File51:Invitation
刹那の生をあずかったセミたちが、幹にへばりついて鳴き声をあげている。整然と並んだ街路樹で、少ないすみかを争ってわめき合戦をしているのだ。
なわとびを取られた子供が、行きどころのない怒りをその木にぶつけていた。青々とした葉のカーテンに守られている子は、いじめっ子か何かなのだろうか。
大人げを見せる役割であるはずの高校生たちは、道路をはさんで通学カバンのキャッチボールをしている。駅へとつづく幹線で、よくもまあ対岸までミスなく届ける腕力があったものだ。
(……もう、夏も真っ盛りのシーズンか……)
絶望を胸にとびこんだ桜の木は、誇りを捨てて有象無象の木々に紛れてしまっている。散る青葉は走る子どもたちに押しやられ、溝に掃き捨てられている。
にぎやかしいのは、学業から放たれた人間たちのおたけびだ。勉強を話題にする者は見つからず、路地からも大通りからも遊びの約束が飛び交っている。
予定もなく駅へと向かう足取りに、待ったをかけられた。
「……龍太郎くん。ちょっと、時間いいかな?」
小石を蹴飛ばしてやってきたのは、陽を浴びてさらに輝く少女だった。肩にかかる髪は、太陽のコーティングを受けて数十カラットの宝石になっている。
「……どうかしたか? 連絡手段なら、電話を使って……」
カバンに忍ばせてある携帯電話を取り出そうとした。
「亜希から聞いてない……? 旅行のチケットが懸賞で当たった、って!」
「旅行くらい亜希も行く……、運まで味方につけたのか……」
全能力がオール5の人間に運までついてしまっては、立ち向かう術がない。おすそ分けしてもらえるよう、今からでも家に突撃してしまおうか。
ただ、チケットが当たったといっても、二名様が相場の範囲。三人なら喜んで入るが、中途半端すぎる数字だ。亜希と美紀、ふたりなら彼女も羽をのばせる。
「……テーマパークで、二泊三日。二泊三日、だよ? あとひとりが埋まらないから、龍太郎くんはどうか、って……」
「亜希と、いま一番触れてるのは美紀だろ? いっしょに行ってきてやりなよ」
「……どういうこと……? 龍太郎くん、都合でも悪いかな……。テーマパーク、嫌い?」
遊園地は、久しくおとずれたことがない。乗り物を『動く機械』だと認識してしまってから、入場料にばかり目がいくようになってしまった。生粋のダメ人間だった。
昔にタイムスリップして、現在を何もかも忘れてしまうのも悪くない。悪くないが、亜希と弾けられるのは美紀だろう。
「夏休みの予定は空っぽ、だから行きたい。……けど、俺は亜希とだったらいつでも遊べる。美紀が行くべきだと……」
「美紀、こんなヤツと行くくらいだったら、日程ズラせない? ……いや、固定なのは知ってるけど」
聞き覚えのある、切り込み隊長のよく通る声。認知度の低い龍太郎を『ヤツ』扱いできる、稀な無礼者だった。地の果てまで覆いつくす地獄耳だ。
首に据えられた手刀は、頸動脈スレスレに当てられている。合図ひとつで、龍太郎の意識は吹き飛ぶ。
「……成瀬ちゃん、『部活まみれで時間取れないー!』って頭かかえてたよね……。ボールがないのに、ドリブルしてて……」
「おっと美紀、そこから先は言わないで。……龍太郎クン、へりくだるのも大概にしないと……」
流れにおいつけない。冷水シャワーで転げまわっている間に、彼女らは飛びこみ台からスタートしてしまっている。
美紀の身を立てた自覚はあるが、いきすぎたものではない。亜希のとなりに誰が座れば丸くおさまるか、人間関係を取りもつことが得意な成瀬なら導けるはずなのだが。
我らが女王様の眼光に、龍太郎は首を斬られた。ため息をつかれても、おかしな点は見当たらない。
「亜希と、美紀と、成瀬……だったんだけど、行けなくなっちゃったから。寛大な心で龍太郎クンに譲ろうとしてるのに……」
「……あれ、三人も……?」
「珍しいやつらしいよ。三人分も無料とか……、亜希が裏で糸を引いてるとしか思えない……」
陰謀論を唱えはじめた成瀬は棚に上げておいて、トリプルとは見慣れない設定である。おおむね子連れの家族に絞る意味はあったのだろうか。
美紀に見つめられて、彼女が抱く疑問にたどりついた。
「……そういうことだったら、いっしょに行かせてほしい。楽しくなりそう、だな……」
宝話を持ってきた少女に申しわけない。成瀬も龍太郎も行かないとなって、いらぬ悲しみを与えてしまった。
アキミキとの行動は、いつぞやの配信お泊りぶり。まだ知らない美紀の姿が見られると思うと、モチベーションも高まってくる。
亜希のちょっかいを、美紀は受けられる。ブーメランにして、投げ返すかもしれない。不確定さが増えて、龍太郎も予測できない。
(……飛行機か、新幹線か……)
テーマパークとなると、大都市まで移動することになる。流線形のハコでも、羽ばたかない翼でも、文明の利器すら持たなかった美紀には魔法の乗り物だ。知見にあふれて、倒れてしまってもおかしくない。
「……龍太郎くん、端に寄ろう? ここらへん、危ないから……」
言われるがまま壁へと寄った龍太郎のそばを、立ち漕ぎの自転車が通りすぎていった。校則も交通法規も守らないヤンチャ児である。
美紀の感性を研ぎ澄まさせるには、この街はあまりにも薄汚れている。装備を外して羽を休める彼女を、空を飛ぶハゲタカがいつも狙っているのだ。
(……旅行、かぁ……。会話術、身につけてこなくちゃだな……)
だんまり行動のクセで、移動する最中に話題が降りてこない。鍛え直さなくてはいけない。
「それじゃ、決まりだね! ……出発はあさってらしいから、五時には集合ってことで」
予定がないとは言ったが、話が急すぎる。
かと言って、リズムに乗って体が揺れ動く少女を制止しようとは思えず。
「……美紀が、電車でこっちの駅まで来てほしい……」
「……そっちのほうがいい? だったら……、そんな時間に走ってたっけ?」
その言葉、そっくりそのまま返させてもらう。
三人のわちゃわちゃが、日差しの照り付けをいっそう強くしていた。




