彼視点
「これ、わたし、全然理解できない」
おうちデートでだらだら映画を観ていたとき、彼女が言った。そのとき観てたのは、不治の病に冒された女が、愛する男に酷い侮蔑の言葉を投げて別れたけれど、その死後に彼女の親友が男に “実は……” と真相を打ち明けて、男が後悔に咽び泣くという悲恋ものだった。
「何が理解できないの」
「女の心情も親友のお節介も、男の後悔も理解できない。
というか、共感できない」
「そうかな」
俺は首を傾げた。
「 “死に別れなんてつらい思いをさせるくらいなら、徹底的に嫌われ役になって別れよう” っていう彼女の気持ちは理解できるし……彼女のことを、死ぬまでずっと見守ってた親友が “彼女を誤解されたままにしたくない、謂れのない理由で彼女を憎み続けてなんてほしくない” って思うのも解るし…… “そんな理由なら別れなかった、最期まで傍にいたかった” って後悔する彼の気持ちも、すごく解るんだけど」
「あー……まあ、女の気持ちだけは、0.1%くらいは解るかな」
「割合そんだけなの!?」
「百歩譲ってね」
譲っても、その程度の割合なのか。
「解説どうぞ」
マイクを向けるふりで差し出したアメリカンドッグを取り上げ、彼女は言葉を選ぶように首を傾けつつ言う。
「 “相手につらい思いを長い間させたくない” “だから、いっそ相手に嫌われて、少しでも早く、相手が自分を忘れられるようにしよう” までは理解できるのよ」
うんうん。
「 “だったら男本人だけじゃなく、誰からも本心を隠し果せよボケ” と」
「一気に口悪くなるのやめい」
「だって、どこから洩れるか判らないでしょ。口止めしたところで『人の口に戸は立てられない』んだしさ。
というか、そもそも、ただの友人に恋人を紹介する必要、ある? 結婚前提の交際になって、家族に引き合わせるのは解るけど」
そういえば、俺も彼女の友人に会ったことはないな。名前すら知らない。俺のほうは、何度か会わせたことあるけど……。
「ええぇ……だって、好きな相手の友人とか仕事の同僚の話とかさ……会わないまでも、把握はしときたいじゃん」
「それ、ただの支配欲の表れ。相手を完璧に掌握したい、コントロールしたいってだけでしょ」
「…………………………おまえは俺の人間関係に興味ないわけ?」
「ないね。
悩んでるっていうなら、相談にのるのは吝かじゃないけど」
「…………………………異性の友達とか、同僚とか、後輩とか……何も知らない状態で、街で俺とその子たちが二人でいるの見たら “浮気か!?” とか思わないの?」
「まあ、浮気なら浮気で切り棄てるだけだし。
わたしに関心がなくなった人に縋るほどの執着心はないし “まあ、しょうがないかな” と」
俺の彼女、本当にドライ。
「 “傷つかない” とは言ってないよ。
ただ、それを前面に出しても引かれるだけでしょ。醜態晒したところで、尽かされた愛想が戻ってくるわけじゃなし。
てか、話が逸れてる」
もぐもぐとアメリカンドッグを頬張る彼女に、俺はまた訊いた。
「んで、親友と彼氏に共感できない理由は?」
「親友は女が男を手酷く振った理由も知ってたのに、なんで余計なことをするかな~?
“理解されないのは彼女が可哀想で” ――いや、アナタの親友はそれが希みだったんですけど???
どうしても言いたいなら、リーゼルよろしく鉄のストーブにでも吼えてろよ。あるいは守秘義務のある教会の神父だか牧師だかに告白しとけよ」
“『リーゼル』って誰だよ” と思ったら、グリム童話か何かの『がちょう番の娘』のお姫様の名前か。
「男は、掌くるっくるが気持ち悪い」
「いや “自分に悪態ついて棄てた悪女が、実は……” ってなったら、そりゃ印象180°変わるでしょ」
「 “でも別れるときにあんな暴言吐いたんだよな” ってならない?
たとえ相手に自分を思いきらせるための方便だとしても、全く思いもしてないことは、口から出てこないものでしょ。 “彼女の思惑はどうあれ、多かれ少なかれ、ああ思ってたんだろうな” ってならないのかな?」
「そんな現実は映画に求めてないんで」
「んー、まあそうか。
安上がりに感動を売るにはいいかもね」
全然感動していなそうな人に、感動云々言われてもなぁ。
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そんな彼女とも、一年後くらいに別れた。
特にどちらに非があったわけでもなく、互いに忙しくなって、自然消滅――そのうち好きな相手が別にできて……って感じで。
それからさらに数十年。
結婚して、子が産まれて。
その子も成人して、結婚して、孫が産まれて。
妻が先立って。
俺も末期の癌が見つかって、延命治療は断って緩和ケアに切り替えて。
逝く覚悟が固まり始めて、昔のことを思い出すようになった。
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彼女はどうしているんだろうか。
好い人と結婚できただろうか。
幸せにしているのだろうか。
まあ、考えても意味がないか。
彼女がどこにいるのか……存命なのかすら知らない。
でも、かつて愛した人に “幸せでいてほしい” と希うくらいは、かまわないだろう。




