File56:カップル(前)
二日目が始まりを告げていた。もう二十四時間を消費したのだ。
龍太郎はあくびが止まらない。それもこれも、睡眠不足のせいである。
(……何も起きなかったのに……)
ベッドの真ん中だった美紀は、寝転ぶが早いか夢の世界へと落ちていってしまった。普段は後ろに引いている髪の毛たちを敷いて、肩をベッドにおろしていた。
閉じられた目は横に長く、満足そうにほほ笑んでいる少女。掛けシーツの中で寝返りをうつ姿は天使さながら。まさか、起こそうなどという気はおきなかった。
問題はそこからだった。寝付こうとしても、美紀の愛らしい寝顔が目に入ってくる。反対を向いても、彼女の落ち着いた寝息が意識を掻き立ててくる。
脳が疲れ切るまで、眠りにつけなかったということだ。
今日は踏ん張れそうだが、最終日は列車に揺られてまぶたを閉じていそうだ。美紀のかわいさを前借りしたと思えば、まだ耐えられる。
出発する直前までテーマパークの地図とにらめっこして、龍太郎はある事実に気付いていた。
(……とてもじゃないけど、まわれないな……)
美紀が関心を持っていそうなアトラクションが、星型に分割されている。並ぶ時間も考えると、とてもではないが制覇はできない。彼女が天にのぼる顔を見れる回数が減ってしまう。
「龍太郎くん、どこに行く? 早くしないと待ち時間が長くなっちゃうから……。あ、プールで泳ぐのもありかな……」
「このままで? 三人とも忘れたんだから、おあいこ様だろ……?」
亜希のそばに置かれた人には、言い回しが伝染するのだろうか。からかいだと声で示してくれない分、天然に見える。
龍太郎の日傘には、美紀がすっぽりおさまっている。彼女が選んでくれた……と言うよりは、策をめぐらす幼馴染がミニ傘を持ってきたことが大きい。
少女が日陰に入っているか、不用意に体が触れやしないか。前に進んでも、会話をしていても、美紀は脳に侵入してくる。
太陽がまき散らす熱線のほかに、内側からのぼってくる温かいモノが龍太郎を煮込んでいる。ともにいれる幸せを、内臓がかみしめている。
(……熱さで、おかしくなりそう……)
目をやるのも難しい日光に、視界がぼんやりとした配色になった。美紀が指でつついていることしかわからない。
「龍太郎くん、あれ、おもしろそうじゃない?」
ピントのブレが改善してきた龍太郎の目には、おどろおどろしい館があった。外壁を見る限りは、新しくつくられたものだ。
『ガンシューティング・サバイバル』
格好つけた英文字の看板にぶら下がる、申しわけ程度のカタカナ。ここが日本であることを実感させられる。
サバイバルゲーム、通称サバゲーは、敵を撃ちつつ勝利を目指すというもの。『サバイバル』の名のごとく、敵はどこからでも出てくる。
建物からはみ出した人だかりは、何回転すれば収まりきるのだろうか。飢餓を感じる前に昼にありつければいい方である。
「うーんと……? 一気に十六人でするらしいから、この列も見かけ倒しかもねー。チームを組んで戦うらしいし、私たちにちょうどいいんじゃない?」
我らが隊長、亜希からの推薦状だった。エアスコープで照準を定めていて、もう乗り気になっている。
館の中は薄暗く、何が待っているのか確認しづらい。外からは何も見せてくれない。
傘に庇護されている美紀が、柄を前方に倒した。
「ドラマか何かで見たことあるよ、スナイパーが敵を全滅させるところ。あれ、とってもかっこよかった……!」
二本指でピストルをつくり、撥ね上げたところで息を吹きかけた。いつの時代の銃を想像しているのだろう。エアガンに失望してしまわないだろうか。
彼女にまで背中を押されて、手のひらを突き付ける龍太郎ではない。
(……美紀はサバゲーに興味がある、と……)
好きな人メモに、新たな特徴が刻まれた。成瀬の背中を追いかけてばかりの少女とは思えない。いや、追いかけてばかりだからこそ成瀬になってみたいと思うのか。
列に並んでいる人々は、男に染め上げられている。チェック柄のメガネに、坊主頭のバンダナ熱血男。持参エアガンの点検をしている人までいた。
美紀はしゃがんだまま、エアエアガンを通りに撃ち込んだ。残像を置いていく抜き足差し足だ。
「こうやって、バン、バン、バン……。私、ちょっと体がちいさいから、ね」
「体が小さいから、気づかれすらしないかも? 敵さんの後ろから『こんにちは!』って言えるかもしれないよ?」
美紀のうなじを指先でたしなめる亜希。生え際から髪をなぞって、その弾力とツヤを味わっている。同性がするからほほえましいのであって、龍太郎は許可を取らなければならない。
褒めているやら、けなしているのやら。亜希の話術は、からかっているように聞こえない。例外として、龍太郎へのちょっかいはあからさまになる。
「……あ、下に何か書いてあるぞ……。米印を読みにくい場所に置くなよ……」
でかでかと宣伝される『サバゲー』の下に、注意書きを見つけた。
『※入場チケットとは別に、一名様五百円が必要になります』
何かの法律をもとに訴えても勝てそうである。
「……これ、お金かかるんだって……。自分のぶんは、もちろん出すけど……」
「やな商売根性だなぁ……。……それじゃあ、私と美紀のは出すよ」
もし成瀬とすげ変わっていれば、いきおい余って看板と列を破壊していただろう。
サバゲーであるから、もちろんのこと美紀は動きづらい。彼女に『強い龍太郎』を見せつける、絶好のチャンスである。
イメージトレーニングをしてみる。前方から迫りくる敵、油断しているところを横から狙撃し、美紀に一歩も近づけさせない……。完璧な作戦だ。
(……美紀はやる気になってるけど、俺だって……)
謎の対抗心が芽生えてきた龍太郎なのであった。
----------
お化けでも出てきそうな夜の廃墟では、不自然につけられた鉄の棒で視界が遮られる。蛍光灯は光ったり消えたり、頼れるものではない。
中で仕分けられた龍太郎たちは、それぞれチームとなって各所に連れてこられた。アイマスクをされていたため、他プレイヤーの情報はわからない。
迷彩服やゴーグルは貸出で、消毒したものがまわってきている。弾が当たったかどうかは自己申告制で、『ヒット』と言って退場しなければならないようだ。
真っ黒の装備に包まれた美紀は、BB弾入れの口を手探りしている。弾をこめなければ、ゲームは始まらない。
「……龍太郎くん、どこか分かる……? 自分でやりたいけど……」
火傷してしまいそうな小声に応じて、代わりにエアガンを受け取った。
暗い色のゴーグルで武装された美紀の目は視認できない。ロボットに改造されてしまった世界観に思えてくる。全体の丸っこさが、かろうじて彼女を主張できている。
暗視ゴーグルもないこの世界で、頼れるものは己と相棒の五感だけ。龍太郎と美紀は、表裏一体になっている。
「……なんで、ペア戦なんだろう……。三人だったら、亜希もいっしょだったのに……」
「テーマパークだから、カップルが多いんじゃない?」
十六人を一パックとして詰められた後、龍太郎たちは二人組に分割させられた。ペア戦しか行っていないというのだ。
龍太郎の希望は、美紀と組むこと。『いっしょ』の濃厚な時間を、彼女と過ごしてみたかった。
『俺は、美紀と組みたい』
すこし出遅れて、下目づかいになった美紀も言葉を取り出した。
『私も、龍太郎くんがいい、かな。亜希とふたりだと、相棒って言うよりは先生になっちゃって……。それはそれで、楽しそうだとは思うよ?』
彼女もまた、龍太郎を選んでくれた。消去法のように聞こえるが、龍太郎を友達リストに入れていない人は『組む』ということすら頭に浮かばない。
意識下の『好意』が向けられていること。この場で爆発したくなった。
二人の意思を確認して、亜希は静かに立ち退いた。最初から分かっていたかのように、疑問のひとつも口にはしなかった。
別れた幼馴染は、他のソロの人をペアを組むことになっていた。即興の実力でも、コミュニケーションでも、彼女なら心配いらない。
(……敵には、亜希がいるんだよな……。いちばん厄介そう……)
万能すぎる幼馴染には、習熟度のかわりに類まれな知謀がある。射撃のコントロールには疎くても、背後に回り込まれては勝ち目がない。
龍太郎と美紀以外に、倒すべきペアは七組。三階建ての佇む廃墟で、息をひそめて獲物を狙っている。
龍太郎たちは円の形をした大広間に出てきた。固定されたソファが並び、見晴らしがいい。敵がだれもいなかったことは幸運だ。
「……ここで待ち伏せするの、どうかな……? 龍太郎くんの、ライフルでしょ……?」
「連射できないからな……。ペア戦だし、もう片方を美紀が片づけてくれるなら」
動画投稿サイトでしかプレイは見たことがない。経験者らしいアドバイスはできない。
この大広間からは、各部屋が面する太い通りが二本出ている。この階を移動するのに、通りに出ないのは不可能だ。
各部屋の側面には小さな穴が開いており、そこから横に移動することもできる。武器を外さないと通れない大きさなのが難点である。
目が慣れてきて、やや遠くに階段があるのを見つけた。上下共に開通している金属製で、歩けば必ず音が鳴る。
大型ソファの裏に隠れている龍太郎。相方の少女は、ハンドガン片手に芋虫になっている。障害物もなにもないところでやっても意味がない。
美紀の手が、おいでおいでをしていた。
「……このあと……どうするんだっけ……?」
映画かドラマの真似で前進したはいいものの、攻撃方法が分からないらしい。銃身を両手で支えているが、それでは弾が撃てない。
「ええっと……、敵が近づくまで待って、そこから全力で弾を撃ちこむ……?」
教えている龍太郎にも疑問符がついてしまった。なぜ戦場で姿勢を低くするかも知らない初心者がふたり、殺伐とした空間に残されている。
龍太郎がにぎっているのは、やたら長いスナイパー銃。
(……何も考えてなかった……)
単騎で戦うには、あまりにも向いていない。狙いをきちんと定められない龍太郎には、なおさらである。美紀におとりとして動いてもらう作戦もあるが、無駄に討ち死にさせてしまいそうだ。
定位置まで戻って廊下を監視しようとすると、前線の少女が立ち上がっていた。隠れて前進した意味がパーになったが、気にしてもしかたがない。
「前に出るんだったら、部屋に隠れた方が……」
龍太郎のアドバイスは、発砲の音でかき消された。
一直線の軌道を描いた弾が、美紀の脇を抜けていった。襲撃者だ。
彼女は足踏みするだけで、引きも進みもしない。銃こそ構えているが、銃口の向きがルーレットになっている。
(脅しをいれるしかない、か……)
美紀を狙う凶弾の先に、龍太郎は引き金を引いた。美紀を吹き飛ばされるよりはいい。
風を切る音。煙のたたない、ただBB弾が飛んでいった。
美紀が真横の部屋に逃げこんだ。『ヒット』の合図は返ってこない。
(……まずい、このままだと二人とも……)
経験者との対面勝負で、美紀は勝てる技量にない。わざわざ遠距離の武器を選んだ龍太郎が仕留められれば、残された手段がなくなる。
ぼんやりとした人影を、龍太郎の目は捉えた。銃を正面に構えた、覆面の騎士であった。銃の先端は、まっすぐ大型ソファを向いている。
モザイクだったそのモノは、龍太郎へ突撃してくる。足音など気にしない、隠れた狙撃手の首の一本狙いだ。
リロードが終わり、また引き金を引く。反動で点が合わず、明後日の方向へと放たれた。虚しい金属音が、狙撃の失敗を伝えていた。
敵の騎士は、もう間合いに迫っていた。刀を抜けば、頭が胴体から解き放たれる。
(せめて、相打ちにはしないと……)
後ずさりして、射撃不能の間を補おうとした。
刹那、BB弾が乱発される雄たけびが階層をまわった。
ソファの裏まで回り込んだプレイヤーは、胴体に定めていた銃を腰にもどす。見るも止まらぬ速さで撃たれたとでもいうのか。
大広間の入口に、仁王立ちでハンドガンを構える少女の姿をみとめた。
「……ヒット」
大柄の死体は、何も言わず美紀の横をすりぬけていった。




