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顔も知らない美少女に告白されたけれど、展開が何か思ってたのと違う。  作者: true177
Chapter5 『』の捜索

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File47:文字通り?

 窓から採りこまれる直射日光も耐えがたくなってきた。紫外線対策に、と日焼け止めを肌に塗りたくる女子たち。教室でおしゃべりするのに、そのべたついた保護剤は必要なのだろうか。

 肌の焼けた男子たちがサッカーボールを手にグラウンドへと繰り出していく。体力のステータスはカンストしている我が高校は、夏をアイスのおまけだと思っている人が過半数を占めている。


 少数派に入っている龍太郎は、自らの教室にいた。全体が成瀬の統制下に組み込まれてからというもの、龍太郎の席が昼休みに戻ってくるようになったのだ。


(……今日は、我慢だ……。やらなくちゃいけないことは、終わらせないと……)


 席を立とうとする足を地面にくくりつけて、龍太郎はノートに向かっている。心も体も強くするためには、自信のもてる箇所をつくらなければならない。

 体力でも、生まれつき備わった生存本能でも優位が取れない龍太郎だが、試行錯誤の繰り返しなら負けていない。負けていられない。

 ノートに写した方程式と取っ組み合って、解法を探す。今は分からなくとも明日には分かるように、解説も踏み台にして登っていく。


「……龍太郎くん! お昼休みなのに来てくれないから、何事かと思っちゃったよ……」


 聞きなじみのある力の入らない声が、集中というフィルターを突破してきた。

 廊下の窓からは、真面目そうな美紀が腕を組んでいるのが見える。頭に入ってきた数式を片づけることにリソースを割いている。


「龍太郎くん、ここ最近、勉強がんばってるね。……そうだ、いっしょに勉強会してみない? お昼休みに」


 名案だ、と彼女は二本指を前にさしだした。字幕で『I WANT YOU』と張り出しても違和感はない。


 美紀がドジの星に生まれたのは間違いなさそうにしても、勉学は好調そのもの。足かせがなくなるたびに、テストの点数が倍々ゲームになっていくのを見てきた。


『美紀、パニックになっちゃって……』


 四月のいつぞやかに、亜希がそう嘆いていたのを思い出した。感情の欠落に揺さぶられ、ペンを持つのもままならなかったらしい。

 頭が真っ白になってしまえば、試験で点数が取れるはずがない。美紀は、本来ここに来てはいけない存在なのである。


 ぜひ、と言いかけた喉を殺した。『あの人』の存在が気になった。


「俺は喜んで受けるけど……。成瀬はいいのか、勉強と対極にいそうだけど……」

「勘違いしてるよ、成瀬ちゃんのこと……。成瀬ちゃんは勉強が嫌いだけど、それは『授業が嫌い』っていうだけで……。私の家に呼んだとき、ずっと質問攻めされちゃったもん」


 目がやや上を向いて、美紀はほほえんだまま。棒でつついても抵抗してこなさそうだ。


 体一本で知識を蓄えてきたような女王様が、学問への道にも興味があるとは知らなかった。言われてみると、なるほど『謎』そのものを嫌いそうな性格ではあるが。


 過去への旅を終えて、龍太郎がいっしょにいたい少女は教室へと回り込んできた。机の前に立ち、気を引こうと顔をのぞきこんできている。


 彼女を透過して、シャーペンを動かせるわけもなかった。


「……ところで、龍太郎くん。夏のスポーツと言えば……?」

「プール、かな。……あのプールで泳ごうって言うつもりじゃ……?」


 ややしゃがみこんで身体をよせてくる彼女のまつ毛には、一滴の涙のあともない。きちんと洗顔をしており、かつ授業をすべて取り込んでいる証拠である。


 美紀には悪いが、高校のプールで泳ごうという誘いに乗りたくはない。消毒の粉を撒いているのだが、不定期開催なのだ。メロンソーダかと何回も勘違いしたことがある。


「そうじゃなくって……、休みの日。……休みの日に、泳ぎにいかない……?」


 美紀の自由形、いやクロールの動きひとつひとつが愛らしい。とぎれとぎれの言葉も、息が多くゆるい印象を受ける。

 彼女のお誘いは、字面そのままなのがタチの悪いポイントだ。龍太郎が勝手に苦しんでいるだけなので、美紀に非はいっさいない。


(……含みもなにもないのは、分かってるけどさ……)


 美紀が休みの日を使って提案してくれていることに、胸がうずく。うずまきが中心に現れて、考え事をすべて吸い込んでしまう。


 シャーペンが真っ二つになりそうなほど、力がこもった。


「もちろん、いいよ。……亜希とか成瀬とかも、呼んでるの?」

「今思いついたことだから。このあと、同じように誘うつもり」


 突発的なアイデアにしても、最初が龍太郎というのは意図がなかろうが心地がいい。


 龍太郎はノートを閉じ、机に収納した。


「あれ、もう勉強はいいの? 邪魔しちゃったなら、ごめんね……?」

「……今日はもう、勉強はいいかな……。好きだし、このリラックスできるの」


 ビデオを撮っていれば、気持ち悪い言動である。が、美紀の自信を上げるためならなんだってする。


 目一杯のかわいさを蓄えながらも、少女の目がわずかに歪んだ。


「そうなんだ……。『好き』なんだ……」


 心臓が皮膚に浮かび上がった。薄皮一枚につつまれて、拍動が直接伝わってくる。

 彼女の感覚は、まだ欠落したままの状態。自らにない感情で話をされて、なんとかくつかめないのは当然だった。


 ごめん、と心の中で謝る。口に出して得になることはないだろう。


「……龍太郎クン、なんのお話かな? 成瀬をハブるつもりじゃないよね?」


 放っておけない少女を見つけて雪崩れ込んできたのか、女王様がいつのまにか横にいた。気配を消すこともできるとは初耳だ。


 固まりそうだった美紀の顔が、まだゆるんだ。


「あ、成瀬ちゃん! ……成瀬ちゃんも、プールいかない?」


 いつもの日常が、また動き出していた。




----------




 更衣室から出て、冷たいシャワーを浴びる。効果があまりないとされつつ、いまだに導入されている厄介ものだ。

 市民プールといえども、ありとあらゆる種類のものが揃った施設。外周は見えない。


 あれだけはやっていた成瀬は、部活動の試合が緊急で入ってしまったと、前日に怒鳴り散らかしていた。触れただけで火傷しそうな火山だった。


「早いね、龍太郎くん。この水着……、似合ってるかな……?」


 ビキニに似た水着の美紀は、視線を逸らしていた。端についているヒラヒラが、彼女をさらに柔らかくしている。


(……肌が、思ったよりも多い……)


 引き締まったおへそまで露出しているとは思いもしなかった。コーディネーターは、『かわいい』を連呼している亜希監督だ。布面積が大きいぶん、まだ健全である。


「せかいいち、かわいい! 知らない人に、美紀を見せたくないなぁ……」

「あきぃー……。選んだの、亜希なんだからね、これ……」


 美紀の顔は、赤がにじみ出ていた。


 少女が腕を動かすたびに、違う角度からの彼女が見られる。自身の格好を確認するぎこちなさも、美紀が派手な衣装を着ていることそれ自体も、肌に感じられる。

 彼女は、天から舞い降りた水着天使だ。やや奥手なその性格と、開放的な水着のギャップが微笑ましい。


「かわいい。すっごくかわいい」


 横の応援隊長のエールに比べれば、まだ控えめな方だ。公共の場ですよ、ここ。


 平場でも目がくらんでしまいそうな少女の水着姿。背景とマッチした彼女は、いくらばかりの輝きを放ってくれるのだろうか。想像しただけで卒倒しそうになる。


「……そう、かなあ……」


 美紀は、そうして口角を緩ませた。


 龍太郎と美紀を交互に観察していた亜希が、一歩退いた。


「せっかくなんだし、ふたりでまわってきたら? 私と美紀なら、配信とか遊びでよく過ごしてるし……」


 どうぞ、と美紀のとなりを明け渡された。


 パージされようとしている少女は、ふっくらした顔で行く末を見守っている。反対をつきつけるのでもなく、賛成の声をあげるのでもなく、やりとりを追っていた。


(……美紀が『それはイヤ』って顔をしないなら……)


 お膳立てを蹴って、空気の読まない人間になるつもりはない。龍太郎はありがたく機会を受け取ることにした。


 人混みに飛び込んでいく亜希を見送って、視点が少女に戻る。『いっしょにいたい』のなら、それ相応の役割は引き受ける必要がある。


 その場足踏みをする美紀は、流れるプールに興味をかっさらわれていた。薄緑のウキワが、所有者をさがして漂流している。


「……龍太郎くん、あの流れるプールでどっちが先に一周できるか、競争しない?」

「……弱点を狙ってくるそのセンス、嫌いじゃない……」


 来るまでに、『泳ぎが苦手』と申しつけたばかりである。


「そうじゃなくって、はし……歩いて競走! これなら、平等になる……」

「なるほど、それなら……浮いてるだけのほうが速そう……」


 舞台があるのに、案がまとまらない。美紀がただ流れるプールに入りたいだけに見えてきた。


 ああでもない、こうでもないと親友の少女が体を揺らしはじめた。一点にとどまらない目は、彼女の側面を開拓していた。出るは出ているものも、緩いしめつけをいいことに控えめな振動をしている。

 表情が顔に出るとは、美紀のことを指す。今すぐ結婚式場を予約して、純白のウェディングドレスを着てほしい。


 龍太郎は軽く膝を曲げ、さまよっている彼女に目線を合わせた。


「『入りたい』って言ってくれればそれでいいのに……。どうしてもやりたくないことなら、『やりたくない』って言うから……」


 美紀の意識がふたたび肉体に宿った。口が開き、こまめに手入れされている真っ白の歯が姿をみせる。


 言葉はなかった。合図をだして進行する美紀に連れられた。


 浸かったプールは、学校のプールよりもぬるく感じられた。

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