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顔も知らない美少女に告白されたけれど、展開が何か思ってたのと違う。  作者: true177
Chapter5 『』の捜索

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File49:一発勝負

「おい、君たち! そっちは危ないよ!」


 男たちの呼びかけに反応することなく、龍太郎たちは走り出した。速さは美紀に合わせ、一本道を突き進む。

 さびれた葉っぱを踏み抜くと、パリパリと規則正しい音が鳴る。断面が足の裏に違和感を与えるが、確認する余裕はない。

 安定しない陸地の上で、美紀は足を前へ前へと出している。瞳を凝固させて、出口があるかどうかわからない道をひた走っている。


 バックヤードに人がいないものか、と考えたが、従業員の大半は店員か監視員。トイレその他も場内で済ませられるため、裏へわざわざ出る道理がない。

 そもそも、裏に人が残っている状態で監禁するほど知能無しとも思わない。


「おーい! 誤解だって! 秘密のスポット、一般のお客さんにみすみす見せるわけないよね? 迷子になっても知らないよ?」


 迷子になったほうがマシだ。閉園時間まで粘れば、誰かが見つけてくれる。


 一直線だと思われていた道に、右ななめ前へ飛び出た抜け穴が姿を現した。舗装すらはがれかけていて、石ころを踏めばケガをしかねない。

 真っすぐいけば、男たちのいた店。グルになっていると考えられ、通用口で待ち伏せをしているかもしれない。大のおとな三人がかりでは、逃げ出す道を絶たれてしまうだろう。

 立ち止まってはいけない。視線が前へ固定されているこわばった少女から遅れること数秒、皮を脱ぎ捨てたバケモノたちが足をふかせている。


 龍太郎は、朝にしこんでおいた脳内マップを起動させた。地図に載っていなくとも、外縁であることは分かる。


「……美紀、そのまままっすぐ! 足元だけ、気を付けて!」


 無事を祈って、差し出された分岐をけとばした。


 市民プールを侮るなかれ。出入口とはおよそ真反対にあるエリアからは、定規でも時間がかかる。


(……計画的すぎる……、クソッタレが……)


 てごろな女子を誘い込み、文字通り網にかける。世界観を何もかも壊してしまう卑劣な手口だ。男といっしょなら、付いてくるだろうと読まれている。

 龍太郎は、いてもいなくても同じだと思われたのだ。


 足の裏にひっつく粒子のザラザラを長く感じるようになった。腕をばたつかせる同級生の親友が、息を切らすようになってきてしまった。


 永遠とも思える緩いカーブがつづく。適当な目印もなく、マップのどこを走っているのかは想像するしかない。


「……美紀、がんばって……」


 龍太郎にできること、それは声掛けをすること。手を引っぱって走ろうとすると、こける可能性が高い。


 希望はなにもないのか。行き止まりまで逃げて、運命を受け入れるのか。


(……いや、あった。美紀と亜希といて、あんまり注意は払ってなかったけど……)


 入ったときの記憶が正しければ、出入口に『立ち入り禁止』のフェンスがあったはずだ。きめの粗い、その気になれば子供でもよじ登れそうなフェンスが。


 さっと振り返ると、大人ふたりが顔を崩して追ってきていた。利器に甘えて過ごしているのだろう、なまくらな体でスピードが出ていない。暑さでダウンする体力のない美紀よりも遅い。


 美紀のランニングフォームが、みるみる内に劣化していっている。ドタバタ走りでも前へ出ていた体が、後ろにも振れるようになってしまった。


(……終わってくれ、終わってくれ……)


 龍太郎の元気を分け与えられたなら、どれだけ楽になるか。手を貸せるようになった時は、男たちが迫ってきた時だ。

 持久力という数値が底にへばりつく彼女は、泣き言ひとつ口にしない。精神が強靭だと評するよりかは、酸素を無駄にできない本能がそうさせている。


 何分、かわり映えのしない裏道を進んできただろう。単調とした道に、急カーブが出現した。明らかに、プールの方向へと曲がっていた。

 雑談が絡む音が、前方から聞こえてくる。うっそうとした林の静けさは終わりをつげ、太陽の照らす道があった。


 ゴールテープを目にして、美紀のペースが上がった。息切れはしているが、まだ『走っている』と言える範疇だ。


 曲がり角があったせいか、男たちの姿は見えない。


(……これを乗り越えれば……)


 逃走劇の終わりを予感した。龍太郎の手は、希望の光をつかもうとした。


 息も絶え絶えになっていた少女が、視界から消えた。


「……美紀!? そのまま、来れるか……?」


 彼女は、片膝立ちをしていた。見つめている膝の皿は、血が滲んでいる。


 やろうと思えば、美紀を残して助けを呼びにもいけた。警察に引き渡してしまえば、この事件は確実に終息を迎える。


(……早く、美紀を逃げさせないと……!)


 光を追い越して、いっしょにいると決めた彼女のもとへ足が動いていた。


 美紀は歯を食いしばり、片手をついて立ち上がろうとしていた。目に薄くなじんだ涙は、まだ気力を宿していた。

 『ここで座り込んでる場合じゃない』と、閉ざされたフェンスの先を見る視線が訴えかけてくる。地に血の痕がついていてもお構いなしだ。


「……もうちょっと、耐えて……」


 龍太郎は少女の土に汚れた手をつかんだ。歩幅が許す範囲で、彼女を出口へと導く。


 大ざっぱな作りのフェンスからは、プールへと歩んでいく老若男女がいる。それぞれの思いを持って、このプールを楽しもうと意気込んでいる。


 美紀が手を握り返してきた。絶対に離さない意気込みが、結び目を固くしていた。


 フェンスに取り掛かるまで、もう二、三歩。

 龍太郎単独なら、この緩いゲートを乗り越えることは簡単だ。問題は、美紀をどうやって向こう側へ渡すか、だ。


 何をどう指示するのか。今は、時間を捨てることが許可されていない間なのだ。


「女の子がケガしてます! そこのお兄さんたち、このゲートの上から引っ張り上げてください!」


 腹から大きな声を出したのは、生まれて初めてかもしれない。


 女子をナンパしにきたのか、スピード勝負をしにきたのか。サングラスをつけた大学生らしき男集団は、たちまちフェンスゲートにとりついた。


 やっとゲートまでたどり着いた美紀は、ケガしていない方の足を網目にかけた。交差する金属に食い込みそうになっているが、どうしようもない。


「なんでそんなところから……」

「それは後で説明しますから! この子が頂上まできたら、乗り越えられるようにしてあげてください!」


 言葉で説明していては、レポート用紙が何枚も必要になってしまう。


 クライミングで、後ろから補助することはかなわない。脱出の行方は、美紀の精神力と体力に任された。

 幅が狭く、龍太郎が横からアドバイスを送ることもできない。落下にそなえ、下方から這い上がる美紀を見守るだけだ。


(……脚立とか、はしごとか……)


 都合のよいものは、近くに落ちていなかった。

 鉄線が足の裏をいじめ、膝のケガが伝わる力を下げさせる。およそ最悪の環境で、美紀は一歩一歩登っていった。


「……美紀、三つは支えて登って! 宙にいていいのは、手と足含めてひとつだけ!」


 クライミングの基本だ。物体は、三点で支えてはじめて安定するようになる。


 フェンスの頂上は丸まっており、体に突き刺さる心配はしなくていい。手をかけて、反対側へ降りるだけだ。


「フェンスを越えたら落ちてきても大丈夫! 絶対に受け止める!」


 フェンスの向こうの大学生たちは、越えてきた少女の身体を確保する作戦に出ていた。頭から落ちてもいいよう、野次馬も集めて人間クッションができあがっている。


 怒号とともに、カーブの死角から帽子のツバが出てきた。蓄えたアドバンテージも付きかけている。


 龍太郎の目線まで、美紀の膝が上がってきた。


(……あと少しだけもってくれ、美紀の握力……!)


 そう祈ったときだった。


「……!」


 声にならない悲鳴をあげて、身体が後ろへと傾いた。美紀の高く掲げられた手が、出口から遠ざかろうとしていた。


 龍太郎は、地面から足を離した。垂直に飛んだ腕が、墜落しかけた彼女の身体をもとの位置へと持っていく。


 ふたたびフェンスをつかんだ美紀は、最上部に手を掛けた。支点をそこに置き、上半身がせり上がる。


 彼女の身体は反転していた。一回転し、背中から落ちたところを男たちに受け止められた。その目は枯れかけていて、空を見つめているだけだった。


 後ろから追ってきた気色の悪い男たちは、もう直線へと入っている。間に合うかどうかは微妙なタイミングだ。


 一の手、二の手。後ろにサポーターがいないまま、龍太郎はフェンスをよじ登っていく。


 龍太郎の手が、フェンスの頂上にかかった。足を蹴り上げれば、そこは元の平穏な世界だ。


 男たちは、お目当ての獲物を取り逃がした鬱憤が収まらなかったらしい。

 足首に手錠がはまったかのような感触に襲われた。足の指で網を持とうとするが、心ない力で揺さぶられる。

 ガシャン、ガシャン。野次馬たちの目の前で、体がフェンスにたたきつけられた。かろうじて手は頂上をつかんでいるが、宙づりに耐える筋力は備えていない。


「……せめて、お前だけでも……。おとなは怒らせると怖いって、教えてあげないと、ね……」


 いい大人ふたりがかりで、闇へと引きずり込もうとしている。守るだけのプライドも、人を思う心も、排水溝かどこかへ流してしまったらしい。


『龍太郎クンが、か……。それは、言われるがまま払う、しかない? シャクだろうけどね』


 購買部の騒動で、成瀬に告げられた言葉である。龍太郎という人間は、武力に優れているのでもなければ権力でねじ伏せることもできない。分かりやすい武器が見つからない男なのだ。


(……そんなこと言ってたな、成瀬……)


 女王の言葉には、抜け道がある。


 フェンスにつかまり、引きあいの波動が一致するその瞬間を待つ。


「……俺の力を、舐めるな……」


 引き離す力に合わせて、龍太郎はフェンスから飛び降りた。


『……でも、どうしても逃げるときはなんでもあり。相手が油断してたら、いっそドロップキックしてみるとか……』


 龍太郎がかき集めた、渾身の勇気であった。

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