落語声劇「お菊の皿」
落語声劇「お菊の皿」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約30分
必要演者数:最低3名
(0:0:3)
(2:1:0)
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
男1:ご隠居から皿屋敷の怪談を聞き、仲間と共に見に行く。
じかに見てお菊さんの美しさにドハマり。
何度も通う事になる。
男2:男1に巻き込まれて皿屋敷へお菊さんを見に行くことに。
だいぶ怖がり。
しかし何度も通って話の最後まで登場するあたり、意外と肝が据わ
ってしまったのかもしれない。
男3:お菊さんが有名になり始めた最初期の方から通い詰めていたが、
だんだんその様子が芝居じみて、かつ臭くなってくることに嘆いて
いる。
かかあ:男2の奥さん。
大事にしているお皿がある。
青山鉄山:徳川幕府に仕える旗本。
お菊に横恋慕し、どうにかして手に入れようとするも拒否され
たため、濡れ衣を着せて折檻し、果てには殺してしまう。
お菊:青山家に仕える女中。
主人の鉄山に横恋慕され、何とか刺激しないように袖に振るが、
かえって怒らせてしまい、果てには斬り殺されてしまう。
語り:雰囲気を大事に。
●配役例
男1・語り:
男2・男3:青山:
お菊・かかあ・枕:
枕:昔は寄席で夏場ともなりますと、涼しい思いをしていただこうってん
でね、怪談話なんてものをよく申し上げたもんでございますが、
まぁ落語の世界の幽霊ともなりますと、一部を除けば怖い幽霊という
のは、あんまり出て来ないものでございました。
今回の噺、お菊の皿でございますが、もともとは竹叟夜話という、
室町末期の話が原型であり、皿ではなく盃の話となっています。
日本各地に似たような話が見られ、現在最も有名な江戸の番町皿屋敷
、戦国時代の話である姫路が舞台の播州皿屋敷、
果ては今の高知県である土佐の国の皿屋敷、尼崎にも皿ではなく針に
まつわる異聞録が存在するそうです。
ところ変われば話も変わるてのは、まさにこういうことを言うんでし
ょうな。
先に述べた竹叟夜話、永良竹叟て方が書いたんだそ
うですが、ご当人もまさかこんなに全国各地に広まるとは思ってなか
ったかもしれません。
「いやそれワシの書いた話が原型だろうが!」と悔しがったかもしれ
ませんな、竹叟だけに。
ごほん、話がそれました。
まあそういうわけで、昔から夏の定番である怪談話。
たいていそういう話は年長者から語り継がれるものと相場が決まって
ますが、江戸の若い衆がご隠居に皿屋敷の話を聞いた帰り道、
ここからこの噺の幕が持ち上がろうというわけで。
男1:おぅいどうだったい、ご隠居の話。
男2:ああ、この江戸でもってあの番町に幽霊が出るってやつかい。
皿屋敷なんて知らなかったね。
驚いちゃったよ。
見てよこの鳥肌、飛べそうだよ。
男1:なに言ってやんでェ。
しかし驚いたなぁ。さすがはご隠居だ。
顔が怖ぇし、夕涼みにゃご隠居の怪談話よ。
その番町皿屋敷にゃ、青山鉄山って旗本が住んでてよ、
屋敷に奉公してたお菊さんって女に惚れて口説いた。
けど言う事を聞かねえってんで逆恨みしてよ、
青山家に伝わる徳川将軍家から拝領した、
家宝の葵のご紋の入った十枚組の皿、
これを一枚抜きとって隠しちまったってんだ。
で、屋敷に戻ってお菊さんに何くわぬ顔でもって、
青山:お菊、我が家に伝わる家宝の皿の入った箱をこれへ持って参れ。
男1:って命じて持ってこさせると、数をあらためさせた。
何も知らねえお菊さん、
一枚二枚三枚四枚五枚六枚七枚八枚九枚って勘定したけど、
一枚足りねえ。
そらそうだよ。先に鉄山が隠しちまったんだからな。
青山:これお菊、一枚はいかがいたした。
お菊:わたくしは存じません事でございます。
青山:いや、お主が盗まずに誰が盗むんだ。
不届き者め!
男1:ハナっから因縁を吹っかけるつもりだったんだから堪らねぇやな。
お菊さんを荒縄でふん縛って庭先にある大きな井戸に吊るしてよ、
さんざ責めさいなんだあげく、しまいに刀で斬り殺して井戸の中に
ドボンよ。
男2:まったく、ひでえ真似をしやがるもんだ。
男1:けどよ、悪い事ってなァできねえもんだ。
その晩からお菊さんの幽霊が井戸の中から現れてよ、
皿九枚を勘定するってえと、「恨めしゅうござります鉄山殿…」
これでとうとう青山鉄山、気がふれて死んじまったってんだよ。
男2:いやぁ、驚いたなぁこれァ。
男1:驚くのはこっから先だよ。
そのお菊さんの幽霊がいまだに出るってんだからな。
九枚皿を数えて、恨めしゅうござります、だ。
こりゃあ恐ろしい。
男2:おぉ、そいつァ確かに恐ろしいねえ。
男1:けどよ、もっともっと恐ろしいのは、九枚まで聞いたらその場で
死んじまうってこったな。
八枚まで聞いても後で熱病におかされる。
六枚で逃げてくりゃあ何とか生きて帰れるんじゃねえかって
話だけどよ、おもしれえから見に行こうじゃねえか。
お菊さん、いい女だって言うからよ。
男2:いい女だからって…お前はどうしてそういう事が好きなのかね。
嫌だよ俺ァ。
昔から幽霊と塩辛が嫌いなんだよ。
男1:幽霊はともかく塩辛ってなんだよ。
変なもん嫌ってやんな。
大丈夫だって、六枚までならーー
男2:【↑の語尾に喰い気味に】
いやだからそこなんだよ。
いい女にかぎって根性悪いのっているじゃねえか。
それに置かれた場所で性格が変わるんだ。
あんなところで一人で井戸の中にずっといるかもしれねえんだろ?
そしたら性格悪くなると思うよ?
五ま~い、六ま~い…七まい八まい九まい!
ときたらどうするんだよ。
男1:いるわけねえだろ、そんな幽霊。
っとによォ…。
嫌ならおめェ先に帰れよ。
男2:あ、帰っていいの?
それじゃあね。
男1:おぉおい、ほんとに帰っちまっていいのかい?
幽霊ってのはな…人を見るんだよ。
途中で帰った奴が一番怖がりだろうってんで、
まな板橋渡ったあたりで幽霊がおめェの喉笛を
がぶーッ!なんてな…ははは。
まぁ気を付けてな。
男2:いやいやちょちょ、待てよぉ…。
わ、わかったよ…じゃあみんな先歩いて、
俺いちばん後ろ歩くから。
これなら幽霊出てもハナに逃げられるから。
男1:おいおい、幽霊なんてのはな…どこから出てくるか分からねえんだ
ぞ。
後ろから来ておめェのケツっぺたにガブッ、てのもあるかもしれね
え。
男2:じ、じゃあじゃあ俺の後ろまわってくれよ。
おめぇ前前、おめぇは横な、横。
これなら大丈夫だよな。
男1:いやいや、幽霊はな…宙を飛ぶんだよ。
上からおめェの頭をカパっとくるかもな。
男2:あ、ぁ、あ、ぁ上からっ…うっ、うう…【半泣き】
男1:泣くなよおめェは…ええ?
…ほらほらほら、もう着いちゃった。
はあぁ、なるほどねぇ…こんなに荒れた屋敷があるんだね。
塀は崩れて草ぼうぼうで……あ、あった。
あの井戸だあの井戸。
男2:うわぁ…で、出そうだね…。
男1:ようし、それじゃ…
男2:【↑の語尾に喰い気味に】
っちょっちょっちょ、待って待って!
やっぱり止そうよ…怖いよ。
男1:大丈夫だって!六枚で逃げりゃいいんだからよ!
男2:だ、だってさ、いいかい?
俺ァこないだね、うちでぼんやりしてたらかかぁにさ、
かかあ:あのね、あたしおみっちゃんと夕涼みしてくるからさ、
お前さん退屈だったらあたしの大事にしてるお皿洗っといてよ。
男2:って言われたんでよ、何枚か洗ったんだ。
そしたらさ、つるっと手がすべって一枚パリーンと割っちまったん
だ。
あぁこれかかぁが大事にしてんのにどうしようと思ってよ、
見つかんねえように集めてそっと捨てといて、残ったのをしまっと
いたんだ。
そこへかかぁが帰ってきてさ、
かかあ:あら、お前さん洗っといてくれたの?
すまないね、ありがとう。
……あれぇ?
男2:っど、どうした?
かかあ:おかしいわね?
なんだか足りなく見えるわ。
一ま~い、二ま~い、三ま~い…。
あれぇやっぱり足りない…。
一ま~い、二ま~い…お前さんんん!!
男2:うっ、うっ、てんでよ……お菊さん恐い…。
男1:いやそりゃおめェ女房が怖いんじゃねえか!
しょうがねえ野郎だな。
大丈夫だって、いいからいいから!
幽霊が出るのはな、丑三つ時って相場が決まってんだ。
まだまだ時間があるからよ、酒買ってこい酒!
ここで酒盛りして待とうじゃねえか!
男2:ええぇ…。
語り:とまあ何とも気楽なもので、井戸を前にして車座になって座り、
通い徳利に買って来た酒を回し飲みすること何巡目か。
わあわあわあわあやっているうちに、次第に夜が更けてまいりまし
た。
男2:な、なぁ…こうして待っててしばらく経つけどよ、
今日は出ねえんじゃねえのか?
男1:もうちょっと待ってみようじゃねえか。
逃げるんじゃねえぞ。
…お、丑三つ時の鐘だ…。
【お寺の鐘を複数回つくSEあれば】
男2:ううぅ…陰にこもって不気味に聞こえるね…。
せっかく呑んだ酒がサーッとみんな醒めちまったよ…。
あ…終わった…っって、あ、あれ…!!
男1:い、井戸の周りに青い鬼火が…!?
あッッッ!!?
【ひゅ~どろどろ、のSEあれば】
お菊:うらめしゅうござります鉄山殿~……。
男2:っで、ででででッ、ででッでッででッ
男1:出たァァァァ!!!
…い、いい女かな…!?
男2:か、かな、ったって、怖くて見られねえんだよ…!
男1:わ、分かったよ、見るよ、み……
あらァーーっ、いい女、いい女!
きれい!とてもきれい!
お菊:一ま~い…二ま~い…
男1:ッ始まった始まった…!
ろ、六枚まで逃げるなよ。
分かったな?
お菊:三ま~い…四ま~い…
男1:き、きたきたっ、そろそろ支度しとけよ…!
男2:あ、あぁ…!
お菊:五ま~い…六ま~い…
男1:六枚だ逃げろォォォ!!
男2:ひいいいい!!
男1:【走りながら】
いいからいいから!そこ曲がって曲がって!
駆けろ駆けろォ―――ッッ!
男2:【走りながら】
ひい、ひい、お助けェェェ!
【二拍】
男1:はぁ、はぁ、はぁ…み、皆いるな!?
男2:はぁはぁ、ほ、ほ、ホントに出た出たよ!
出ると思わなかった!
もうホントに飛べる飛べるよ…!
男1:だから鳥肌で空が飛べるかってんだよ!
ひいふうみ…よし、誰もいなくなってねえな?
男2:あ、ああ…皆そろってるね…。
こ、怖かった……。
男1:怖かっ……たけど、明日も行こう。
男2:んなッ、なッ!?
あ、明日も!?
男1:いや、確かに鳥肌立つほど怖かったけどよ、
いい女だったじゃねえか。
男2:ま、まあ…そうだね。
男1:こう、下から見上げたらまぁいい女!
そりゃ青山鉄山も横恋慕するってもんだよ!
男2:ああ、気持ちも分ろうってもんだね。
男1:確かに怖いけどもよ、あれだけいい女だったら幽霊でもいいやな!
毎日拝んだっていいくらいだ!
男2:まあ、生きてても怖いのってのはずいぶんいるもんだしな。
男1:よし、じゃあ明日も行こうじゃねえか!
男2:え、皆行くの?
っじ、じゃあ、しょうがねえな…。
語り:なんてんで、あくる日になるとちょっと人数が増えたりして、
また六枚まで聞いたらうわーっと逃げてくる。
そうやって毎日毎日繰り返して十日も経ちますってえと、
噂が広がって評判がだんだんだんだん大きくなりまして、
日々見物の数が増えて来ます。
男2:おやこんばんわ。
いや、ここしばらく忙しくてね。
久方ぶりに来たよ。
男1:おうこんばんわ!
さぁさぁさぁ、今日も楽しみだね!
お?そちらの方は?
男2:ああ、今晩が初めてって言うんだ。
男1:おぉそうかいそうかい。じゃぁじゃぁこちらへ。
ああいや、俺ァは端っからここに来てるんで。
え?どうすれば?
えぇこのまま待ってればね、そのうち鐘がごぉーんと鳴って、
井戸の周りに人魂がぽっぽっぽっぽっと出ますな。
ちょいと背中がぞくぞくっとしますというとね、
スーッとこう出てくるんです、えぇいいもんですよ。
男2:いやこれがね、もうきれいなんてもんじゃございませんよ。
お菊さん見た後はうちの女房の顔見らんないですからね。
男1:ホントだよなぁ、てえしたもんだよ!
【鐘が複数回鳴るSEあれば】
おっ、鐘が鳴りだしましたよ鐘が。
でね、六枚数えたとこで逃げなきゃダメですよ。
六枚でパッと逃げますからね。
男2:あ、ほら、人魂が出て来ましたよ、ぽっぽっぽっぽっと、ええ。
男1:そろそろ来ますよォ…。
よッ、待ってましたァ!!
【ひゅ~どろどろ、のSEあれば】
お菊:……こんばんわー。
男2:え、なに、挨拶!?
男1:どうだい、驚いたろ?
近頃はこうやって挨拶するんだよ。
どうも、こんばんわー!
お菊:では…。
…うらめしゅうござります鉄山殿~……。
…この間あるお客様から、
「そんなに恨んでるのに、「てっさん」って丁寧に呼ぶのはどうか
と思うよ?」
…という意見がございましたが、これは何も、「てっさん」と
親しみを込めて呼んでいるわけではございません…。
「青山鉄山」という名前ですので仕方なく、「てっさん」と
呼んでおります…。
…柳家小さん、アグネスチャンなどと同じでございましょうか…。
いちま~い。
男2:え、ちょ、なに今の、何だったの?
しばらく来てないうちに何か増えてんだけど!
初めて聞いたよ!?
男1:何って、枕だよ!
ほら、やる事がさ、ネタが一緒だから枕ァ工夫してんだ!
落語と一緒だよ!
ってほらほらほら、来た来た!
お菊:ろくま~い。
男2:逃げろォー!
語り:なんてんで、日々わぁわぁわぁやっております。
初めのうちは戸惑っていたであろうお菊さんの方でも、
今まで長年、ただただ惰性で一ま~い、二ま~いとやってたものが
、見物人が増えるってえとやはり張り合いがぐっと出てきちゃう。
ますます恨み節の芸に脂が乗ってくる。
そうすると見物人がまた増えて、お馴染みだの常連だの、
中にはお菊命なんてハチマキなんかした、お菊親衛隊なんてのが
最前列にずらーっと陣取ったりなんかする。
さぁこの評判に目を付けたのがとある興行師。
お上へ願い出ると、十日間の興行が許された。
さっそく井戸の周りに浅黄の幕を作るってえと、
その周りに桟敷席をぐるーっと設ける。
チラシを撒いて前売り券なんかを発売すると、即・日・完・売。
急遽二日間の追加公演を決定。
さらには近所にダフ屋なんてのが出現しまして、
「はいお菊さんあるよー!お菊さんあるよー!」
なんてもう大変な騒ぎです。
男2:うわー、こりゃすごいね。
だってさ、昔はこのまな板橋の通りは日が暮れると
誰も通らなかったろ?
それがこんなにぞろぞろぞろぞろ人通りがあるなんてさ、
ちょっと前からじゃとても考えられないよ。
男1:だよなぁ。
また両側に色んな店が並んでるよ。土産物屋まである。
お菊まんじゅうにお菊もなか…。
あ、あれ、お菊せんべいなんてのもあるぞ。
一袋十枚入りで葵のご紋の焼き印まで押してあるよ。
ところがね…
男2:買って数えると九枚しかないってオチでしょ。
怖いねえ。
男1:いや怖かねえよ、ぼったくりじゃねえか。
男2:ありゃなんだい、本?
男1:おっ、こいつァお菊さんの自伝じゃねえか。
なになに、「わたしと井戸」。
男2:でもよ、お菊さん幽霊だろ。
筆持って書けるのかい?
男1:そりゃ生きてる人間が話を聞いて書き起こしたんだろ。
幽霊作家ってやつだな!
男2:何うまいこと言った気になってるんだい。
男1:そうそう俺ァね、昼間お菊さんとこの楽屋に
差し入れ持ってったんだよ!
男2:え、楽屋なんてのあるの!?
男1:そりゃ興行主も付いてるしな。
酒とね、おひねり持ってったんだ。
男2:へえ、それでどうしたんだい?
お菊:ごめんなさい、わたし幽霊だから、お足はいらないの。
男1:なんて言うんだ。
いやぁさすがだね!
男2:そりゃあうまいこと言ったもんだね。
男1:っと席は…お、ここだここだ。
あぁすいませんね、お膝送りお願いしますよ。
男2:えぇと俺の席は…あぁここだ。
男1:いやぁ楽しみだなぁ~!
早くー!
男3:うるさいね。
いやあなたね、喜んでるようだけどもうダメですよこれ。
男1:え、何でです?
男3:私ね、端から来てるんですけどね、
幽霊を見るなんてな、風情が要りますよ。
小人数でもって、そっと見るのがいいんじゃないですか。
なのに何ですこの桟敷席。
五万五千人収容って何ですか。
お菊さんの方もこれだけの人数いっぺんに脅かそうとするから、
近ごろ芸が臭くて見てらんないんですよ。
男1:いやぁでもいいよ、いい女だって。
男3:いい女だったってね、昔は痩せて凄みがあったけど、
今じゃ差し入れを食うからね、ぽっちゃりしちゃってますよ。
こないだ、恨めしや~って井戸から出ようとしたら、
縁へ突っかかって出られなかったんだ。
男1:いやいやそれでもね、楽しみですよ。
男2:あ、丑三つ時の鐘だよ。
語り:ごぉーんっと鐘が打ち切る、途端に青い鬼火…ではなく
照明がぱぁーっと当たるってえと、浅黄の幕がサッと落ちる。
中からお菊さんの幽霊…ではなく、別人。
男2:え、誰!?
お菊さん…じゃないよね?
男1:ああ、あれお菊さんのお弟子さんの小菊。
最近入ったんだ。
前座ってやつよ。
男2:前座!?
いつの間にそんなの入ったんだい?
男1:ほら、観客がだんだんだんだん増えたからよ、
お菊さん一人じゃもたないから前座が入るようになったんだ。
あぁほらほら見て、前座さんだとね、
こう手の位置がちょっと決まらないんだね。
男2:あぁなるほどほんとですね。
確かにあんまり怖くない。
いやでも頑張りましたよ、ええ。【拍手】
じゃあ次こそ…あれ?
今度もお菊さんじゃない…って、妖怪!?
男1:ああ、あれは一つ目小僧だな。
漫談やるんだよ。
男2:へえぇ、一つ目小僧さんの漫談てのも面白いねえ。
これも前座さんなのかい?
男1:いや、二ツ目だよ。
男2:へぇ二ツ目の一つ目小僧!
こりゃ洒落がきいてますなァ!
いや、漫談も面白かったねぇ。
男1:ああ、こうやって一度笑っておくと、
後の怖さが引き立つってもんだ。
男2:えぇと次は…ありゃ、これはからかさお化けかい!?
ずいぶんいろんなの集まってきてるねえ…!
男1:あれはイロモノだな。
もう自分で回るからね。
いつもより多めに回してるってやつだね。
男2:はあぁ、自分も回って、場も回してってことだね。
いやあ、これも良かったね。
さて、次こそかい?
男1:ああ、真打登場ってやつだ。
男2:おっ来たよ!
語り:笑いの後の静けさ、照明も少し落としましていよいよやって参りま
したお菊さん。
【ひゅ~どろどろ、のSEあれば】
井戸からスーッと…ではなく、ずいぃっと出て来まして、
お菊:【歌舞伎っぽさが混じってる】
ぅ恨ぁめしゅうぅごぉざぁりますぅぅぅ鉄ぇっ山どのぉぉぉお…!
男2:なるほど、さっき言ってた通り臭いね、あれは。
男1:でもそれもいいもんだね。
いよっ、待ってましたァ!
頼むよォ!
お菊:【歌舞伎っぽさが混じってる】
いぃちまぁぁ~いぃ、あ、にぃぃまぁぁ~いぃ…!
男1:幽霊が見栄を切ってるよおい。
いやいいね。
男2:よっ、お菊屋ァ!
待ってましたァ!
お菊:【歌舞伎っぽさが混じってる】
さんまいっ、あ、よまぁぁぁいぃぃぃい!
男1:くうぅたまらねぇなぁ!
いっそのこと俺を殺してくれェ!
男3:バカなこと言っちゃいけねえよ。
そろそろ支度しときな、逃げる支度を。
お菊:【歌舞伎っぽさが混じってる】
ごぉまぁあいぃ、ぁ、ろぉぉくぅまぁぁあいぃぃい!!
男1:ほら六枚だ、逃げろ逃げろーー…って
何してんの、早く逃げろよ!
男3:押したってダメですよ!
前がつかえて進まねえんです!
男1:え、ちょ、だって、九枚まで聞いたら死んじまうんだよ!?
男2:は、早く、早くッ!
お菊:【歌舞伎っぽさが混じってる】
しちまいぃ、はぁちまぁぁああいぃぃ!
男2:は、八枚だよ!
男1:あと一枚で死んじまうぅ!
お菊:【歌舞伎っぽさも混じってる】
あ、くまぁぁぁいぃい!
男2:ひいぃ九枚だあぁぁ!!
男1:もうダメだぁぁぁあ!!
お菊:………じゅうまい。
じゅういちまい、じゅうにまい。
男2:あぁぁぁぁ……ん?
男1:は…?
十三枚、十四枚…って、ちょっと様子がおかしいな…?
男2:十五枚、十六枚…ってどこまで数えんの、これ?
お菊:じゅうしちまい、じゅうはちまい…………おしまい。
男2:最後、駄洒落で落としたよ!?
男1:え、えっ、ちょちょ、
おうおうおう、帰ろうとしちゃダメだお菊ちゃん!
お菊ちゃん!
お菊:あ”?
男2:が、柄悪いなおい!?
男1:あのね、お菊の皿ってのは九枚と決まってんだよ?
なんだってお前さん、十八枚まで数えたんだい!?
お菊:いいでしょ何枚数えたって。
男1:良かァないよ!
俺たちゃ高ぇ銭払って見に来てんだ!
なんだって倍も勘定するんだい!?
お菊:分かんないかね?
明日お休みするの。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
柳家三三
三遊亭兼好