総理、町を視察(散歩)する01
あの夕食会の後、さっそく情報連携協定を結ぶという話が動き始める。
数日後、宰相や各大臣が出席する会議の場で王がその旨を伝達し、無事連携協定は結ばれた。
(やはり国家元首の力が強いと物事が進むのが早いな。それはいいことだが、一方で危うさもある。そのあたりのバランスは当面の間私が取ってやろう)
と思いつつ、自室に下がる。
広い庭を眺めながらのんびりお茶を飲んでいると、そこにローズ嬢がやってきた。
「ごきげんよう。ソーリ様」
「ああ。ごきげんよう。今日は気持ちのいい日和だな」
「ええ。さっそくですが、情報連携協定の実施をお願いしても?」
「対価と内容によるな」
「簡単ですわ。内容は一緒にこの国の産物について考察していただくこと。対価は町の様子を案内するというのでどうでしょう?」
「ほう。いいな。せっかくだ。市場かなにかを視察しながら意見交換しよう」
「いいですわね。では、さっそく、と言いたいところですが、明日にいたしましょう」
「そうだな。どうせなら庶民の味というものを堪能したい」
「あら。ソーリ様はけっこう食いしん坊でいらっしゃるのですね」
「ははは。そうだな。そうかもしれん」
そんな会話で町の視察が決まる。
私は、
「ああ、ついでに案内役はあの三人に頼もうか。ほら、私が最初に森で出会った三人だ。騎士団第二部隊のノッツ、カンナ、リックと言っていたな。あの時の礼も言いたいし、ちょうどいいだろう。それとも護衛としては不十分か?」
と提案してみた。
「いえ。大丈夫だと思いますわ。近衛騎士団からも何人か出ることになるでしょうが、周辺の交通整理をしてもらうくらいで大丈夫ですから。なにしろこの国に私より強い者などソーリ様くらいしかおりませんので」
「ほう? それはすごいな。やはり剣を使うのか?」
「ええ。それと魔法も少々」
「ふっ。それはお転婆なことだ」
「まぁ、ソーリ様ったら」
そんな話でそのままローズ嬢をお茶に誘う。
なんでも、この国は農産品が豊かであるものの工業生産には弱いということだった。
森を隔てた隣国のドワーフという種族が多く住む国家から、海洋貿易で各種工業製品を輸入する代わりにあちらが困っている食料品などを輸出しているという。
私はなんとなく、工業製品に強かった自国のことを思い出しながら、
「貿易というのはお互いに尊重し合うことが大切だ。どっちかが儲け過ぎてもいけないし、損をし過ぎてもいけない。貿易の均衡は国家間の力の均衡になるからな」
と少しの自省をこめてそう言った。
それから各地の産品の話になる。
私はこの国の各地の情報を聞きながら、
(米があるなら日本酒ができるんじゃないか? あ、いや。あれは酵母が必要だからすぐには難しいかもしれん。しかし、緑茶はどうだ? おそらく紅茶があるならすぐにでも開発できるだろう。あとは、海産物関連か。干物はあるようだが、どうも出汁の文化が薄いように思う。その辺りの保存食ができれば輸出品としても価値がでるだろうから、その辺の開発だろうな)
と頭の中であたりを付けていった。
やがて、夕飯の時間になり、賓客用の食堂に招かれる。
そこで王にローズ嬢が町の視察の話をすると、王は娘を心配しやや難色を示したが、ローズ嬢が、
「大丈夫ですわ。お父様。この国に私より強い『人間』がいまして?」
と言うと、苦笑いで許可を出してくれた。
翌日。
さっそく朝から王城を出る。
ローズ嬢は私に乗り、その周辺を馬に乗った騎士が固めるという構図になった。
王城を出たところで、ガチガチに緊張しながら敬礼している、ノッツ、カンナ、リックと再会する。
「久しぶりだな。元気だったか?」
という問いにはノッツが代表して、
「はい。元気です!」
とまるで小学生のような返事をしてきのたが面白かった。
「そうか。元気が一番だよな」
と笑顔で返し、さっそく町に出る。
聞けば三人は普段、下町にある騎士団の寮に住んでいるというので、さっそくその下町に案内してもらうことになった。
「ちょっとガヤガヤした町なんで、その……」
と遠慮するノッツにローズ嬢が、
「私のことならかまいません。ソーリ様の望むままに案内なさい」
と微笑みながら返す。
ノッツは姫様からの言葉に緊張し、また、
「かしこまりましてございます!」
と変な返事をする。
私はその様子を微笑ましく思いながら、ゆっくりとノッツたちについて歩いていった。
やがて貴族街と下町の境に到着する。
そこには一応関所のような門があり、通行が規制されているようだった。
門をくぐって進むと徐々に町の雰囲気が変わってくる。
これまでの閑静な住宅街という雰囲気から、徐々に乱雑に建った建物が増え、徐々に人々の息づかいが聞こえてきた。
「らっしゃい! 今日の特売はトマトだよ!」
「こら、あんた! お弁当忘れているよ」
「おーい。馬車が通るぞ!」
とにぎやかな声が聞こえてくる。
私は、その声にワクワクしながら、商店街らしき場所へと入っていった。
「うわっ! でかっ!」
と驚く肉屋の店員に、
「すまんな。邪魔をするぞ」
とにこやかに話しかける。
すると道行く人が道を開け、こちらを遠巻きに見始めた。
(だよな。当然の反応だ)
と思いながら、軽く手を上げてみんなが少しでも安心するよう、心掛ける。
すると、びっくりしてきょとんとしていた肉屋の店員も、ハッとして、
「らっしゃいませ!」
とかなり緊張したようすでビシッと背を伸ばして答えてきた。
「そこの腸詰が美味そうだな。自家製かい?」
「へい。自慢の逸品ですごぜぇます!」
「そうか。がんばって商売してるんだな」
「へい! 一生懸命やらせてもらってます!」
そんな会話がなんとも懐かしい。
私はそれからも、少しずつみんなとの距離を詰めるように丁寧に商店街の店員らに声をかけていった。
そのうち、みんなが自然と距離を詰めてくる。
(そうそう。こうやってこちらが胸襟を開けばあちらも自然と距離を詰めてきてくれるものだ)
と思いつつ見ていると、小さな子供が何人か集まってこちらをぽかんとしながら見つめていた。
「でっけー」
「わんちゃんかな?」
「でもしゃべってたよ?」
「じゃあ、ひと?」
と言っている子供たちになにげなく近寄って微笑みかける。
「しゃべるわんちゃんだぞ。珍しいか?」
そう言うと一番年長っぽい女の子が、
「こんにちは!」
と元気に挨拶をしてきた。
「こんにちは。今日は学校はお休みかい?」
「がっこう?」
「ああ、お勉強をするところだ」
「学問所のことね! うん。今日はお休み!」
「そうか。学問所はどうだ? 楽しいかい?」
「うん。お弁当が一番好き!」
「はっはっは。そうか、そうか。お勉強は嫌いかな?」
「うーん。好きなのもあるけど嫌いなのもあるの」
「そうか。ではまず好きなことを一生懸命頑張ってみるといい。そうすればそのうちお勉強が好きになるかもしれんからな」
「うん! わんちゃんはお勉強好きなの?」
「ああ。大好きだな」
「そっか。偉いんだね!」
という会話を聞き、周りのみんながほんわかとした表情になる。
(ふっ。やはり子供の心をつかむのが一番だな)
と思っていると、遠くで、
「きゃっ!」
という短い悲鳴が聞こえた。
注意深く耳を澄ます。
すると、また例の画面が現れ、「よく聞こえるお耳発動!」というふざけた文字が現れた。
(ちっ!)
と思いつつ、耳を澄ます。
すると、
「ひったくり!」
という声が聞こえた。
「飛ぶぞ!」
と言いさっと飛び上がる。
私の背中から、
「きゃっ!」
という意外と可愛らしい悲鳴が聞こえてきた。
軽く例の光る輪っかを蹴って空中を駆ける。
すると、なにやら、荷馬車が行きかう通りの真ん中を、
「どけどけ!」
と言いつつ走っている男がいるのが見えた。
さっと地面に降り立ちその男を制する。
慌てた男が、
「ぬわぁ!」
と言って、尻餅をついた。
「人の物を盗ってはいけない」
と言って軽く睨みつける。
すると男は、
「ひっ!」
と悲鳴を上げ、男が仰向けに倒れてしまった。
(状態は?)
と念じる。
「絶賛気絶中!」
とまたふざけた情報表示が出てきた。
ローズ嬢が飛び降り、男が落とした鞄を拾い上げる。
そしてそこに駆けつけてきた騎士に、
「被害者に返してきなさい。この男はそれなりの処置を」
と言うとその場に拍手が沸き起こった。
「あれって姫様だよな?」
「ていうか、でっかい犬が飛んだぞ!」
「すごいわ! かっこいい!」
という声が聞こえる。
私はその歓声に軽く手を上げて応えると、
「騒がせて悪かったな」
と言い、また商店街の視察に戻っていった。




