世界を呪ったアニメーター
オフィスの時計は午前3時17分を指していた。
下請けアニメーターの**匠**は、紙で溢れた机に身を伏せていた。
指は震え、コーヒーは何時間も前に冷め、
目の充血は赤ペンの修正線と同じ色だった。
スマホが再び震えた。
「もっとカットをください。早く。遅れたらペナルティです。」
匠は苦笑した。
ペナルティ…?
今の報酬で生活なんてできるはずもないのに。
カット一枚につきたった300円。
事務所の床で寝る毎日。
常に空腹。
——その全ては何のためか?
監督が名声を得るため?
制作委員会が金を貪るため?
「くだらねぇ…」匠はつぶやき、
鉛筆を握る手に力を込めた。パキン、と折れる音。
「このシステム自体が……クソだ。」
同僚たちの顔が脳裏に浮かぶ。
倒れて病院に運ばれた者。
泣きながら辞めた者。
ある日突然、姿を消した者。
それでも現場は止まらなかった。
誰も見てくれなかった。
誰も助けてくれなかった。
怒りが燃え上がる。
呼吸が荒くなる。
「もう嫌だ……
壊れた歯車のままで、終わるのは嫌だ……!」
胸に鋭い痛みが走る。
視界が歪む。
そして、最後の力を振り絞り、彼は叫んだ。
「こんな腐った世界なんて、呪われろ……!」
——闇が、彼を飲み込んだ。
…
目を開けたとき、そこはオフィスではなかった。
果てしない青空。
汗や湿った紙の臭いはない。
代わりに、澄んだ空気が胸を満たした。
足元には、彼の描いたスケッチたちが
夢のように光を帯びて、空中を舞っていた。
その時——
一枚の絵が揺れた。
魔法少女。
輝くドレスに凛とした笑顔。
紙から抜け出すように、彼女は歩み寄ってきた。
「……創造主様ですか?」
優しく、まるでずっと彼を待っていたかのような声。
匠は後ずさりし、言葉を失う。
「な、なんだこれは……!?」
別のスケッチが動き出す。
冗談で描いたサッカーのゴールキーパーが、拳を握って構える。
その後ろでは、巨大なメカが立ち上がる。
目が赤く輝き、動き出す。
かつて、過酷な日々の中で描き続けたキャラクターたち。
生きている。
そして、彼を見つめていた。
——神を見るような目で。
匠はその場に膝をつき、涙を流した。
「これは……罰なのか?
それとも……第二のチャンスなのか……?」
風の音だけが、静かに響いていた。
だが、キャラクターたちは呼吸をし、存在していた。
匠を中心に、静かに集まってくる。
その瞬間、匠は理解した。
彼は確かに“あの世界”を呪った。
だが同時に、
無意識のうちに、新たな世界に命を与えていたのだ。
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