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顔も知らない美少女に告白されたけれど、展開が何か思ってたのと違う。  作者: true177
Chapter4 安全地帯の防衛

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File39:工作

 赤の他人とコミュニケーションを取った回数は、さして多くない。非強制的となると、その数はさらに減る。

 繋がりが最小限になっても生きていけるよう、ネットという手段を駆使して答えに先回りしてきた。龍太郎の生き方であった。


(……それだけじゃ得られないものもあるんだ……)


 人に働きかけるとき、言葉は効果的な道具になる。演説で心を揺さぶられ、その人に付いていくのである。


 他の生徒にのぞかれないよう、机の教科書入れに一枚の紙を開いた。成瀬がプリントアウトしてくれた、『三軍女子』の名簿である。ごていねいに、補足コメントまで付いている。


 むろん、この名称は裏世界で出回っているもの。具現化させるのはタブー行為だ。面識のない暗がりやに『下層人種』と煽られて、不快にならない人間はそういない。


 太陽が目を覚ましてしばらくたった早朝から、龍太郎はこの高校の廊下を監視しつづけている。お目当ての人を見つけるためだ。


 協力要請を、いかに被害を及ばせず行うか。


 龍太郎のクラスについては、そう難しくない。厚遇を受ける美紀は壁一枚挟んだ対岸、反発の色も今のところ薄い。龍太郎と成瀬にラインが繋がっていることも認識されておらず、挙動不審それだけではとがめてこないだろう。


(美紀の方のクラスが、問題なんだ……)


 あちらの教室で関連が濃厚な龍太郎が三軍女子に接触していれば、その女子に詰問が入る。出鼻をくじかれるのは避けたい。


「……やっと、来た……?」


 好機を求めて茂みに隠れていた龍太郎は、見覚えのある顔を登校の流れから探し出した。ふだん龍太郎が陣取る空席の対称にいる女子である。成瀬に確認を取ったので間違いない。


 先日、騒動を起こしていた心の醜い面々が不在なのを確認し、口から牙を生やした。


「来たばっかりで止めて申し訳ないけど、この名前がキミで合ってるかな?」

「……なんですか、いきなり……」


 進路を右腕でさりげなく塞ぎ、メガネっ子をその場に留まらせた。


 バカ正直に制服を着た彼女は、龍太郎を一目みるなり後ずさる。容姿がどうこうでなく、『男』そのものに不信感を抱く細い目だった。


「……上の人たちから道具にされるの、もう終わりにしたくない?」

「……上の子たち、からの……? あなたなんかに、私の何が……」


 濁って暗かった瞳が、数刻光を取り戻した。


 あと一押しで、陥落する。逆の立場なら、龍太郎もそうであるから。


「……早矢さん、成瀬さんがそう言ってるんだぜ? 今みたいな上だけが得する仕組みから、力が循環する仕組みに作りかえよう、って」


 キャラではないのだが、屈強そうな男になってみる。見た目でのポイントは取りかえせないのなら、言動で稼ぐのだ。


 まだ半信半疑で目が半開きな彼女に、成瀬直々の勅命を手渡した。


『放課後にやじろべえされてるの、もう止めてくれたか? 今この手紙を持ってるのは悪いヤツじゃない、信じてやってくれ。 なるせはりゃ』


 郵便なら却下される差出人でも、これが合図になっているのだそう。


 彼女からの攻撃性が、ようやく停止した。食いいるように四つ折りの手紙を読んでとまらない。


「……昼になったら、三階の空き教室まで来てくれ」


 ななめにズレた眼鏡を元に戻したその女子生徒は、首をゆっくり縦にふった。




----------




 チャイム音と競うようにして、龍太郎は三階へと一目散にダッシュした。男子トイレで折り返し、空き教室へと一番乗りでゴールする。


(……何も持たずに、来てくれよ……)


 悪質なナンパと判断されて無視されるか、成瀬が作る将来に希望を乗せてやってくるか。あのメガネっ子の行動までは制御できない。


 最悪な展開は、彼女が内通であること。龍太郎は真っ先に取り押さえられ、懐柔したかった下層を逆に制圧されてしまう可能性が高い。いくら成瀬でも、上層数人で学年全体を統治する体力は残らないだろう。


『絶対に、誘いの段階で力そのものを示しちゃダメ。交渉ってものは最初の一人が肝心なんだから』


 帰りぎわの短時間で、これでもかと『魔法の言葉』を残してくれた亜希。カースト制度そのものに意見は挙げないものの、コミュニケーションの戦術は授けてくれた。


 昼休みが始まって、一分、二分……。名簿に目を何周通しただろうか。


(……『前橋 美紀』も、ここに……)


 龍太郎が全身全霊で底から引きあげたい少女も、リストに含まれる。彼女は、おそらく被攻撃対象一号にセットされてしまっている。


 運動場に、大声をあげる成瀬はいない。一軍との交渉に全力を投じているのだ。龍太郎とは桁の違うプレッシャーを背負って、意見を通そうとしているのである。


 老体の衰えを悲しむ音が立って、扉が横にスライドした。


「……本当なんですね……。早矢さんの紙、本物でしたから……」

「こっちは来るかどうかヒヤヒヤしてたよ」

「からかわれること多いですから、私……」


 声をかけた女子生徒が、単独で教室へとやってきた。朝には所定の位置にあった制服が、左右にすこし緩んでいた。事情は聞かないことにする。

 彼女は椅子に腰をおろし、両手を机に重ねた。


「……それで……、わざわざ誰もいないところに呼び出したのは……」

「約束してほしいことがあるんだ。早矢さんが改革を実行するために必要な、ね」


 表面に貼りつけた『暗躍する男』の像が息苦しい。ふだん使われない筋肉が疲労して、頭ごと弾けてしまいそうだ。


 反対の意を表しない眼鏡女子を認めて、龍太郎は条件を切りだした。


「……君みたいな、立場の弱い子が公然とイジメられたとき、見て見ぬふりをしないでほしいんだ。ただ、それだけ」

「……そんなの、できるわけ……」


 その懸念は手のひらにおさまっている。龍太郎も、『ところかまわず成瀬に楯突け』という命令を受けるわけがない。

 いずれ来たる、中間層の集団蜂起。その一点に力を貸してほしいのだ。


 椅子から体重を取りはらい、体を机に乗りだした。


「……早矢さんに反発する人は、かならず出てくる。そういう人たちは、群れ合って、怒りを共有して溜めこむんだ」


 人権を尊重するものだと思わず、自分さえよければ他人が潰れてもかまわない、と舗装された道を行く。そんなやつらは利害の一致で動き、行き場のない力を蓄積していく。


 中学校から、龍太郎がつねづね釘を刺されていたことだ。


『人に迷惑をかけても自分は大丈夫、そうなったらおしまいだよ』


 自暴自棄になりかけるたびに、親身な幼馴染に諭されていた。


 成瀬は、たしかに道を塞ぐ敵をなぎ倒してきただろう。が、そこに覚悟と責任があった。被害を与える以上、自分が危害を加えられてもおかしくない、と。


 今の二軍たちには、その意識が欠落している。好き勝手に主張しておいて、自身の権利は守ろうとする。


「……でも、その怒りを早矢さんには向けられない。倒されちゃうかもしれないから」


 言葉をいったん切り、次の一文を彼女に促す。言葉にさせることで、正当性を感じてもらうのだ。


(……俺だったら、どうするかな……)


 しばしの沈黙に、思考回路が龍太郎自身へと飛び込んだ。


 他人に興味のない龍太郎は、言葉を聞きながすだろう。どんな要求を突っぱねる、面倒な男子生徒である。


 自身の姿を、今日初めて客観的に見た感覚がした。他人への無関心は、自己への無関心なのだ、と。


「……私たちに向く、……ってこと?」

「そう。たぶん、その内の一人が狙われる。……そのときに、全力で抵抗してくれればいい。言葉でも、態度でも、なんでも……」


 勇気を振りしぼってくれる女子生徒は万々歳。押さえつけてもわからないのであれば、二軍たちに痛い目を見せるしかない。


 彼女の視点がまばらになった。自らにのしかかる強大な圧力に、立ち向かうのかどうか。失敗すれば、もう人間の生活は送れないかもしれない。

 くりかえし息をととのえて、拳を固くにぎりしめた。


「……やってみる。……もちろん、あなたとか、早矢さんとかがいる前提だけど……」

「当然いるよ。もし他に誰もいないときだったら、行動しなかったことを咎めはしない」


 強力な軍勢に参加しないでくれるだけでも、龍太郎サイドとすればありがたい。


 静かにうなずいて教室を出ようとする彼女をひき留める。数十分の一を毎回試行していては、いくら日があっても足りない。

 成瀬に手わたされた表のコピーを受けとってもらった。タイトルの『三軍女子』のみ消してある。


「早矢さんが、困っていそうな子たちをリストアップしてくれたんだ。数人づつでもいいから、休み時間にここへ来るよう促してほしい」


 彼女には、計画の歯車になってもらう。彼女としても、協力者が増えるのは喜ばしいことだ。お互いにメリットがある。


 わかった、とだけ言葉を残し、メガネの女子は教室へと戻っていった。


 第一関門、突破。計画が、現実のものへとなりはじめた。


(……これを、あと何回すればいいか……)


 龍太郎が協力を求めるのは、彼女一人だけでない。あと数十回、変身機会は残っている。連れてくる手間は省けたが、負担は軽くない。


 それでも、やるしかない。闇を受けもつ心は、なぜかやりがいを感じていた。

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