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入学初日に告白してきた美少女には、『好き』がないらしい。~欠けた感情を追い求めて~  作者: true177
Chapter5 『』の捜索

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55/58

File55:!?!?!?

 大の字に寝転がった美紀と、テーマパークの地図を丸机に広げている龍太郎。天井付近についているすりガラスは明るく、カギはかかっていない。


 龍太郎は、すでに寝間着姿だ。いの一番にシャワーを済ませ、旅の工程を練っている最中である。雑念なく風呂を終わらせられた。


 湯舟とトイレはカーテン仕切りになっている。カメラで撮ったわけではないが、シルエットが写ってしまうタイプの安物だ。


「龍太郎くんがおふろ入ってるときに、亜希に『何が楽しかった?』って聞いたんだけど……。なんでか、『ジェットコースターはイヤだ』しか言わなくって……」


 質問にはきちんと答えましょう。美紀が楽しみを共有したがっていて、何も把握できないとは亜希かどうか怪しい。


「近くを通るとき、毎回目がおびえてたもんな……」


 亜希と口論になったら、コースターの乗車映像を添えていけば勝機がある。成瀬が喜びそうな機密情報だ。


 空に浮かんだ羊を数えていた美紀が、ゆっくり起き上がった。もらいものなのか、袖があまるピンクのTシャツがつづく。


「ねえねえ、龍太郎くん。あしたも、ずっとそばにいてほしい。……龍太郎くんに行きたいところがあるなら、とめないよ」


 歯切れのいい、それでいてまっすぐな言葉だった。暗示も推測もいらない、そのままの意味である。

 少女の『好き』は、まだ戻ってきてはいないのだろう。完全体になっていれば、同い年の異性を引きつける隠された意味を知ってしまうのだから。


 恥じらいが付かないことを惜しみつつも、彼女の提案は驚くほどすなおに吸収された。嚙み砕いて味を確かめることなく、すんなり思考の関門を通過した。


(……行きたいところは、美紀と行けるところだから)


 好きな人と同じ場所にいるのは活動的になる薬なのだと、龍太郎は現在進行形で感じさせられている。重力に身を任せる少女は、疲れを指先から流れさせた。


 ひとりでに体が立ち上がった。


「俺こそ、そうしたい。美紀がそばにいたら、どんなことも楽しくなる」


 サボっていた心臓が、血流を送り出しはじめた。空調で冷たくなった末端に、酸素のつまった赤血球が届けられる。圧迫感さえ覚えている。


 全身武装した今の美紀ですらかわいらしいのだ。水着に変身した彼女は、いったい何人の龍太郎を粉砕してしまうのだろうか。明日のお楽しみに取っておく。


 洗面への扉が、内からノックされた。亜希からのお呼びだしだ。


「私が、行ってこようか……って、それもそうだよね」


 この少女、龍太郎にゆずるつもりだったらしい。位置的にも、性別でも、適任は美紀しかいない。

 はだしで駆けていき、扉がしまる。美紀が寝転んでいたど真ん中は、シーツのしわがはっきりと残っていた。


 飛び込みたくなるのを理性と常識で抑え、またテーマパークの全体図にもどった。。


(……美紀がいちばん好きそうなのは……。やっぱり、これか……?)


 龍太郎の目を引いたのは、フリーフォール。真っ先にジェットコースタ―に乗りにいった彼女なら、本命にして間違いない。


 亜希には苦難の道のりになりそうだ。『高い』と『速い』が相乗した乗り物は、苦手分野である。そういえば、今日乗った観覧車でも、亜希はしゃべってばかりだった。


 狐につままれた美紀がとことこ帰ってきた。亜希に魔法をみせられたようだ。


「……龍太郎くん、タオルがいるんだって」

「……洗面所の棚に置かれてなかったか……? あれ、人数分あったはずじゃ……」

「空っぽだけどなぁ……。あ、テレビの横!」


 浴室にあったはずのタオル一式が、薄型テレビの横に積まれていた。


 美紀はお風呂と廊下を行き来はするものの、タオルを渡そうとしない。


「……美紀……?」

「亜希が、『龍太郎くんに取って』だって……」


 変な注文だ。すなおに龍太郎を呼べばいいものを、遠回しにする意味がわからない。


 言いつけ通り、タオルを持って洗面へと入った。カーテンの向こう側で、人影がモゾモゾ動いている。シャワーは止まっていて、音はすべて耳に入る。


「隅っこに置いてくれれば、そこから取るよ」

「いやいやいや……。狙いを話してくれないと、渡せないなぁ……」


 このバスタオルなくして、亜希は湯舟を出られない。主導権は龍太郎が握っている。


「扉、閉まってるよね……。しかたないなあ、強情な龍太郎のために、私が話してあげよう」

「一人でがんばってもらって……」

「わーかった、わかった。特別に、タダで伝えてあげるから……」


 話の流れを操作されてしまっている。起爆スイッチを持った人間が爆発に怯えなくてはならないのはなぜだろう。


 直線的な亜希の声が、いっそう盛り上がる。


「ずばり! 美紀のことで頭いっぱいになりすぎ! ただ付き添うだけの人に、感情もへったくれもないよ?」


 どの道を通っても、彼女はかいしんのいちげきを叩き込んでくる。欠けた意識を、呼び戻してくれる。


「今日だって、ジェットコースター……はともかく、そのあとも、美紀が言ったアトラクションばっかり乗って……。心当たり、あるよね」


 白旗をあげて、戦艦亜希の背中についた。美紀に沿うことばかりが頭にあり、自発的になにも発言しなかった。


 『いい人』の称号は貰えても、『いっしょにいたい人』の印象はあまり上がらない。受動的な人が損をするのは、世界においてだいたい正しい。


「……あらかじめ予測しておいて、自分から誘いにいく?」

「そうだよ。……拍子抜けだなぁ……。それだけ、龍太郎も人の気持ちを考えられるようになった、ってことか……」


 知らぬ間に回想にふけこんでいる幼馴染は放っておくとして、積極性は大事にされるものだ。同じ結果でも、『自分か絡んでいたかどうか』で記憶に残りやすくなる。


 美紀が恋愛感情を獲得するのは、道の果てかもしれない。それでも、その時になって『龍太郎がいた』と思い出してほしいのだ。


 カーテンの右端に、手がかかった。床面の水が跳ねる音が、壁から反響してきた。


「ここにずっといたら、風邪引いちゃいそう」


 ピンク色の布が押し縮められ、おまけ程度の湯気が目に飛び込んできた。


 肩より上だけが出た亜希が、風呂をまたいでマットに着地した。押し出されるようにして、龍太郎は壁に張り付く。


「ちょっと……、おい、亜希……。その格好……」

「何かおかしい? 穴があいてるんだったら、そこは目を逸らしてくれると……」

「なんでタオル取らせにいったんだよ……」


 彼女の身体は、バスタオルでぐるぐる巻きにされていた。水分を含んで元気になった膝が、下からこんにちはをしていた。


 最初から、亜希の茶番に付き合わされていたのだ。


「みきー! もうすぐ上がるから、準備しててー!」


 事務連絡だけをして、また扉は閉じられた。


 髪はもう拭いていたらしく、肌にくっついて首までのびている。丸出しの肩には水滴がのっかって、お風呂上りであることを強調していた。


 目の移しどころがない。目を逃がせば『照れた』扱いされ、肌色に合わせればスケベ。白のもふもふは論外だ。


「龍太郎? 固まってても、タオルは取れないぞー。これくらい、プールの授業でも見えるし……」

「文脈を考えてくれ文脈を……。美紀に覗かれたら、おしまいなんだからさ……」


 名前に傷がつくのは困る。どっきりでした、と亜希が言ってくれる保証はどこにもない。


(……美紀にのぞかれたら……?)


 亜希が『上がる』と伝えた時点で、美紀には気づかれている。龍太郎は地上からバイバイだ。タオルを投げこんで終わりにすべきだった。


 にんまりしている幼馴染は、仁王立ちで腕を組んでいる。駆け引きを制した、勝者の顔付きである。


 彼女の期待通り、ドアノブが下がった。


「……おまたせ、亜希……」


 真っ白の布一枚に身をつつんだ少女だった。いくら感性に子供っぽさが残っていても、体のラインは女子高生そのものである。


 手遅れになってから、目が隅へと避難した。


「……龍太郎くんもいるんだった……」


 美紀の崩れ落ちる声が、体内の音にかき消される。




 心臓の鼓動がうるさかった。

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