なものだ。その不完全な人間が作る社会なのだから不完全なのも仕方あるまい。しかし、出来るだけ健全であろうとする努力をやめてはいけない。それが為政者としての務めだ」
なんとなく実感を込めて語る。
それを聞いたローズ嬢は少し驚いた顔をしながらも、
「ええ。そうですわね」
と言って少し悲しそうに微笑んだ。
(この子はこの子なりに思うことがあり、苦悩もしているのだろう。いつかその背中を押してあげられればよいが……。まぁ、今は見守ろう)
そんなことを思いつつお茶を飲む。
そして窓の外に広がる王都の景色を見た。
三階の窓から見下ろす町の通りを人々が忙しなく行きかっている。
「この人々がこの町の血液だということを忘れてはいけない」
私がそうつぶやくと横で聞いていたローズ嬢がふと苦笑いを浮かべ、
「私たち王族はその血肉の上に立っているということですね」
と言った。
「ああ。そうだ。血税で暮らしているのならそのことを忘れてはいけない。権威とは常に血の流れによって作られているものなのだろうからな」
そんな言葉でふと話が途切れる。
私たちはただ明るく賑わう町の景色を見ながらどこかしんみりとお茶を飲んだ。
「さて。次はどこを見ようか」
そんな言葉で空気を変える。
ローズ嬢は軽く苦笑いのような微笑みを浮かべ、そばに控えていた三人に視線を送り、
「どこがいいか教えてくれる?」
と聞いた。
「この時間でしたら広場はどうでしょうか? きっと見世物のひとつもやっていると思います」
と答えるカンナの言葉に興味を惹かれ、
「いいな。行ってみよう」
と少し前のめりに言って立ち上がる。
そして、そんな私の様子を見て微笑むローズ嬢をまた背中に乗せ、その広場とやらに向かっていった。
広場に着くと、やんややんやの大歓声が聞こえてくる。
どうやら広場ではいくつかの大道芸が披露されているらしく、器用に球乗りをするものや剣を使ってジャグリングを行っている者たちがいた。
その様子を見て、
(こういう娯楽はどの世界でも変わらないものなんだな)
と思い、少しほっこりとした気持ちになる。
私はそんな軽業師たちの芸を見て惜しみない拍手を贈り、しばし楽しい時間を過ごした。
夕暮れが近づき、芸を終え、おひねりをもらった大道芸人たちが帰っていく。
私はなんとも言えない祭りの後の寂しさのようなものを感じながら、またローズ嬢を乗せ、城に戻っていった。
城に戻り夕食の時間となる。
王に町の様子はどうだったかと尋ねられたので、ひと言、
「いい町だったぞ」
と答えて微笑んでおいた。
部屋に戻り、しばしぼんやりする。
アンナにお茶を淹れてもらい、ゆっくり飲んでいると、ベルゴールが、
「そういえば、ソーリ様は浴場をお使いになりますか?」
と聞いてきた。
「風呂! そうか、いや、それは忘れておった。しかし、私が入れるような風呂があるのか?」
と聞くと、ベルゴールは微笑み、
「王城には大浴場がございます」
と言ってきた。
「いや、色々あってすっかり忘れておった。すまんが、用意をしてくれ」
と言ってさっそく風呂に案内してもらう。
浴場についてみると、そこには腕まくりをしたセリナがいて、
「お手伝いさせていただきます」
と言ってきた。
「いや、いい。風呂くらい自分で入れるからな。ああ、石鹸かなにかあればもらえるか?」
とやんわり断ってさっそく浴場の中に入る。
するとそこにはまるでローマ帝国の大浴場のような立派な風呂があった。
「これは……」
と思い、さっそく入ろうとするが、
「ああ、掛け湯、掛け湯」
と桶を引き寄せ、掛け湯をする。
久しぶりに感じるお湯の温かみに、私は思わず、ほっとして、
「ぬはぁ……」
と間抜けな息を漏らしてしまった。
石鹸で体を洗おうと思うが、そこで問題につきあたる。
どう考えても背中に手が届かない。
(これは手伝ってもらえばよかっただろうか?)
と思いつつ、
(なんとかならんか?)
と念じる。
すると、また例の画面が現れ、
「魔法つかっちゃいなよ。ていうかフェンリルの体ってそうそう汚れないよ?」
と言われた。
(ほう。魔法でなんとかなるのか? さっそくやってみよう)
とタオルに石鹸をつける。
しかし、どう見てもこの毛だらけの体を洗うには足りないだろうという量の泡しか立たなかった。
「うーん……」
と唸りつつ、石鹸を桶に入れ、
「泡立て」
と命じる。
すると桶の中に適当な量のお湯がさっと入り込んでぶくぶくと泡立ち始めた。
「おお……」
と感動しつつその泡を頭からかぶる。
そして今度は、
「洗え」
と命じると、私の体を柔らかい風が包み込み、どんどん全身が泡まみれになっていった。
「おお。これは便利なもんだ」
と思いつつ、湯船のお湯を操り全身についた泡を洗い流す。
そして待望の湯船に浸かると、私はまた、
「ぬっはぁ……」
と盛大に息を漏らした。
(こりゃたまらん)
と思ってゆっくり目を閉じる。
そして体がじんわり温まっていくのを感じながら、私はおもいっきり全身の力を抜いた。
危うく寝そうになり慌てて湯船から上がる。
私は犬らしく全身をぶるぶるさせて水気を払うと、
「乾かせ」
と命じた。
また全身を柔らかい風が包み込み、さっと全身の水気が切れる。
ふんわりと石鹸の匂いをさせる自分の体に満足しながら上がると、そこには大きなタオルを持ったセリナがいた。
「ああ、すまん。必要なかったみたいだ」
と軽く苦笑いで謝り、風呂を後にする。
そして、部屋に戻ると、試しに、
「牛乳はあるか?」
と聞いてみた。
「牛乳ですか? あ、はい。すぐにお持ちします」
と言ってセリナが部屋を出ていく。
そしてしばらくすると、少し大き目のミルクポットを持ってセリナが戻ってきた。
「ありがとう」
と礼を言いつつ、ミルクポットを受け取り、
「冷えろ」
と命じる。
すると青白い光がミルクポットを包み込んだ。
「え?」
と驚くセリナに、
「安心しろ。冷やしただけだ」
と言うと、セリナは驚いて、
「ソーリ様はもしかして氷魔法が使えるのですか!?」
と言ってきた。
「ん? たぶん使えるぞ。というか、たいていの魔法は使えるな」
と少しきょとんとして答えると、セリナは、
「素晴らしいです! 氷魔法は魔法が得意なエルフさんの中でもごく限られた人しか使えない秘儀だと聞きました。それが使えるなんて、やっぱり神獣様ってすごいんですね!」
と大袈裟なほど目を輝かせながら、この世界の情報を教えてくれた。
「ほう。それは知らなかった。ということはこの国には冷たい飲み物がないということになるのか?」
「そうですね。ただ、北部には氷室がありますから、取り寄せようと思えばいくらかの氷が手に入るかと思います」
という答えに少し驚きつつ、物は試しだと思い、近くにあった水差しに向かって、
「水の球を作れ。そして凍れ」
と命じてみる。
すると水差しの中から水の球がふよふよと浮きあがり、空中でパキッと凍った。
それを手に取り、セリナに差し出してみる。
するとセリナは驚いて、
「……氷ですか?」
とつぶやいた。
「さわってみるといい。冷たいぞ」
と言うとセリナが恐る恐るといった感じで氷に触れる。
「まぁ!?」
そう声を上げたセリナに、
「グラスを持ってきてくれ。あとケニッヒもな」
と頼むとセリナはすぐに一礼して部屋を出ていった。
冷えた牛乳を飲み、できた丸氷をふよふよと空中に浮かべて眺める。
「さて。今日はブランデーをロックで嗜むとするか。明日は王にも飲ませてやろう」
と微笑みながら、私は今日の視察で見た町の様子を思い出した。
(この世界はこれからどんどん新しいことが生まれ楽しくなっていくんだろうな)
となんの根拠もなくそう思う。
私は空中にふよふよと浮く氷をそっと月にかざし、キラキラと輝く様を見て、今日町であった子供の目の輝きと重ね合わせた。
(君たちの明日はきっともっと楽しくなるぞ)
と思い微笑みを浮かべる。
そして、セリナが持ってきてくれたグラスにその氷を入れると綺麗な琥珀色の酒を注ぎ、噛みしめるようにゆっくりと味わった。




